百二十四話 ホワイトケープ(赤色)

 ルルガ鍛冶工房は応接室と作業場、鍛冶場までが一緒の空間に収まっていて、唯一倉庫だけ別棟みたいな状態になっている。


 はずだった。


 篤紫は目の前、ルルガ鍛冶工房の様子を見て呆気にとられていた。

 さっきヒスイと出かける前は、奥の方は機材で溢れかえっていたはずだ。部屋からは機材だけで無く、家具すらも全て無くなっていた。

 がらんどうの室内には、新車となったホワイトケープだけがぽつんと佇んでいる。


「あのさ、ルルガ……これは?」

「ああ、商館ダンジョン側にな、全て移動させたんだ。コマイナと話をして、この際だから、完全に専属整備士として篤紫と一緒に行くことにしたんだぞ。

 そもそもがあれだ、いつもコマイナ都市にいたけど、篤紫に付いていった方が絶対にいい物作りができる。

 氷船見た時に、次は絶対に付いていくって決めていたんだぜ」

 そう言って、ルルガとマリエルは顔を合わせてうなずき合った。

 いや正直言って、有り難いことなんだけどな。魔鉄を作る溶鉱魔炉も移設したみたいだから、魔鉄が必要になったときにはすぐに調達できる。


「コマイナは、これでよかったのか?」

「はい、問題ありません。むしろ、この姿が正規の状態ですよ。今までがおかしかったと思うのです。

 もともと、この商館を改良した馬車――今は車になりましたが、これでずっと旅をするはずだったのです。それなのに、肝心なときに別行動で篤紫様、桃華様と別行動。あるいは魔神晶石車に株を奪われて、中に閉じ込められる始末」

「えっと……ごめん……?」

 どうもかなりのストレスが溜まっていたようで、鼻息が荒かった。フンスッ、なんて音が聞こえてきそうな程に。

 そっか、確かにそうだよな。コマイナも旅を楽しみにしていたんだっけ。



 篤紫はコマイナ目線で、今までの旅程を振り返ってみた……。



 コマイナは、コマイナ都市ダンジョンから出発して、初っ端から意識を失っていた。気が付いたら大海原の真っ只中で、そこでは体が大きくなる弊害でしばらくベッドの上。当然外の景色など見られるわけがない。


 その後辿り着いたパース王国では、馬車を商館に戻して、一月ちょっとの間滞在。その後は別行動で当時北半球にあったコマイナ都市ダンジョンまで、アーデンハイム王国と魔王国の移民を移送した。


 用事が済んでウルルにて再会するも、魔神晶石車の中、大樹ダンジョンにまた商館の状態で固定される。竜人達はモニターで外の景色を見ていたけれど、コマイナは商館でお留守番していてくれたんだよな。

 その後もずっと閉じ込められたまま、たまに帰ってくる篤紫たちから旅の話を聞くだけ……。


 うん、ごめん。本当に俺たちが悪かった。

 これはどう考えても、コマイナにストレスが溜まるわけだわ。



「でも篤紫様。これからは、新しくなったホワイトケープが旅の主軸です。どんな地形であろうと、どんな場所であっても進むことができます。

 ルルガさん達には、私から移住をお願いしました。

 今度は絶対に、篤紫様、桃華様と一緒に景色を見ます」

「うん、うん……」

 もうね、涙が出てきたよ。マジで。

 流れのままずっと旅をしてきて、最初にコマイナと交わした約束を、全然果たせていなかったんだもの。


 篤紫はコマイナに歩み寄ると、そっと抱きしめた。


「あっ……篤紫様……」

「本当にごめんな。本当なら、もっとたくさんの景色を見せてあげられたんだもんな。ごめんな……」

 コマイナは、俺と桃華の二人目の娘。

 それなのに今まで、蔑ろにしてきたようなもので、つらい思いをさせてしまった。

 それでも文句一ついわずに、一生懸命に商館ダンジョンの維持管理をしてきてくれていたんだ。

 このホワイトケープには、そんなコマイナの思いがいっぱい詰まっている。


 少し体を離して紫色の髪をなでる。

 コマイナの目にも涙が浮かんでいた。


「まだナナナシア星には、たくさん見るところがある。今回のヒスイ問題が解決したら、まだまだ旅にいくからな。そのときは頼むぞ」

「はい。任せておいてください」

 ルルガとマリエルも、目に涙を浮かべてる。

 ホワイトケープの中から、ミュシュが出てきた。何かの作業をしていたのだろうか、近くまで来るとコマイナの顔を見上げて頷いた。


「コマイナさん、無事カメラの設置作業が終わりましたよ」

「はい。ミュシュさん、ありがとうございます。

 竜人の皆様にも楽しんでいただけるように、車庫を商館ダンジョン側に設置いたしました。ホワイトケープに乗っている間は、篤紫様はそこに魔神晶石車を入庫しておいてください。

 ホワイトケープ側には複数のカメラを設置いたしましたので、後ほど大樹ダンジョンのモニターに接続の程よろしくお願いいたします。

 今までと同じように、旅の景色を楽しんでもらえるはずです」

「……わかった。やっておくよ」

 そこまで気遣ってくれていたのか……。

 確かに竜人達にしてみれば、篤紫が世界旅行している景色を見ることが一番の娯楽。その映像元が、例えこの目の前にあるホワイトケープからであっても、何の問題も無い。


「それじゃあオレたちは、仕事場に戻っているからな。出発の時もそうだけど、何かあったら、運転席のモニターから呼びだしてくれ。

 もっとも、こっちからも外の状態は確認できるようにしてあるから、滅多に呼び出す事態にはならないと思うけどな」

 ルルガはマリエルとミュシュを連れて、ホワイトケープのリアドアから商館ダンジョンに入っていった。


 出発するときに呼べというのは、そういうことか。何気にルルガ達も旅を楽しみにしているようだ。

 コマイナはもう少しやることがあると言っていたので、さっそく運転席からルルガに連絡して、車を一台用意してもらった。


 コマイナの運転で走り去っていくホワイトケープを見送って、篤紫とヒスイは一旦、自宅である城に帰ることにした。




「それじゃあ、行ってくるな。こっちのことは頼むぞ」

 見送りは、珍しく少人数だった。

 ペアチフローウェルに、タナカ一家の四人。

 オルフェナは夏梛とシロサキ自治領に行ったまま、一度も顔を出さなかった。夏梛と電話で話したときも、結構オルフェナの解析に手間取っているようで、いくらか声がいらついていたのを覚えている。


「篤紫は何かあったら、私か夏梛のところに電話をするのよ。転移が使えるから、この間みたいな世界停止以外なら大抵なんとかなるわ」

「わかった。ありがとうな、ペアチェ」

 ふと思い立って、ペアチフローウェルの隣にコマイナを立たせてみた。


 頭頂に二本は得ている立派な巻角に、背中にはドラゴンのような漆黒の翼が生えている。その姿はまさに悪魔。

 笑顔で首を傾げているけれど、ペアチフローウェルが本気を出したら辺り一帯が更地になる。夏梛と魔法の相性が合うようで、カレラと三人であちこち出かけている。

 ペアチフローウェルの年齢はウン万歳とかなのだろうに、一緒に楽しんでくれている様子にほっこりする。


 対して、コマイナは天使だ。

 純白の翼が二対、背中に生えている。その頭の上には、天使の特徴である天使の輪が浮いている。紫色の髪と紫色の瞳が、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 ただ、格好というか姿形だけなんだよね。

 生体ダンジョンコアで、コア自体もナナナシア星のコアと同じ神晶石なんだけれど、自分のダンジョン以外ではすごく弱い。

 まあ、絶対不壊かつ不死だから、怖かったら逃げてればいいんだけどね。


 そんな二人が並んでいると、すごく見栄えがいい。

 二人とも服装は冒険がしやすい丈夫な服を着ていて、イメージの悪魔と天使とは違うけれど、見た感じまとまっている。

 思わず、スマートフォンを取りだして写真を撮っていた。


「篤紫、いったい何がしたいのよ……」

「篤紫様……気持ちは分かりますが、空気を読んでください……」

「ええ、そうですよ篤紫。それはさすがに駄目だと思いますよ」

「篤紫さんって、たまに変なことするよね……」

 などなど……結果的に、全員にだめ出しされてしまった。


「それじゃあシズカ、留守の間お城の管理は頼むわね」

「いいけれど、私達もほとんどここに居ないわよ?

 そもそもここの国って無茶苦茶なのよ、探索者の数に比べてダンジョンが多すぎるわ。毎日どこかでスタンピードが起きているのよね。

 それを鎮圧に向かうだけで何日もかかるから、ほとんどこの城にいられないのよ」

「それなら、塀に囲まれた家は全て安全地帯になっていて、スタンピードがあっても不可侵領域よ。

 道以外は安全だから、無理に鎮圧しなくてもいいのよ」

「飽きたらそうするわ。全く変な国よね……」


 ちなみに、車の中も安全地帯なんだぞ。

 移動しているとさすがにぶつかって事故を起こすけれど、止まっている限りはスタンピードの群れが勝手に避けていく。

 このまま車が普及していけば、アディレイドタワーダンジョンのスタンピードすら、放置の流れになりそうだ。

 そもそもこのアディレイド王国自体が、大きなダンジョンなのかも知れない。


 ……うん、話が逸れたな。


 ルルガに連絡を取って、車内まで来て椅子に座って貰う。

 出発するメンバーは、前席には篤紫に桃華、ヒスイ、コマイナ。

 真ん中の席には瑠美、咲良、紅羽が座って、後席にルルガ、マリエル、ミュシュが座る。


 見送りの五人に手を振りながら、篤紫たちはアルメリア大陸のグラウンドキャニアン峡谷を目指して、城を出発した。


 うん、帰ってくるまでに城の名前も考えよう……。

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