二:適性検査-或いは潜行士流圧迫面接

「やあ、いらっしゃい」


 一人。部屋の最奥に位置する机に陣取り、数枚の書類を手元に広げて微笑む六十路ほどの人間。後ろに撫で付けられた髪は老齢の為か綺麗に白く、テンゲンを見つめる碧眼は、老いを感じさせぬ強い光を隠し持っている。それほど目利きの鋭くないテンゲンにも、手練の者であろうことはすぐに見抜ける程度には、男の佇まいには一分の隙もない。

 一人。テンゲンから向かって左のソファに背を預け、香茶を啜る黒髪銀目の人間。高い鼻梁に引っ掛けた銀縁の眼鏡と言い膝まである白衣と言い、潜行士と言うよりは医師や学者に似た雰囲気を纏っているが、この場に居ると言うことはやはり実力者なのだろう。

 一人。白衣の男の差し向かいに腰掛け、書類の束をめくる黒衣の何者か。その頭は黒い防護帽ヘルメットに覆い隠され、手にも黒い革手袋を着けて、肌の露出が一切見受けられない。外見からして中々に異様だが、放たれる静謐とした空気は、見た目にも増して特異なものを感じさせる。

 どう控えめに見積もっても、森霊人エルフの青年など指一本で捻りそうな強者。そんな者どもに囲まれ、威圧されてもいないのに気圧されながら、テンゲンは恐る恐る会釈を一つ。引きつり笑いと共に名を名乗れば、老翁は鷹揚おうように頷いて、空いたソファを手で指した。

 緊張でおかしくなる歩調を意識して整えながら、指定された席へ。老人の机を丁度正面に見る場所に尻を落ち着けると同時に、白衣の男が黙って香茶を淹れに掛かる。自分がやると言い出す暇もなく白磁のカップに茶が注がれ、角砂糖入れと牛乳入れが添えられた状態で、テンゲンの前にカップが置かれた。


「どーぞ」

「あ、ありがとうございます」


 にこにこと人懐こい笑みを浮かべる男に対し、テンゲンは飲んでいる最中に襲われでもしないかと気が気でない。三人の動向を警戒しながらカップに手を伸ばし、持ち上げ、口を付けんと近づけ――傾ける直前に、こっそり隠し持った“北辰”の竜頭を押し込む。

 遅延ディレイの術を周囲に適用、自身にも倍速クイックの術をかけて、大急ぎでソファから立ち上がり扉の前まで退避。香茶を零さぬよう一口だけ啜って水位を下げながら、術の解除を待つ。

 須臾の後、テンゲンが座っていた場所には、左右に控えていた二人の得物――何処に隠し持っていたのか、身の丈ほどもある杖のような武器であった――が突きつけられ。

 真正面に待ち構えていた老人は、微笑みを少しも崩さないまま、けれども僅かな驚きを以って、空っぽのソファに視線を落としていた。


「おー、遅延ディレイを喰らったのは初めてだなぁ。こんなことになるのかぁ……」

「随分効果時間の短い術だな。三滴刻てこくも経っていないようだが」


 沈黙は長く続かず。呑気に己へ掛けられた術を評価しながら、白衣の男と黒衣の男がそれぞれ、歪に捩じくれた白い杖と宝珠を下げた黒いかいを手元に引き戻す。同時に、それまで部屋中に漂っていた緊張がふっと緩んだ。

 ぽかんとするテンゲンに、声をかけたのは白衣の男。


「怖い思いをさせてごめんね、今のはちょっとした試験。これからもう少し細かく確認するから、まあ座りな」

「え、は、はい……?」


 言われるがままソファに座り、一緒に連れてきていたティーカップをガラスのテーブルに戻せば、図ったように老人も椅子を立つ。そのまま当然のようにテンゲンの差し向かいへ腰を下ろし、空の茶杯に香茶を注ぎながら、男は穏やかに目を細めた。


「ようこそ、潜行士組合中央本部へ。私は組合長の風禮フウライと言う」

「どもです……えっ組合長?」

「いかにも。横のはそれぞれ夜通ヨド梓堯シギョウ、白金札の潜行士だ」


 老人、もといフウライの紹介に合わせ、黒衣の男と白衣の男がそれぞれ頭を下げる。釣られてテンゲンもぺこぺこし、一頻り頭を下げたところで、バッと迷いを振り切るように顔を上げた。

 言いたいことが山ほどある、とでも言いたげな目を向けられ、組合長はしかし動じない。優雅な所作で香茶を一口、音もなくテーブルに戻して、低く艶めいた声を青年の下まで転がす。


「この二人は、潜行士救助隊『かささぎ』の隊長と副長だ。『鵆』……君の兄の死亡推定を行ったのも彼等になる」

「!」

「恐らくは通知に疑問を持つだろうと思ってね、訪ねてきたときには同席するように言い伝えてあった。潜行士の登録まで一緒にするとは思っていなかったが」

「そう……なん、ですか」


 あれこれと事物が折り重なりすぎて、テンゲンにはそれだけ返すのが精一杯だった。困ったように視線を泳がせ、その最中にヨドとシギョウの顔を拾いつつも、結局は何も言えず俯く。

 場を繋ぐように一口香茶を飲み、一息。細く細く息を吸い、胸中の靄を振り切るように大きく吐き出して、青年は意を決したように再びフウライを仰いだ。


「僕は、兄さんが死んでるなんて思っていません。でも、他の人がそうと認めないなら、僕が探しに行きます」

「ふむ」

「その為に必要なことなら何だってします。なので、潜行士にしてくれませんか?」


 はきはきとした言葉を受けて、フウライは横の二人に無言で視線を飛ばした。

 自分は構わないがお前達はどうする。そんな意図を込めた碧眼を受け、白黒の潜行士は同時に首肯を一つ。代表して、白衣に眼鏡の男ことシギョウが声を上げた。


「組合は常時人手不足だからね、やる気と能力があればいつでも誰でも大歓迎。ただ、組合の規則で単独潜行は厳禁なんだよね。というか、一人で行ったら多分死ぬ」

「げっ」

「だから君の技能適性を基に、君と一緒に潜行出来る人を僕らの方で合致させマッチングします。っつったって、多分君は僕らの隊に入ることになるだろうけどね」

「へっ」

「まーまー落ち着いて落ち着いて。疑問があるならまた後で。まずは検査しようじゃん?」


 質問を差し挟む暇は与えない。シギョウの手が素早く白衣のポケットから手の平大の霊透玉れいとうぎょくの板を引っ張り出し、おろおろするテンゲンの手をその上に載せた。

 男にしては細い手が、板の内部にびっしりと刻印された聖句に触れる。

 途端。


「おー、中々高いね」


 埋め込まれた透玉の色が、顔料を落としたようにその色を変えた。

 まずは長めに濃い灰色を映し、続いて不透明な黒。最後に赤、青、緑、銀と色を変え、最後に二度白い光を放ったかと思えば、ふと戻る。それでもしばらく押し当てていると、石は同じ変色を更に繰り返した。どうやら、この板で読み取れる情報は然程多くはないらしい。

 とは言え、シギョウはテンゲンが思うよりもずっと多くの情報を入手しているようだ。鉱石の変色パターンをじっと見つめ、ヨドから受け渡された書類に素早く何事か書き込んだかと思うと、にかりと笑ってテンゲンの手を解放した。

 実の所、先程の板自体は初見ではない。ヤボシが何か大仕事をする際、使用者に対して使う仕事道具の一つで、テンゲン自身も弟妹達と共にこっそり使ってみたことがある。しかしながら、その時は変色の法則がさっぱり掴めず、丁稚として動き回る内に問うことも忘れていた。

 そんな、久方ぶりに思い出した疑問。その答えを、シギョウは無造作に提示してみせた。


霊力オドの生成力は高め、制御力は……この板じゃ測定不能。火術、水術、地術、時術に対して全体的に高い素質あり。防御と支援に強い適性。全体的に保帯士ほたいし向きの術使いだね」

「ほへー。それ、霊力オドの計測器か何かですか?」

「僕も詳しい原理は知らないけど、そんなところ。霊具打れいぐうちは大体持ってるって言うし、そのおっそろしい時計の制作主の所でも見たことあるんじゃないかな?」

「ちょっとだけ使ったことあります。その時は何なのかよく分かんなくって」

「あー……出来た当初は統一基準を作って全部数値化してたらしいんだけど、一から十まで詳しく表示するのは個人の尊厳を侵害するんじゃないかって意見が殺到してね。初見で分からないように色表示だけの物が後出しで開発されて、詳細表示する型式タイプのものは今じゃほとんど使えないって話。不便になっていけないねぇ」

「嗚呼、そういうアレ……」

「そう言うアレ。他言無用で頼むよ」


 へらりと一笑し、シギョウは一旦沈黙。喋り疲れたとばかりソファの背にもたれかかったところで、テンゲンが何かを思いついたように手を打った。


「そう言えば、皆さんはどんな感じなんですか? これで見ると」

「だってさ『鈴炯艇』」

「大して面白い結果にもならんよ。それでも良ければ私は構わないが」

「是非見たいです、参考までに」

「何の参考にする気だね?」


 即断即決。迷いなき断言に、ヨドは何を思ったか。防護帽ヘルメットの奥で、微かに苦笑する雰囲気が伝わってくる。

 テーブルの上を滑ってきた透明板を受け取り、年季の入った革手袋を脱げば、下から出てくるのは無惨な火傷の痕と刺青が残る浅黒い肌。

 思わず息を呑んだ青年には一瞥を返し、そっと指先を板に触れさせなば、埋設された珠は真っ黒に染まった。


「く、黒い」

「君も似たような色叩き出したくせに何言ってるのさ。……これ、現行の検査板けんさばんの中じゃ一番高性能なはずなんだけどなァ。なーんでか『鈴炯艇』は毎度毎度桁溢れさせちゃうんだよなぁ。保帯士のくせに僕より火力出せるとか酷くない?」


 シギョウの恨みがましい声を尻目に、変色は進み。珠は半透明の白から赤、金、黒と移り変わり、テンゲンと同じく二度光ってから元に戻った。

 一通り色を確認させ、ヨドは満足だろうとばかり手を離して手袋を付け直し。手首のベルトを締めている間に、相棒の方から補足が入る。


霊力オドの生成力は測定不能、制御力は低め。火術、星術せいじゅつ影術えいじゅつに素質があって、傾向としては保帯士向き。ほんとかなって思うけどね、いっつもね」

「生成力があって制御が低いって、いかにも人間ヒューマンっぽいです」

「まあ書類上は人間で通ってるし。誰も顔見たことがないから疑われてるけど」


 ねぇ、と話を振った先には、じとりとした視線を向けてくる無言のヨド。下手を打てばそのまま消し炭にされそうな威圧を放っているが、シギョウは怖い怖いと肩を竦めただけで軽く流した。ヨドの方もさして指摘する気はないのか、小さく溜息を吐くばかり。またしっかりと覆い隠した指先で、板を副長の元に滑らせる。

 受け取ったシギョウの適性は。


「生成力低め、制御高め。火術、光術こうじゅつ、治癒術に素質あり。探索士たんさくし向き」

「探索士で治癒士ちゆしって珍しい……珍しいですよね?」

「普通は保帯士と兼ねてることが多いからね、僕以外だと三人しかいないんじゃないかな。最近は治癒士よりも医術士の方が人気あるし……」


 器族ヒュージェクトの医療技術は確かに目覚ましいものがあるけど、云々。包帯だの絆創膏だのが発達したせいで最近は治癒の聖符せいふを書ける人もいない、云々。ぶつくさと愚痴を言い始めたシギョウを置いて、ヨドとテンゲンは顔を見合わせる。そして、お互い首を傾げながら苦笑を交わし合い、ヨドの柏手が代表して空気を切り替えた。

 ともあれ。続けて放たれた組合長フウライの声に三者とも視線を向ける。


「適性検査はこれで終わりだ。後で実地試験を行うことになるが、それまでの仮登録証を発行しよう。シギョウ、ヨド、第一圏への潜行準備を」

「実地試験? やるって聞いてないです」

「普通はやらんよ。だが君の場合は事情が特殊だ。――何しろ、君には将来的に、第九圏まで潜行できる潜行士になってもらわねばならん。この簡易検査ではそこまで見極められない」


 実際に魔物や転変者を相手に出来るか。出来たとしてそれが精神の負担にならないか。それを見なければ、第九圏への潜行許可は下ろせない。

 きっぱりと告げたフウライに、テンゲンは気圧されることもなし。ただ真っ直ぐに老爺の碧眼を見据え、一つだけ頷いてみせた。

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