百二十五話 因縁のワイバーン
そして、オレたちは今空を飛んでいた。
「なあコマイナ……また、なんだよな」
「はい……また、みたいですね」
運転席ではコマイナが頭を抱えている。そんなコマイナに、篤紫は乾いた笑いを送るしかなかった。
アディレイド王国の市街を抜けて、南の国壁門から街道に出た。
西側にある王都アディレイドが海に面していて、海沿いが全て港になっている。
本当はその港から直接、海に出た方が楽なのだけれど、桃華が言うに『王都を通過するのであれば、王宮に顔を出すように』と言われているらしい。
そう言えば、この国に来てから一度も王宮に行っていない気がする。桃華はそれなりに訪れていて親交があるようなのだけど、篤紫としては今さら顔を出すのはなんだか憚れる。
そんな理由もあって、あえて王都を避けて南の国壁門から出発したのだけれど……。
「あ、篤紫さん。あのおっきいのって、も、もしかしてワイバーンとちゃうん?」
「は、初めて見ましたの。大きいですの。怖いですの……」
「あわわわわわわ――」
窓から見えるワイバーンはとても大きくて、何だか鱗が綺麗だった。前回はゆっくりと観察している余裕がなかったので、近くで見ると何だか圧倒される。
そう言えば、動物園とか見たことがないな。街の外に出れば魔獣や動物が当たり前にいる世界なので、あえて園として囲う必要がないのだろうけど。動物園を知っている身としては、若干寂しい気がする。
日本から来た三人娘も、初めて見る本物のワイバーンに興奮しているようだ。
……いや、怖がっているだけか?
そう、俺たちはまたワイバーンに攫われている。
この間の個体とは違うワイバーンなんだけどね。前個体は宇宙戦艦(仮)
の光線攻撃で消滅したらしいし。
相変わらず馬車から車になっても、出かけてすぐに攫われる状況だけは一緒のようだ。ホワイトケープはワイバーンの二本の足に掴まれて、大空を飛んでいた。
高い壁に囲まれた広大なアディレイド王国が、どんどん小さくなっていく。
「今回は篤紫さんが一緒に居るから、何の心配もいらないわね」
そう言って腕に抱きついてくる桃華の頭を、篤紫はそっと撫でた。
あの時は空中ではぐれて、桃華に無駄に心配をかけちゃったんだっけ。その時とっさに作った氷船が、未だに現役なのにはびっくりするけれど。
篤紫はあいている方の手で、モニターを操作して商館ダンジョンにいるルルガを呼び出した。
コール音が鳴って、しばらくすると繋がったようだ。
「ルルガ、見えているか?」
『ああ、こっちからもばっちり確認できているぜ。相変わらず、篤紫と居ると飽きねえな』
車内回線が鍛冶工房に繋がると、画面に緑色の顔が映った。メタゴブリンのルルガが何だか楽しそうに首をあちらこちらに動かしている。どうやら状況をモニターで確認しているようだ。
『外圧データから見るに、掴み方は優しい感じだな。どうも大事に運搬してくれている感じだぞ。どのみち壊れることはねえが。
マップで見た様子じゃ、目的のアルメリア大陸じゃなくて、だいぶ方向が違うアフェリアカ大陸の方向に向かっているみたいだな。
アウスティリア大陸を斜めに横断するから、しばらく海に出ねえ。このまましばらく待機だ』
「分かった、何かあったらまた適当に指示でも出してくれ」
『はいよ、任せとけ』
さしずめ、ルルガが居る場所がホワイトケープの管制室か。
運転席に座っているコマイナが、大きなため息をついている。
ふと、ヒスイが元気ない気がして、頭に手を置いて魔力を流し込んであげた。
「篤紫さん、ワイらどうなっちゃうんや? あれに食べられるのか?」
瑠美が後席から身を乗り出してきた。
振り返ると瑠美だけじゃなく、咲良や紅羽までもが怯えて抱き合っている。
まあ……初めて国外に出て、いきなりこんな大きな翼竜に攫われれば、びっくりもするか。
「とりあえず、身の安全だけは確保できているから、安心して乗っていて欲しいかな。
あまりに怖いようなら、その後ろにある扉から商館ダンジョン側に避難してるといいよ。向こうにもモニターがあって、外の様子が分かるようになっているから」
「それより、これからワイらはどうなんねん。ずっとこのままやの?」
咲良と紅羽が青い顔をして後部の扉から退散していく中で、瑠美は窓に張り付いて上を睨み始めた。うーん、さすが大阪民。簡単には納得しないらしい。
窓を開けたいのか窓枠を触りだしたので、篤紫とコマイナは思わず顔を見合わせた。
「瑠美さん、いくら頑張っても窓は開きませんよ。
それに、今は時期じゃないだけですから、もう少しゆっくりしていてください」
「……そうなんか。ほな、わかった。一旦奥で頭冷やしてくる」
「はい。お茶のサーバーがありますので、ゆっくりしていてください」
「篤紫さん。私も少し、三人の様子を見てくるわね」
桃華が瑠美の背中にそっと触れながら、一緒に商館ダンジョンに歩いて行った。
何気に桃華は、三人のことに気をかけている。
夏梛が成人の儀を経て色々と経験して、桃華の手を離れた感じだからな。何だか寂しいと言うのもあるのかも知れない。
日本だと二十歳になるまでは子どもとして扱われるし、当人達も背伸びをするものの本質は子どもだからな。桃華としては、どうしても気になるのかも知れない。
やがて、遠くの方にウルルが見えてきた。ウルルの上空をドラゴンがゆっくりと旋回している。
距離があるということもあってか、通り過ぎるワイバーンを気にする様子はなく、やがてウルルも小さくなっていく。本当は、ドラゴンが飛んで来て空中で戦闘が始まる――なんてのを期待していたのだけど、お互いに興味がないのかも知れない。
いやそもそもだ、ワイバーンって何なんだ?
色々考えていたら、横にいたヒスイが弱々しい力で手を引いてきた。
抱き上げて、膝の上で魔力を流す。
何だかヒスイは、ここのところ一気に弱ってきている感じがする。それでも今回は運がいいというか、ワイバーンの飛翔速度は篤紫たちが海上を航行するよりも遙かに早い。
このままアフェリアカ大陸を通過して、アルメリア大陸まで行ってくれればかなりの時間短縮になるはず。正直、ワイバーンに期待していたりもするのだけれど……。
「コマイナは、ワイバーンについて何か知っているか?」
「伝承でしょうか? 実はワイバーンに関しては、ほとんど知られていないのですよ。そもそも滅多に目にする魔獣じゃないんです」
「えっ? だって俺たち、もう二回目の遭遇になるんだろう? まあ、個人的には三回目だけど」
「そうなのですが、実はドラゴンよりもワイバーンは目撃情報が少ないのですよ」
コマイナの話に、篤紫は首を傾げた。
確かにドラゴンはウルルを主な生息圏にしていて、世界中でも目撃情報がある。
経験を積んである程度ドラゴンとしての格が高くなると、進化によって竜人になることができるようだ。竜人が小型化して、人化した個体も世界中にいるらしい。
つまり、ドラゴンは一般的に生態から住処まである程度が認知されている。
ところが言われてみれば、ワイバーンの情報はほぼ名前だけ。普段は話題にすらならない。
もちろん体の特徴程度は共有されているけれど、その程度だ。
よくある、一般的なファンタジー物語では、ドラゴンより前に前哨戦みたいな形で冒険者に倒されたりしている。格もドラゴンよりも下位に位置していて、群れで棲息していてチート持ちに頻繁に狩られていたはずだ。
ところが、ここナナナシアではその慣例が崩れている。
地球と地形が同じとはいえ、ナナナシアでは人跡未踏の地が世界の八十パーセント以上あるという。
生態が解明されていないだけの可能性もあるけれど、それにしても目撃例が少ないのは不思議だった。何だか、不思議な感じがする。
「つまり、ドラゴンよりもワイバーンの方が希少だと言う事なのか?」
「端的に言いますと、存在自体が幻だとされている魔獣種なのです。なのですが、篤紫様においては遭遇率があまりにも高すぎます。
何かしらの意図のようなものが感じられますが……」
「うーん、これはナナナシア案件か?」
首をかしげつつ、腰元に浮いてるスマートフォンをたぐり寄せた。
イヤフォンジャックに神力キャンセラ―が刺さっている事を確認して、ナナナシアに電話をかける。
数コール鳴った後で、耳元からいつもの声が響いてきた。
『おー、篤紫君久しぶりだね。いつも思うんだけど、何でそんなに楽しい事になっているのよ。ほんっと、見ていて飽きないわね。
それより聞いて、例の星の子。行方不明になっちゃったのよ。なんかね、手違いで地球に飛んでいったみたいで、通信が途絶えちゃったのよ』
篤紫の動きが止まる。
手違いって何だよ。いたいけな少年を地球に送って、いったい何をやらせようって考えてるんだ?
「ちょっと待て、俺の話をだな――」
『それでね、トラックに跳ねられたら、こっちに戻ってこられるようにしてあるんだけど、なかなか帰ってこないのよ。どうすればいいかしら?』
「そんなん、諦めてほっとけ。そのうち跳ねられて帰ってくるだろう。
そうじゃなくて、ナナナシア。聞きたい事があるんだが」
『うん、そうするしかないから、そうするね。それで聞きたいことって何?』
篤紫は電話をしながら、もう頭の中は終話でいっぱいだった。
相変わらず、うざい。
深呼吸を何回か繰り返して、ひとまず自分を落ち着かせた。
「……あのさ、ワイバーンについて知らないか?」
『あー、ワイバーンかぁ……』
何となく、不穏な空気が流れ始めた……。
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