第三章 闇の蠢動(しゅんどう) 【全十一話】
第一話 司祭長への手紙
燭台の揺らめく灯火が男の端正な顔を照らしている。
このときは顔色も良く、目にも力が宿っていた。
明り取りから覗く空は青黒く、細い月が高く上っている。
ここからはモスタディアの北門を行き来する様子が見えるが、さすがにこの時間では人が通る気配もない。
外を見やっていた目をテーブルの上に戻す。
引き出しに手を掛け、折りたたまれたまま黄ばんでいる一枚の紙を取り出した。
「なぜ、俺はこれを大切に持っているのだろう」
そうひとりごちると、手にしたものを広げる。
まるで幾たびも繰り返してきたように。
それは手紙の下書きらしく、書きかけのまま終わっていた。
所々、殴り書きの文字も見える。
*
司祭長ヴェルナーク様
私はここを離れることを決めました。
あなたの元にいたままでは、あらゆるものの限界が見えてしまったのです。
魔道を修めた者が魔力を披露することがなぜいけないのでしょうか。
より強い魔力を持つことを多くの人々に知らしめることで、我らクスゥライ正教への深い理解と崇拝を得られることは明らかではないですか。
俺はもっと強い
あなたと共に過ごした時間には感謝しています。
魔導士として一人前になれたのはもちろんあなたのおかげです。あなたから見れば、まだまだ半人前と映るかもしれませんが。
しかし、対外での披露を認めぬあなたのやり方には、やはり納得がいかないのです。
何のために厳しい修行を重ねたのか。
私だけではなく、このままではみなが報われません。
奥義が記された秘伝の書を俺によこせ。
ここを離れ、修行を重ねながらさらなる魔力を身につける所存です。
さすれば、必ずや多くの信徒を得ることが出来ると信じております。
俺に秘伝の書を渡すのだ。
奥義を眠らせておいても役になど立たぬ。
渡さぬとあらば力づくでも奪い取るのみ。
私は、あなたを
*
これが五十年余り前に書いたものだということを、男はおぼろげながら覚えていた。
文字を目で追う横顔は三十代の青年のように若々しい。
男は黄ばんだ紙を再び折りたたみ、引き出しの奥へとしまい込んだ。
立ち上がり、掛けてあった緋色のローブに袖を通す。
空は白み始め、魔道闘技会・初日の朝を迎えようとしていた。
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