第13話 残念女子、一寸先は闇

「……ちょっと。何よ、その締まりのない顔」

「え? 何が?」

「ゴムが完全に伸びきってるスカートと同じような顔ってこと。何よ、イケメンと何かあったの?」


 カナタ君に送ってもらい登校した後。教室に行く前に図書室に寄った私は、そこで朝から勉強していた主、こと美紀に顔を見せるなりそう言われた。

 え、そんなに緩んでるかなあ。私がカバンの中からポケットミラーを取り出して顔を見るも、


「恋愛慣れしていないと、ほんの些細な事でここまで幸せになれるのねえ」

「よ、余計なお世話よ!」

「イケメンその一には、速攻で失恋したんじゃなかったっけ? それとも相手はイケメンその二?」

「……その一」

「諦めるのはやめたわけ? それとも略奪か。相手はあの唐沢真理子だっていうのに」

「ま、真理子ちゃんとはそういう関係じゃないって、カナタ君言ってたもん」

「へえ。何かわざわざ説明することが逆に怪しいけど」

「え、そうなの?」

「結愛が信じるならそれでいいんじゃない? それより、その顔、ホントにどうにかしなさいよ」


 美紀はそう言って開いていたノートを閉じると、私たちのいる机の近くで本の整理をしていた司書さんに挨拶をしたあと、「行くよ」と私を連れて図書室を出る。


「ねえ、怪しいって?」

「だから、恋愛経験のないウブな結愛を信じ込ませる為に、事実じゃないことをわざわざ説明した可能性はないの? ってことよ」

「か、カナタ君はそんな人じゃないよ!」

「あんた、どれだけそのイケメンその一を知ってるのよ」

「う……」


 まだ出会って三日目。確かに私、カナタ君の事は大してよく知らない。

 今日学校に来がてら、会話を交わすついでに少しだけ彼の事を知った程度だ。

 ―――真理子ちゃんが二人の幼馴染だってこと。

 ―――カナタ君は中学で空手を辞めてしまった事。その理由が、「どうしても勝てない相手がいて、諦めた」という恥ずかしい理由だからあまり人に話さなかったこと。

 それと、彼が野添高校に通っていて、「まだ」特定の彼女はいない事。それくらいだ。


 でも、わざわざ嘘までついて私を騙すようなことをする人に見えないけどなあ。

 悪いイケメンもいるかもしれないけど、彼は違う気がする。



 ―――こういうのを「色眼鏡」とか「惚れた弱み」とかいうのかもしれないけど、私はそんなことを思っていた。

 すると、

「まあ、お人よしの結愛だから、すぐに誰かを信じちゃうのは心配ではあるんだけど」

「お人よし、は余計よ」

「でも、そんな結愛が信じるんだから、まあ悪い人ではないかな。しょうがない、私も信じるか」

「美紀……」

「それより、浮かれてうっかり同棲の事を他の人に話さないようにしなさいよ。ばれたら即、退学だからね」

「わ、わかった」

「よろしい」

 残念女子の上に頼りない私にとって、美紀はこの上ないくらいしっかり者のいわば保護者的存在。

 親友がこんな子でよかった、と私は美紀に心から感謝した。




 と、その時。





「結愛ちゃん」

 教室に入ろうとした私に、誰かが声をかけてきた。

 何気なく振り返るとそこにいたのは―――


「完璧女子……」

「え?」

「あ、な、何でもない。おはよう、真理子ちゃん……」


 何とそこにいたのは、噂の完璧女子、こと真理子ちゃんだった。

 普段はわざわざ声をかけてきてまで挨拶をすることなんてないのに、今日に限ってどうしたんだろう。

 美紀なんて、興味津々の顔で私たちを見ている。


「結愛ちゃん、ちょっといい?」

 すると真理子ちゃんはそう言って、ある場所を指さしながら私に微笑む。指先の向こうには、ベランダ。そう、つまりベランダで話をしない? ということのようだ。


「うわあ、イケメンをめぐる、残念女子対完璧女子? 誰がどう見てもオッズはゼロ百よね」

「美紀!」

「だーって」

 こそこそと失礼なことを言ってニヤニヤしている美紀を戒めつつ、私は笑顔の真理子ちゃんと共に始業前のベランダへと行く。



 完璧女子の彼女が、一体私に何の用?

 カナタ君の事? でも、彼女とは別になんでもないって言っていたし……


 ―――悪いことをしているつもりはない。そして、真理子ちゃんとカナタ君は付き合っているわけではない。ついでに私ともそういう仲ではない。

 でもそれ以外の事で、私と彼女で共通項は見つからない。なんせ、住む世界が違うから。


 一体彼女は、私に何の用があるのだろう。


 ―――ベランダに入ると、真理子ちゃんは端っこに陣取り「結愛ちゃん、ここに来て」とにっこりと微笑む。

「あ、うん……」

 私は笑顔で返事をしつつも、何故か鼓動を早めていた。

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