第2話「少年ハート」
俺って勇者だなぁ、と義理の姉妹ができてからよく思う。
人間にゲームみたいにパラメーター画面があったとして、もしもそれを自分で見る事が出来たとしたら、俺の技能欄にはきっと『勇者』という技能が付随されているだろう。色んな意味での勇者だけれど。
「てっちゃん、早く着替えて学校に行こうぜ」
下着姿のまま、姉貴が妙な艶姿で俺に言う。妹達は着替えに戻ったというのに、何故か姉貴だけは最後まで俺の部屋に居座るのだ。時間の感覚はきちんと身に着けてもらいたいものだ。姉貴の準備の方が俺より遥かに掛かるのだから、自分の方こそ早く着替えて欲しい。いや、だが、どうも分かっていてやっている節もある。どうも姉貴は遅刻限界で焦っている俺の様子が好きらしいのだ。悪趣味な姉貴である。
それにしても姉貴の下着は相変わらず悪趣味な下着だな、と俺は思った。
姉貴はほぼ用を成していない下着を身に着けている。重要な所だけをどうにか隠せている、露出狂専用の下着だ。そんな殆ど全裸みたいな格好で、姉貴はいつも俺の自室にやって来る。どうやら姉貴にとって下着とは人の視線から身体を隠す道具や胸の形を整えるものではなく、人に見せて相手を興奮させる為の道具らしい。例えその対象が義弟であっても、だ。
しかし、姉貴はやはり俺を誘惑しているのではなく、性的嫌がらせとしてそれらの行為を行っているらしい。彼氏がいるときは彼氏の前に下着姿で現れてからかうらしいが、彼氏と別れている現在は手近な男である俺に嫌がらせを行うのだ。それが姉貴の何と言うべきか、とにかく、まあ、趣味らしい。
迷惑な話だ。そんなセクシャルハラスメントには、俺は断固反対させてもらいたい。
「いいから姉貴も早く着替えろって。また遅刻しちゃうぞ」
俺が頭を抱えながら言うと、姉貴は渋々身を引いた。
「まあ、そうね。遅刻し過ぎて出席日数が足りなくなったら困るしね」
「その通り。早く着替えてきなさい。それと今日こそは無用な露出を慎みなさい」
「あははっ、それは断らせてもらうぜ」
「ちっ」
舌打ちする俺を尻目に、姉貴は楽しそうに俺の部屋から去った。
どうしてあんなにも毎日楽しそうなのか俺にはとても理解ができないが、まあ、見ていてそれなりに楽しくはあった。陰鬱とした気分で部屋に引きこもっているよりはよっぽどマシだろう。引きこもっていても何の解決にもならないのは自明の理なのだから。
とにかく、これで台風一過だった。
俺もさっさと着替えるとしよう。
当然、俺の着替えは即座に終わった。着替えが早い男こそが紳士というものだ。
それから俺は何となく鏡で自分の姿を確認してみる。
うむ。自分の事ながら、惚れ惚れするほど特長がなかった。
そう。俺とて自分で言うのもなんだが、かなり年季の入った凡人なのだ。誰かに好かれた試しは一度もない。幼馴染、年上、年下とかなり多くの女の知人がいたが、皆が俺ではなく他の男を恋人として選択した。それでも一人だけ、ただ一人だけ……、例外が居たかもしれないが、今は彼女の事を思い出したくない。
彼女はともかく……、他の女達に恋人に選ばれない理由は自分でも分かっている。
俺の外見が悪いのだ。それだけでなく、ついでに言えば性格も悪い。
……最低ですね、俺。
よって俺は三段論法で完璧に証明できる駄目男になるわけで。
まあ、だからと言って悲観もしていない。
いや、しているのは悲観ではなく……、むしろ安心なのかもしれない……。
安心……?
誰にも好かれない事が……?
その考えはふとした拍子に浮かんだものだったが、それは意外に真理なのかもしれなかったし、俺をひどく動揺させて、俺の心臓を激しく鼓動させた。
思い出すのは彼女……、唯一の例外、星奈との日々の事……。
「お兄ちゃん」
過去に思考が支配されそうになった瞬間、妹二号が制服に着替えて俺の肩を叩いた。
俺は馬鹿な考えを振り払い、今の俺の妹、真美に視線をゆっくりと移した。
ふと見た真美には中学校の制服が良く似合っていた。
少々幼すぎる感もあるが、真美は何処に出しても恥ずかしくない可愛らしさを備えている。ツインテールの髪型も、真美の中学校の制服にはとても映えて見えた。性格こそ子供そのものでしかないが、それでも可愛らしい妹に俺は目を細めた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
目を細めた俺を見て、真美が首を傾げる。
俺は真美の頭を軽く撫でて、真顔で言ってやった。
「可愛らしい妹を持って、俺は幸せ者だって思ったんだよ」
恥ずかしい言葉だったが、何故かそんな言葉が出た。
ただ、真美はといえば、その俺の言葉が褒め言葉だったのか皮肉だったのか、判断が付かなかったのだろう。真美は釈然としない顔つきで、ありがとね、とだけ小さく言った。真美もこうしていると可愛らしい妹に見える。他の姉妹よりはかなり。
「それじゃあ、さっさと学校に行くか、真美」
「え? お姉ちゃん達は……?」
「……奴らを待つと俺が酷い目に遭う」
「朝食は?」
「超特急で喰らうさ。バリボリバリボリとね」
すると、真美は苦笑する様に顔を歪めた。
「もしかしてお兄ちゃんってロリコン?」
幼い真美らしからぬ厭な発言だ。
恐らく姉貴に仕込まれた知識なのだろう。
俺は肩を竦めてから、真美の頭に手を置いて、真美の頭をぐるぐる回してやった。
「失敬な。拙者も極一般的な大和男子。好きな女性のタイプは年上の女性でござる」
「そうなの? お兄ちゃんがお姉ちゃん達に冷たくしてるのに、ロリロリな真美だけを誘うのは、やっぱりお兄ちゃんがロリコンだからじゃないの?」
「自分でロリロリ言うな。俄仕込みの知識はそうおいそれと使う物じゃない。特に姉貴の知識は無駄な知識ばかりなんだから……。それに何度も言うが俺はロリコンではない。厭なら別にいいよ。俺は一人で学校に行く。その方が楽だしな」
「別にいやじゃないよう。じゃあ真美、今日はお兄ちゃんと二人で登校するね」
「そうか」
俺としては別にどちらでも良かった。
真美だけを登校に誘うのは、別に真美を贔屓しているわけではなく、ただ単に一人で学校に行くのが寂しいからだ。姉貴とさとみを連れて登校するのは勘弁して欲しいが、真美だけならば結構楽しく登校する事が可能だ。
「それじゃ、早く行こうか、真……」
「兄さん! 私も行きますよ!」
俺が真美の手を引いて居間に行こうとした途端、唐突に呼び止められた。
……どうやら遅かったらしい。
あの子は既に制服を着替え終わっていたというわけだ。
俺は出来るだけ声の方向を見ない様にして、真美の手を引っ張った。
「じゃあ、行こうか、真美」
「うん、お兄ちゃん」
「……無視ですか!」
さとみが声を張り上げるが、俺と真美は聞こえない振りをして居間に向かった。
「ヒドイ!」
よよよよ、とさとみが嘘泣きをするが、それは普段の事だから気にしなくてもいいのである。だから、俺達はさとみを気にせずに朝食を取りに向かった。今日の朝食は早く食べられる物だと助かるのだが。
とまあ、こんな感じで俺達の朝は騒がしい。
義理の家族が出来てから、常にこんな感じだ。
だがまあ、それも面白いかもしれない。
新しい生活を楽しまねば、人生を損するというものだろう。
真美の手を引きながら俺は、取り戻したい、と何となく思えた。
俺が壊してしまった物、壊したくなかった物。
大切過ぎて、傷付ける事しか出来なかった物……。
取り戻したくて……、俺は……、僕は……。
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