弾丸は次元の海を超えて

 僕が僕の頭目掛けて発射した一発の弾丸は、僕の死にたくないという意志に従って反転し、火星の第三衛星ハルモニアから四次元方向に六光年進んだ場所の先にいる彼女のハートに命中する。

僕が自分の脳天に風穴を開けようとしたのは、僕達の言葉がそうさせたからだ。言葉の力は絶大で、その結果地球にはポストヒューマンと化した者以外は誰も生き残っていない。

「その弾丸は、あなたが私にプロポーズする時に持ってくるの。そこで初めて私はハートを撃ち抜いたのがあなただと知って、とっても驚くのよ」

 ホログラムの彼女は、僕にそう語りかける。彼女は僕が認識しようとしなければどこにもいないけれど、認識できると確信した瞬間、そこにいる。

「それっておかしくないか。君は既に、それが僕だということを知っているじゃないか」

「私の観測には、私の反応も含まれているの。大丈夫、あなたは必ずここに来るわ」

 彼女の言葉は蝶の羽ばたきへの助言で、僕はいまいちそれが分からないまま、ポストヒューマンから与えられた木魚みたいな潜宙船に乗り込む。ポストヒューマンの男は、未来方向の僕に向かって言う。弾丸を発射した拳銃は未だに時が凍りついたままだ。

「いいかい、彼女はもう六次元を超えて、十次元に手が届く勢いだ。君はそれを追いかけるのではなく、巡り合わなければならない」

 多宇宙の一つ、局部銀河群の中にいる僕は答える。

「あなたは簡単に言ってくれるけど、僕はそれを三億年は続けているんだ。それでも僕は見つけられない」

「それは君が捜しているからだ。君と彼女には繋がりが出来ている。お互いに捜していては、すれ違うばかりだ。君には出来るはずだ、なぜなら君は僕なんだから」

 四億六千八十万人いる僕の一人の言葉が銀河に沈んでいく僕に到達する。どうして僕をそこまで信頼できるのだろうか。あらゆる可能性の中にいる僕らが、たとえ肉体は同一でも、意識まで同一だと言えるはずもない。

「でも君は既に十一次元にいる。あとは君次第だ。焦って涅槃に行かないようにな」

 潜宙船に圧縮された銀河の海が入り込み、内側から破裂する寸前の僕は、過去の僕に微笑みかける。破裂した感覚の後、僕はハルモニアの煤けた大地を見るだろう。

「十一次元だって? 僕はまだ出発すらしていない」

 木魚に乗り込んだばかりの僕は困惑する。その手には凍りついたままの拳銃が握られている。

「大丈夫だ。君は既に旅路の終点に来ている。彼女との繋がりを思い出すんだ」

 僕は再び銃を自分のこめかみに向ける。引き金はあっさりと引くことが出来た。弾丸は僕の頭を容易く貫通して、僕を連れて行く。

 地球から五百億光年先の銀河の花園に、実体の彼女は立っていた。振り返った彼女は、驚いたように僕が握りしめた拳銃と、無傷の頭から転がり落ちた弾丸を見る。

「ああ、あなたが私を撃ち抜いた人なのね」

 僕が語る言葉なない。ただゆっくりと歩み寄って、彼女の青白く輝く唇にそっと口づけをした。

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