百二十三話 ルルガの野望
取りあえずヒスイは、篤紫が魔力を補充していれば何とかしばらく大丈夫なので、じっかりと準備をしてその上で出発することにした。
それまでは、瑠美達三人には魔法の練習をしてもらうことにした。
実は三人とも、ナナナシアに来てすぐに、異能が使えなくなっていた。
もともと異能空間と言う限られた世界だけで使えていた力で、ナナナシアではその空間が一切展開できなくなったのだ。
まあ、三人ともそれに関しては全く気にしていなかったけれど。
代わりにこっちに来て、魂樹無しの状態でけっこうな量の魔力を持っていた。種族も人間からクリスタリアに変わったらしい。
そんな経緯もあって、魔法を必死に覚えていた。
いや、そもそもあれだ、何で桃華が教えているのかが、どうしても分からなかったんだけど。桃華が使えるのは生活魔法と、時間魔法だけだよね。
今考えれば、魔導学園に通わせた方が良かったんじゃなかろうか。後の祭りである。
ともあれ一旦篤紫は、ヒスイとコマイナの三人で魔導城を目指した。
魔神晶石車の中から商館ダンジョンを取り出せるのが、夏梛かペアチフローウェルのどちらかしかいないことに、あらためて気付いた。
魔導城で夏梛に商館ダンジョンを取り出して貰い、それをコマイナが馬車に変化させた。
城下町で大きな馬を一頭買って、その上でシロサキ自治領からコマイナ自治領までカッポカッポと走って向かった。
悲しいかな、それだけで二日かかってしまった。
車の偉大さを、あらためて感じた。
そしてルルガ鍛冶工房が見えてきた頃には、篤紫は何とも言えない達成感を感じることになった。
「いや待てよ篤紫、この車を本当に改造するのか? てかできるのか?」
工房に馬車を入れて貰い、さっそく近づいて馬車の様子を見始めたルルガが、もの凄い勢いで振り返った。その隣でマリエルも、顎に手を置いて難しい顔で首を傾げている。
「何言ってるんだルルガ、ただのダン車だろう? ルルガなら何とかできるんじゃないか」
「篤紫は、俺を何だと思ってるんだよ、まったく。てかダン車って何だよ、『ダンジョン壁素材の馬車』でも略したのか?
いずれにしてもだ、この素材は加工不可能だぞ。道具がねぇよ」
「私も、ルルガと同じ意見よ。紙材や木材だったって、ダンジョン壁になっただけで、破壊不可能オブジェクトと化するの。
ダンジョンマスター権限でももっていなければ、加工なんてとてもじゃないけどできないわ」
工房内の丸テーブルに戻ってきたルルガは、どかんと椅子に腰を下ろした。マリエルもそっと隣の椅子に腰を下ろす。
「なにか難しい材質なのですか? わたくしも見てきてもいいですか?」
奥からポットを持ってきたミュシュが、ティーテーブルから取りだしたカップ二つにお茶を淹れて、ルルガとマリエルの前に出した。
「いいけどミュシュは、魔力とか感じられねぇだろう。ダンジョン壁は普通の素材すら、違うモンになっちまうんだぞ」
「それなら大丈夫ですよ。この間、篤紫さんがニホンから持参していらした端末の中にいい端末があって、わたくしも魂樹持ちになりましたから。
いままでのわたくしと一緒ではありませんよ」
「嘘だろ、マジか。そんなの初めて聞いたぞ。そんなそぶり一切無かっただろうに、いつの間に……グキャ……」
「ルルガさん、この間ミュシュが言っていたけど、ぜんぜん聞いてなかったじゃない。私は知っていたわよ」
ミュシュが馬車に駆けてく後ろ姿を見ながら、ルルガが普通のゴブリンだった頃の鳴き声を出していた。なんだか、懐かしいな。
マリエルもルルガがこんなんじゃ、苦労しているんだろうな……。
「そもそもあれか、ダンジョンマスター権限があればいいんだろう?」
「そうだが、無理じゃないのか。その馬車って、コマイナがダンジョンコアなんだろ? 最近本人見ていないし、どこ行ったんだよ。篤紫知らないのか?」
「あの……私はここに居ますが……」
篤紫の横でお茶をちびちびと飲んでいたコマイナが、おずおずと申し出た。何気に猫舌のようで、時折息を吹きかけて冷ましていた。
そう言えば、コマイナが大きくなって、背中に二対の翼が生えてから、ルルガに会ったのってこれが初めてなのか?
いや、ウルルの近くで顔を合わせているはずだけど。
「そういやあんた誰だ? どことなくキングの嫁の、クロムに似てるような気もするが……」
「似ているのは、当たり前じゃないですか、クロムは私の妹ですよ。私は、コマイナです。さっきからほんとうに失礼ですよ」
「はぁあ? 冗談だろう? グギャッ?」
「えっ、ほんとに? うわ、私も気が付かなかったわ。ほんとにあの、ちっちゃかったコマイナちゃんなの?」
「はい、そうですよ。色々あって皆さんと同じ大きさになれました」
コマイナは座った状態で篤紫と同じくらいなので、実際にはルルガやマリエルよりも身長が高い。
種族特性もあって、メタゴブリンのルルガと、メタプチデーモン(new)のマリエルは身長百五十センチ。篤紫やコマイナよりも三十センチ程低い。
「ってことはあれか、オレにダンジョンマスター権限をくれるってことなのか?」
「はい。正確には、サブマスター権限ですが」
ただ、どうやら身長の話題は全く気にならないようで、サブマスター権限の話に、マリエルと顔を見合わせて二人揃って両手でハイタッチをしている。
「ちなみに、商館ダンジョンのダンジョンマスターは、篤紫様になります」
「え、そうだったの?」
「はい。コマイナ都市ダンジョンは桃華様が担っていますので、こちらに関しては篤紫様がメインで、桃華様がサブになります」
今まで知らなかった真実。
まあ、メインもサブも大して権限に違いは無いみたいなんだけどね。
サブマスター権限に関しては、ダンジョンコアの任命があれば、誰でもなれるらしい。生きているダンジョンコア限定だから、普通のダンジョンだとダンジョンマスターしかいないのだけれど。
「それじゃあ、あの馬車を自由に改造してもいいってことなのか?」
「ええ、私と篤紫様と相談の上になりますが……」
「いーやったーっ! 篤紫、でかした。これで世界一のスゲー車が作れるぜ。何だよ、そんなことできるなら、早く相談しろよ」
机を回り込んできたルルガが、篤紫の肩をバンバン叩きながらとびっきりの笑顔で喜びを表現すると、そのままマリエルと踊り出してしまった。
さすがにその状況を見たコマイナは、引きつり笑いを浮かべるしかなかった。
「あの……篤紫様? ほんとうに、大丈夫なのでしょうか……」
「いや、最初にルルガに改造を頼むことを提案してきたのは、コマイナじゃんよ。
まああれだ、間違いなく俺よりも腕は確かだし、夫婦揃って機械マニアみたいな感じだから、あれがいつも通りだったりする。
二人とも人となりは信頼できるから、任せても大丈夫だよ」
「えっ……二人にサブマスター権限付けるのですか? 一人だけじゃ無くて」
「ん? あそこは二人で一人みたいなもんだから、両方サブマスター権限付けた方がいいぞ。例えばルルガだけだったら、俺と技術力は大して変わらないのに、ルルガとマリエルが同時に関わると、とても俺じゃ太刀打ちできないくらい技術力が上がるんだ。
できれば、二人にサブマスター権限付けることをお勧めするよ」
「そうですか。篤紫様がおっしゃるのでしたら、間違いありませんね。分かりました、そのようにさせて貰います」
それからの作業は、早かった……というか、滅茶苦茶だった。
正直、篤紫は頭を抱えたくなった。
形状はオルフェナの車モードと、魔神晶石車の最新の形状を踏襲して、馬車から八人乗りの真っ赤なミニバンスタイルに大幅に変更された。もう一度言う、車体は真っ赤になった。マジか……。
名前は『ホワイトケープ』だとか。白じゃ無くて赤なのに。
……ああ、白崎から取ったのね。
さらに篤紫が以前に作った氷船を、正式に車の機構として組み込んで、変形機能を追加した。
まず基本の車モードは、そのまま真っ赤なオルフェナだろうか。ただし、タイヤの外形がかなり大きくて、悪路走行を想定して作られているようだ。
次に船舶モード。氷船とドッキングするのは以前と変更は無いけれど、氷船の船室が無くなって車から全て操船できるようになった。
で、ここからがおかしい。マジで。
まず、四足走行モード。
氷船の船体部分が変化して、陸上を四足走行で移動できるようになる。
移動速度は最高で四十キロほど。足場が悪い場所で主に使われることになりそうで、これから向かう場所に一番適した形状なのかも知れない。
車は、胴体の部分に嵌まり、先端が車の鼻先になる。
首の無い犬のようで、何だか不格好だけれど使い勝手は良さそうだった。
次に、人型モード。
運転席と助手席以降が、商館ダンジョン側に退避して、一時的に二人乗りになって頭部に収まる。そして氷船が変形して、十メートル位の人型のゴーレムに変形する。
まさに、ロボットアニメに登場するロボットそのものだ。正直、引いた。
このモードは、何のために作ったのだろう……。
いずれの形状も、篤紫の意見は一切考慮されていない。
ルルガに頼まれて必用な魔術文字を描き込んだだけだった。氷船を出して、ヒスイと一緒に近くのバーガーショップに食料を調達しに行っている間に、全ての作業が完了していた。
「よし、できたな。こんな感じでいいか、篤紫?」
「あ、ありがとう。至れり尽くせりだな、正直助かるよ」
「オレたちはいつでも準備できているから、出発する時はちゃんと声をかけろな」
篤紫は思わず首を傾げた。
「……はっ? ルルガ、どういう事だ?」
「そりゃあ、メカニックが搭乗せずに行くなんて、初歩的なミスは犯さないだろう?
マリエルと助手のミュシュも行くから、道中のメンテナンスは任せろ」
コマイナを見ると、苦笑いのまま首を縦に振っていた。
どうやら、旅に行く人数は九人にまで増えるようだ。
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