第14話 残念女子、奇襲戦法に苦しむ
『一人の男をめぐる二人の女』―――とりあえずカッコイイ言葉で自分の今の状況を把握してみようとするけれど、気にはなっているけどカナタ君を「めぐる」ほど、まだ彼にはまってしまっているわけでもないし、真理子ちゃんとやり合って勝てるほど執着もない。そりゃ、物理的な強さでは私が勝つのは分かりきっているけれど、恋愛の勝負は腕っぷしの強さは関係ないし。
さて、一体何の話だろう。
せっかくだし、きっと今後こういう機会はないから、
「貴女とカナタ君、付き合ってないんでしょう!? 私、彼から聞いてます! 彼は渡さない……渡さないんだから!」
位は言ってみようか。うん、何かドラマの中の主人公みたい。私はそんなことを思うも、すぐに気づいた。
こういうセリフをドラマの中で言う奴は、大抵酷い失恋をするか、厄介者扱いで殺されるということに。
ああやっぱり私、どこかヒロインになりきれない、残念女子だ。
―――私が脳内で一人、そんなやりとりをしていると、
「結愛ちゃん?」
いつの間にか、真理子ちゃんが私の顔をじっと見つめていた。
まつ毛がくるんとして、ぱっちりと大きな目。同性なのに目が合うだけでドキドキする。
しょっぱなから物凄い女子力パンチだぜ、と私は一瞬くらっとするも、
「あ、ごめん……大丈夫。で、何?」
私は慌てて繕い笑顔を見せる。と、
「結愛ちゃん……最近、カナタと仲いいの?」
「えっ……」
「昨日、カナタに聞いたの。古賀彼方……勿論知っているでしょ? カナタとヒナタが、結愛ちゃんのお父さんが留守の間、結愛ちゃんの身に何かあったら困るからって、『時々』見に行くように頼まれているって言ってたもの」
真理子ちゃんはそう言って、私の顔をじっと見る。
―――カナタ君、本当の事は彼女に言ってないんだ。「時々見に行くように」だなんて。そりゃ、そうか。まさか「二か月間、ボディガードとして同棲している」とは、いくら真理子ちゃんが昔なじみとはいえ、中々言えるものじゃない。
「あ、うん……そ、そうなんだ。なんか二人に気を使ってもらっちゃって……」
「最近、二人を近所で見かけなかったから、どうしたんだろうって思ってたの。そしたらカナタがそんなことを言うから。まさかクラスメートとそんなことになっているなんて、思わなかったよ」
真理子ちゃんはそう言って、耳に髪の毛をひっかけながら笑う。
ふわふわの、緩いパーマがかかった、茶色ががかった柔らかい髪。少し風が吹くだけで、周りにシャンプーの匂いが広がる。
ああ、なんていい匂い―――私がそれにつられてふにゃ、と表情を崩すも、
「えっと……真理子ちゃんは、カナタ君とはその、付き合ってないんだよね?」
「え?」
「カナタ君が言ってたの。……あ、変な意味じゃなくて! もしカナタ君にそういう人が居たら、こんなこと頼んでいたら迷惑になるし、彼女にも悪いかなあって思ったから! だから聞いただけなの!」
「……うん、そう。付き合ってはないわ。でも……」
真理子ちゃんはそう言って、そっと私のすぐ傍に寄ってきて、耳元で囁く。
「……カナタが誰の事を好きなのかは、良く知っているつもり」
「え?」
「だって私たち、子供頃からずっと……高校入学まではずっと一緒にいたのよ。だから私は、カナタの事は他のどの女の子よりもよく知っているつもりよ」
真理子ちゃんはそこまで言うと、私からすっと離れた。そして、
「そうだ結愛ちゃん、知ってた? カナタって、長くてパーマのかかった髪、好きなのよ」
「え?」
「ふふ……まだ知らないか。そうだよね、まだ出会って三日だものね」
私にニコリと微笑んだ後、教室の中へと入っていった。私は一人ベランダに取り残され、ぼーっとそこにたたずむ。
―――そう、私はカナタ君と出会ってまだ三日。当然、彼がどんな女の子が好きでどういうのが好みかなんて知らない。
ようやく今日、彼女が居なくて真理子ちゃんとは幼馴染だと知ったくらいだから。
だから、カナタ君がそんな髪型が好きだなんて、知らなくて当然。当然だ。当然なのに。
「……」
―――なのに、何でかな。真理子ちゃんは知っているのに私は知らなかった。そんなことが、こんなに胸につっかえているなんて。
私はベランダから教室への扉にはまっている硝子戸を見つめる。
そこには、セミロングの黒髪をポニーテールにした見慣れた私の姿。
どう考えても、長くてパーマのかかったふわふわの女の子らしい髪、いうなれば「真理子ちゃんと同じ」女の子らしい髪型には縁遠い。
ああ、きっと。真理子ちゃんはカナタ君の事が好きなんだ。だから、いきなり現れた私―――たとえ残念女子で、女子力何てほぼゼロに近い存在の私でも、一応牽制しておこう、と思ったのね。
きっとカナタ君が「誰かに」片思いをしていることも知っているけれど、念のために邪魔者は極力排除する、ってことなんだ。
ふふ―――笑顔で怖いことしてくれるな、彼女も。
そんな、心配することなんてないのに。私とカナタ君、そしてヒナタ君は期間限定で「愛のない同棲」をしているだけなのに。
そりゃあ、好きになろうとはしてたけど―――
「……」
はあ、と私は大きなため息をつく。と、その時だった。
「小笠原さん、どうしたの? なんか元気ないけど……」
ベランダから教室に入ろうともしない私に、声をかけてくれた人がいた。
ふと見ると、同じ図書委員の黒岩くんだった。黒岩聡志君は「真面目」を絵にかいたような性格の男の子で、いつも図書委員の仕事も熱心にこなしている。
とはいえ、彼が人づきあいがそんなに得意でないのもあるので、委員の仕事以外で頻繁に言葉を交わすことはない。
なので、そんな彼がこうして、私に声をかけてくるなんて珍しい。いや、思わず声を掛けたくなるほど、今の私が情けなく見えたのだろうか。
「今、唐沢さんと話していたみたいだったけど……何か嫌な事でも言われた?」
「え? あ、ううん、別に何も」
私は慌てて笑顔を繕うと、教室の中へと入る。そして先に教室の中で待ちながらうずうずと私の話を聞きたがっていそうな美紀の元へと向かおうとするも、
「あの、小笠原さん!」
そんな私を、再び黒岩君が呼び止めた。
「なあに?」
「その……何か言いづらいこととかあったら、いつでも言って。僕、そういう相談とか、その、慣れているから……!」
―――きっと真面目な黒岩君は、私が真理子ちゃんにイジメでも受けてるとでも思っているのかもしれない。
そんなことを誰か他の人にでも漏らされようものなら、それこそ大問題だ。探られたくない腹を探られる可能性だってある。
私は慌てて「本当にそういうのじゃないのよ」と否定すると、
「本当に大丈夫だから! 心配してくれて、ありがとうね。黒岩君」
黒岩君に笑顔でそう断り、美紀の元へと向かう。
―――さっきのあの真理子ちゃんとのやり取りだけで、私ってそんなに落ち込んだ表情をしたのかな。
やだな、まだ恋愛の初期段階なのにこんな状態になるなんて。
でも、今まで恋愛から遠いところにいすぎたせいで、ちょっとトラブルが起きただけでどうしていいか分からなくなっちゃうのは否めない。
「……」
カナタ君、今日も放課後、私を迎えに来てくれるんだっけ。
ああ、その時どんな顔して会えばいいんだろう。
私は美紀のもとに戻いながらも、そんなことを考えて再びため息をついていた。
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