さっき殺したやつだ

 人を殺したあとに湧いたのは、罪悪感よりも達成感だった。

 山奥に車でやってきて、キャンプと称して一通り楽しんだあと、寝る間際にロープで締めて殺した。わりと簡単だった。紐を掻きむしる彼の手も、思ったより大した抵抗じゃなかった。意外に筋トレは役に立っていたんだ、と日々の自分に感謝する。

 しかし、大変なのはここからだ。完全犯罪は個人では不可能に近い。が、今回はまだどうにかなる。夜の山奥、連れ出した形跡は無い。殺す相手は家族とも疎遠、孤独に生きてる人間たちのひとり。

 とっとと埋めるために、シャベルを取り出した。土にシャベルの刃を差し込みながら、そういえば関東と関西でシャベルとスコップは意味が逆になるんだったっけ、と考える。

 どうでもいいことばかりが頭に浮かんだ。目の前の死体はもう死体でしかなかった。楽しかった思い出も、もう目の前の口をだらんと開けた顔と重ねて見ることもなかった。

 穴を掘るのは重労働で、賃金を誰かが出してくれたらな、と思った。テントの横に置いた安物のカンテラの光だけが頼りで、落ち葉の先の黒土は一回掘り返すだけで息が切れそうになった。

 時計を確認したらもう3時で、2時間も掘っていたことに驚いた。でもまだ彼の体を埋めるには深さも長さも足りなかった。巻尺を持ってくればよかった。それか殺すときに巻尺を使えばよかったかも。最適解かもしれない代案が浮かんで、自分の頭の回転の悪さを呪った。

 ようやく掘った穴を見た時点で、写真を撮ってインスタに上げたくなった。私の2時間の成果を誇って誰かに褒めて欲しかった。

 死体をそのまま転がして、穴の中に突き落とした。なんでこんなに重いのか文句を言いたかった。デブ。弛緩したら出てる腹までムカついていた。

 そして土を被せていく。顔から先に埋めた。土を盛りながら、犬とか狐とか、なんか野生動物が掘り返さないかが不安になった。ここはあまりキャンプ地として使われないだろうけど、最近のアホなキャンパーは新天地開拓と称して、このひらけた場所にペグを打ち込むかもしれない。そしてその先端が腐りかけた彼の肉体か骨に突き刺さって、警察が動いて、私の犯罪は暴かれしまうのだ。

 ようやく彼の体を埋め終えて、私はさらに土を慣らして、周りの落ち葉をかき集めた。少しでも自然に見えるように。技巧を凝らして、落ち葉一つ一つの配置に気を配った。配れば配るほど不自然になって、最後に蹴飛ばすと、なんかどうでも良くなって、むしろ自然に見えてきた。

 夜が明けてくるのが分かった。黒の濃淡で彩られていた視界が、少しずつ生き物の色を取り戻していくような気がして、私はようやく解放された気がした。

 体はとても冷え切っていた。ネイルをしなくて良かった。殺せて本当に良かった。

「お願いします、バレませんように」

 ただ何かに祈った。八百万の神の誰かがこの私の行為を無条件に許してくれることを祈った。それか、許してくれない八百万の神たちの誰にも見つからないことを祈った。

 キャンプの場所と埋めた場所はそこまで離れていなかった。ライトの方向に向かって歩く。正直暗闇に慣れた目には、ライトもあまり関係なかった。

 たどり着いたらどうしようか。彼と2人で入っていた寝袋に戻るか、さっさと帰る準備をするか。一回寝よう。これだけの大仕事、寝る権利はもらえるはず。

 テントに着いて、深く息を吸い込んだ。

「良かった! 心配したんだよ。起きたらテントにいないんだから」

 さっき殺したやつは、目の前に生きた存在として立っていた。探そうなんて心掛けもなく、ただその場で待っていた。

「どうして?」

 どうして、死んでないの。そう口が言いかけて、どうにか押し留めた。

「だってほら、なんか寒いなって思ったんだ。人の温もりが無いっていうか……そしたら目が覚めてさ。君がいないなって」

 やつの目には生気があった。私のことを好いていると分かる目だった。私が直視できなかった、あの目だった。

「星を見てたの。なんとなく。もう見えないけど」

「そうか。まあもう朝だからね。ほら、寒いからこっちに来なよ。スープの材料もあるから、朝もやの中で暖かいスープでも飲んで、それから帰ろうよ」

 やつに言われるまま、私だったやつはうんと頷いた。やつとわたしだったやつは、肩を寄せながら、日がのぼるのを一緒に眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伊丹巧基のショートショート「後藤くんの爆発」 伊丹巧基 @itamikoki451

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ