百二十二話 オルフェナも異常
『車がな、無いのだよ』
桃華によると、オルフェナが居たのはお城の駐車場だったらしい。一生懸命に何かを探していたので聞いてみると、車が無いと。
「いや、情報それだけじゃ分からないって。車なら駐車場にいっぱい置いてあるはずだぞ?」
ルルガ達三人は篤紫をお城に送った後、軽く二敗ほどお茶を飲むと、さっさとルルガ鍛冶工房に帰っていった。まだ何か作りたい物があるようで、ここまで来る間にいいアイデアが浮かんだのだとか。
本当に、三人とも鍛冶馬鹿なのだと、改めて認識した。
とはいえ、物作りの面でいつもお世話になっているため、ある意味そのままでいてくれるのが一番だったりする。
まあそれはいい、今は新たに浮上したオルフェナの問題だ。
『うむ、すまない。我としたことが、慌ててしまって要点しか告げなかったのだな。ちょっと待て、まとめる』
そう言うと、珍しく目をつむって考え始めた。
オルフェナが長考するなんて珍しいな、なんて考えながら待っていると、目を開けて小さく息を吐いた。
『我が小玉羊以外に、本来の姿でもあるオルフェナという名前の車に変化できることは、みんな知っておるだろう。もうほとんど変化する機会が無いから、しばらく見ておらんと思うが』
篤紫がたまたま食堂にいて、まるで申し合わせたように集まったのだけれど、そこにはほぼ全員の顔が集まっていた。
篤紫に桃華、夏梛。ヒスイにペアチフローウェル。
タカヒロにユリネ、シズカ、カレラ。それに日本から来た瑠美、咲良、紅羽までが、現在この城に住んでいる。
シロサキ自治領からも、麗奈とリメンシャーレが駆け付けた。麗奈の腕の中では、緑色の髪の男の子がすやすやと寝息を立てている。
コマイナ自治領からはキングとクロムが、大樹ダンジョンからもコマイナが飛んで来ていた。
「それと、車が無いって話と何か繋がるのか?」
『うむ。車に変化することができないのだ。あっちが本体にもかかわらず、この小玉羊から変わることができぬ。
当然だが車が無いから、魂儀経由の通信ができない。電話が繋がらないのはそのためなのだよ』
「待ってオルフ。車が無いってことは、もしかしてたわたしたち、死んだ時に復活することができないの?」
麗奈が驚いて、椅子から立ち上がった。
そう言えば、オルフェナの車状態がメタ系種族の復活拠点だったよな。最近は命の危険を感じる場面が少ないから、ほとんど気にしていなかったけれど、こういう場合どうなるんだ?
『わからぬ。そこも含めて、全く状況が把握できぬのだ』
「オルフ? いったいいつから、その状態なのかしら?」
『……正確な時間までは把握しておらぬが、九時頃だった気がするな。桃華に瑠美、咲良に紅羽の四人と、魔法の練習をしておった時だ。
急に寒気を感じた後だ、すーっと抜けていくように車の感覚が抜けていったのだよ』
「それでですの? いきなりオルフェナさんが居なくなって、びっくりしていたのですのよ」
「うえっ、紅羽は気づいとったんか、わいはぜんぜん気が付かへなんだぞ」
話の流れから、その場で変化があったのはオルフェナだけ。部屋には何も影響がなかったのか。
時間的な何かだと、大抵桃華が気づくはずだし……。
「今時間を遡って見てきたけれど、特にオルフェナの外見上に変わった様子は無かったわね」
「は、早いな、おい」
さっそく時間を遡行して現場を確認してきたらしい、何も分からなかったのか、顎に手を当てて大きなため息をついている。
やっばり、桃華が居れば世界が征服できる気がするぞ。やらないけど。
ただ、改めて確認してもオルフェナの変化が掴めなかった、と。
「まあ、この件は一時保留か。まるっきり原因が分かる気がしない」
「みんなごめんね、あたしがわざわざ声をかけたばっかりに」
「いえ、現状把握は大切なことです。また、ダンジョン下層にスタンピードの予兆が出ています。気をつけて行くことにします」
「お父さん、お母さん。オルフを魔導城に借りていくよ。あそこなら何か分かるかも知れない」
「夏梛ちゃんも魔導城に行くんでしょう? 上層の異状はわたしとペアチェちゃんで整理しておくから、オルフのことお願いね」
「篤紫てめえ、また困ったら俺に声かけるんじゃね……ちげーわ。ちゃんと声かけろよ。いつでも飛んでくるからよ」
みんなが現状を把握して、それぞれの場所に帰っていった。
どうやら麗奈がオルフェナを看ることになったようで、夏梛も一緒について行った。
残ったのは篤紫に桃華、ヒスイの他に、瑠美、咲良、紅羽の六人だ。
「篤紫さん……何だかオルフの話題で場が完結しちゃったけれど、本題はヒスイちゃんの方だったのよね?」
「ははは、仕方ないよ。オルフェナの方が古参だからどうしても目立つよ。でも――」
篤紫はそっと、ヒスイを抱き上げた。
やっぱり何だか元気がない。抱きかかえたまま、ヒスイに魔力を譲渡する。
「オルフェナはみんなに任せておけば、どうとでもなるよ、きっと。
今はヒスイのことを考えないとまずいからな。早めにグラウンドキャニアンに向かわないと、ヒスイが消滅しちゃうんだよ」
「待って、どういうことなの? そんなの本当に緊急事態じゃない。ちゃんと最初から説明してもらえるかしら?」
目を大きく見開いて、桃華が身を乗り出してきた。
すぐにオルフェナの話題に移っていたから、だれにもヒスイの現状を説明する機会がなかったんだっけ。
ルルガ達三人が帰ったと思ったら、入れ替わりにみんながなだれ込んできたからな。
篤紫が、ナナナシアとの会話も含めて一通り説明をしていくと、話を聞いていた四人が目に涙を浮かべ始めた。
「何やそれ、初耳やで。はよその……何やっけ、何とかかんとかに行かなきゃやん」
「瑠美さん、グラウンドキャニアンですよ……」
瑠美と咲良が手を伸ばしてきたのでヒスイを渡してあげると、二人で抱きかかえて涙を流していた。二人の腕の中から、ヒスイが困ったような雰囲気でこっちに顔を向けてきているけど、ごめん何もしてあげられない。
「それで、行くのよね。今回行くメンバーは決めてあるのかしら?」
「いや、そもそも俺とヒスイだけで行くつもりでいたから――」
「それは駄目ですのよ!」
今までじっと涙を湛えていた紅羽が、大きな声で篤紫の言葉を遮った。思わず、びっくりして飛び上がってしまった。
「わたくしたちも付いていきますのよ。ヒスイちゃんは、わたし達にとって恩人でもあるのですのよ。絶対に行きますの」
「いやしかし、難しいんじゃないかな。紅羽も、瑠美も咲良も、魔法が使えるようになったけれど、あくまでも一般人なんだ。この世界は日本と違って、グラウンドキャニアン……あっちの名前だとグランドキャニオンなんだけど、一切観光地化されていないんだ」
「えっ……そっ、そうなのですの……?」
そう、スマートフォンのマップを見て、今回の地域かかなり過酷なことを悟った。
アルメリア大陸は、海岸沿いの一部を除いてマップが真っ白なままだった。
つまり、ほとんどの地域が人跡未踏の可能性が高いのだ。
魔獣が跋扈しているだろうそんな地域に、一般人に毛が生えた程度の三人を連れて行けるほど、今回の行程は甘くないことは分かっている。
タカヒロ達ならば、メタ種族として体の基本能力は高いので、大抵の地域に旅が出来る。ただ今回は、このアディレイドのタワーダンジョンの管理でちょうど忙しい時期のようで、行くことすら出来ないようだった。
「それに、ほぼ無敵の車が二台とも使えないんだ。これがかなり痛い。
今回に関しては、ちょっと厄介な旅路になることが予想されるからな。そんな旅に三人を連れて行くのはちょっと……いや、かなり心配なんだ」
「……それでしたら、商館ダンジョンを復帰されてはいかがですか?」
「うおっ! コマイナいたのか……びっくりした」
何だか今日は、驚かされてばっかりだな。
食堂の入り口では、帰ったと思っていたコマイナが静かに佇んでいた。
あ、そう言えば魔神晶石、ホルスターのソケットに収納したままだっけ。そもそも帰れないのか、そうか……。
「いいんだけど、商館ダンジョンって、馬車だったよな。
馬がないと走ることが出来ないんだけど、そもそも、作っていないぞ」
「はい、ルルガさんに相談して、何とかします」
「だけど、これから行く所は恐らく道がないんだ。馬車だと大変じゃないか?」
「ええ、それも何とかします」
「場合によっては置いていかないといけなくなるかも知れないが――」
「何とかします」
「しかし……」
「何とかします」
「……」
もうね、絶対にこの子、行くつもりだよ。
そう言えばこの間パース王国で一旦離れたあと、戻って来てからもずっと大樹ダンジョンでお留守番状態だったっけ。
何よりも、旅に出て見る景色を楽しみにしていたのが、コマイナだったんだっけ。
「わかった、ルルガに相談してみような……」
「はい。何とかしましょう」
桃華も、それに瑠美、咲良、紅羽の三人も絶対に付いていく気のようで、そんなみんなの気持ちが凄く嬉しかった。
今回はみんなに、一緒に行って貰おう。
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