百三十話 巨大兎は通信が出来るらしい

 人型モードになったホワイトケープは、桃華のイメージに合わせて斜に構えてファイティングポーズを取っていた。

 変形したことで、後席に座っていたコマイナが隔離された。扉の左右に外部モニターが着いていたから、外の状況は分かると思うけれど。


「とりあえず、兎さんはどう動くのかしらね……?」

 唯一ありがたいことが、ホワイトケープが変形しても敵意や殺意は出ないことか。相変わらず緑色の兎は、洞窟から少し頭を出した状態でそこから微動だにしていない。


「ところで桃華は、どうして人型に変形させたんだ?」

「それはもちろん、こっちの方が格好いいからに決まっているじゃない。巨大変形ロボットが、男の子だけのものだなんて思わないでよね」

「……ははは、さいですか」

「篤紫様、桃華様。状況はいかがですか?」

 何だか微妙な空気の中、やっぱり気になるのか、後席にいたコマイナが扉を抜けて運転席に入って来た。


「あ、コマイナ座る?」

「はい、窓際の方でお願いします」

「わかった、ちょっと待ってな」

 ヒスイを抱き上げて一旦後部座席側に移動して、コマイナが入ったあと再び運転席に戻った。

 座ったはいいものの、コマイナの二対の翼が大きくて思いの外座席が狭くなってしまった。膝にヒスイを乗せたまま、助手席の端っこに半分おしりを乗せて座った。


 桃華が構えを変えた。

 緑兎がびっくりして跳び上がった。そのまま伏せた状態で震え始める。

 思わず篤紫とコマイナは、桃華の方を見ていた。さすがに、桃華も意図していなかったようで、びっくりした顔で固まっていた。


「えっと……敵意が無いのかしら……?」

 桃華の呟きのあとに車内通信が入った。

 ちょうど近くにいた篤紫は、着信スイッチを押す。


『あ、篤紫か、ちょうど良かった。今そこの兎から通信が入ったんだが、そっちに繋ぐぞ。正直、アレが何なのか解析できていないから、多少心配ではあるが』

「通信? あの兎は生物じゃないってことか?」

『そこも含めて、よく分からないんだ。魔力走査の感じは生体反応なんだが、通信が何だか電波に近いんだよな』

「電波? いや生き物なんだろう? また厄介そうなパターンだな……」

「とりあえず、話してみたほうがいいわね。繋いでみるわ」

 篤紫がルルガとの通信を終えると、桃華が緑兎との通信を繋いだ。


 電波の周波数が揺れているのか、ノイズが走ってている。しばらく揺れたあと、向こうの周波数が安定したようで、声が聞こえてきた。

 これはアナログ通信なのか?

 電波自体、何だか久しぶりな気がする。以前コマイナが調子が悪かった時に、使っていたのが電波だった。魔力と電波なんて完全に技術違いな気がしたけれど、共存していたのにびっくりした覚えがある。


『……あ……うわ、また繋がっちゃった。どうしよ……』

「ちょっといいかしら?」

『……あああっ、あのあの……その……ふえええぇぇぇ』

 うん、窓の外に見えている光景と一緒で、無駄に怯えている。

 この感じだと、電波通信がこの緑兎の普段使っている言語みたいなものなのか?


「ごめんね、ちょっといいかしら。私達に敵対の意思はないわ」

『ぴえええぇぇ――』

 見ていると、緑兎の瞳から金色の雫が地面にこぼれ落ちている。地面に落ちた雫はころころと転がってホワイトケープの足下まで来て止まった。


「桃華、一旦車形態に戻したらどうだ? ここなら平らだから多少の移動もできるだろう」

「そうね、その方がいいかも知れないわね」

 桃華がパネルスイッチをタップすると、架装部分が変形しながら車体を地面に下ろした。リアゲートが開いて、架装部分――元氷船だった白銀色のパーツが吸い込まれるように収納されていった。

 変形を状態モニター越しに見ていたけれど、無駄に滑らかだった。


 あ、緑色の兎が気絶してる……。


「……うん、とりあえず外に出ようか。みんな酸素の魔道具をちゃんと装着してるか? 確認しておくんだぞ」

「私はちゃんとブレスレットを嵌めているわ、大丈夫よ」

「生体ダンジョンコアなので魔道具は不要なのですが、せっかく篤紫様に作っていただいたので首に提げています」

 あの日魔王晶石のチェックをしていたコマイナは、桃華と同じものを首に掛けている。もしかしたら不要かなと思ったけれど、ヒスイの分も合わせて三本作った。

 ヒスイもネックレスを嬉しそうに首に掛けている。


 そうこうしていると商館ダンジョンから、ミュシュを抱えた瑠美を先頭に、咲良と紅羽が車内に入ってきた。


「ミュシュちゃんがあの兎のこと知っているみたいなんや。ワイらも一緒に行ってもええでな?」

「モニターにあの緑色の兎が映った時に、泣きながら何か言った後、いきなり眠りに入っちゃったんです」

「マリエルさんとルルガさんが、ホワイトケープで待機していてくださるそうなの。わたくしたちも行きますのよ」

 全員、酸素の魔道具を装着しているようなので、全員で車を降りることにした。




 全員で車を降りて、篤紫以外は一旦車の側で待機することにした。

 さすがに一度に全員で行って、余計に警戒させるわけには行かない。念のため虹色魔道ペンで変身して、完全武装で向かうことにした。

 と言っても、篤紫の完全武装なんて腰にいつも通り魔道銃と、魔道ペン四種が刺さっているだけなので、たいして怖がられる心配は無いと思うけれど。


「あ、これってもしかしてやばいパターンか?」

 篤紫が緑兎の前まで行くと、緑兎の閉じていた目が突然開いた。

 とりあえずその場で止まって、緑兎の瞳を覗き込んだ。兎らしい真っ赤な瞳は、大きな兎だけあってすごく大きかった。何だか目が潤んでいる感じだけれど……。


『キュッ……?』

「……えっ? あ、しまった」

『……ムキュッ、キュキュキュゥ……』

 緑兎は伏せったままで、潤んだ瞳から金色の雫を溢した。

 金色の球体は篤紫の足下まで転がってくると、コツンと言う音を立てて止まった。この涙はさっきも流していた。今はたぶん、拾わない方がいいだろう。


「ごめん、こっちの言っていることはわかるのか?」

『キキュゥ……?』

「駄目か……ちょっと待っててくれ、翻訳の魔道具を作ってくる」

 手を広げたままゆっくりと後退して、車まで戻った。


「篤紫さん、どうしたのかしら?」

「いや会話がな、成立しないんだ。ちょっと刺激しない程度に見ていて貰えるか?」

「大丈夫よ、さすがに兎さんを刺激する気は無いわ。兎さんって愛らしい外見をしているけれど、けっこう凶暴なのよ」

「そっか、しばらく頼むよ」

 とりあえず緑兎のことは桃華達に任せて――と言っても、会話が出来ないから何も出来ないかも知れないけれど、魔道具を作りに車内経由で商館ダンジョンに向かった。




 さて、翻訳の魔道具だ。

 無線を使っているようだから、まず喋っている無線帯域を自動で判別する仕組みにした方がいいな。

 あとは同時翻訳で、無線信号を共通言語に、共通言語を無線信号として緑兎の使っている無線帯域に飛ばす。

 本当はさっきの鳴き声が翻訳できればいいんだけれど、下手すればあれはただの鳴き声だろうしなぁ。ナナナシアの作用範囲外だから、今分かっている言語しか翻訳できない。

 そういう意味では、ホワイトケープを経由したとは言え、ルルガが無線を共通語に翻訳したのはすごいことなのかも知れない。


 さっそく作ろう。

 使う材料はここのところおなじみ、ほぼ万能素材の『魔鉄』だ。

 これを中が空洞になるように丸く成形して……うん、若干形が歪だな。

 硬化処理をしたあとで透明に着色(?)した。そうすることで、なんちゃって水晶玉ができた。


 転がっていかないように台座を作って、鐙色に色つけした。そこに水晶玉もどきを乗せて形に合わせたあと、硬化させる。

 ここから、魔術を描き込むよ。


Automatically select the radio band that can be received.

Radio signals and common language are translated alternately.

Store up to 10 hours of magic power in the pedestal.


 無線帯域の自動判別に、無線信号と共通言語の自動翻訳。

 ついでに魔力を蓄える機能も最大で十時間分くらい確保しておく。魔石嵌めたり、魔力を流しながら使うなんて、面倒くさいからね。


「あ、いたいた篤紫。探したぞ。こんな所にいたのか」

「いや、そのまま外に出たら言葉が分からなかったから、翻訳の魔道具を作りに戻っていたんだ」

「はあ? 何言ってんだ。篤紫は普通に会話してたじゃねえか」

「……マジで?」

「おう、マジマジ。最後は『だいたい分かる……?』って言ってたのに、篤紫が『駄目か』とか言って離れていくから、さらに涙目になってたぞ」

 どっと冷や汗が出てきた。

 いや、こっちが緑兎の言っていることが分からないから、そもそもどうしようもなかったんだけどな。

 誰だよ出て行って話をしようと言ったのは。俺か。


「そんなことより、翻訳の魔道具が出来たなら、早く行った方がいいぞ。違う意味で大事になってる」

「なっ、何かあったのか?」

「普通に打ち解けてんだよ。女どもって相変わらずすげーのな」

 なん……だと?


 篤紫は、出来たばかりの翻訳の魔道具をホルスターのポケットに収納すると、慌てて魔道具研究室を飛び出していた。

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