百十四話 格の違い

 そして、男の動きが停止した。


「これでおおよその、あの男の能力が分かったわね」

 などと、隣で手を繋いだままの桃華が言いだした。

 正直、何が分かったのかが全く分からない。ただ言えることは、絶対に桃華を怒らせてはいけないと言うことか。

 ふと見ればヒスイが、魔神晶石車の中からキャリーバッグを持ってきた。キャリーバッグが召喚できないから桃華が頼んだのだろうか。

 ヒスイは両手で抱えて持ってきたキャリーバッグを桃華の前に置くと、上を見あげた。


「ありがとうヒスイちゃん。ちょっと斬ってくるわね」

 桃華はヒスイの頭を撫でると、キャリーバッグの中から聖斧スコップを取りだした。鈍い銀色をしたそのスコップは、アタマンタイトと言うもの凄く硬い、謎の金属で作られている。

 ちなみにアダマンタイト、基本的に自然の状態で存在している金属では無く、現存する唯一の金属だったりする。


「篤紫さん、ちょっと処分してくるから待っててね」

 そう言うと、手を離して――そしてすぐに手を繋いできた。

 既に目の前にいた男が、消えていた。跡形も無く、それこそ何の前触れすらもなく。

 桃華が動いたのだろうという予想は付く、ただいったい何が起きたんだ? 何をやったんだ?


「あの男の時間を切ってきたわ。たぶんもう、あの能力は使えないはずよ」

「ちょっと待って、時間を切ってきたって何?」

「あ……そっか、時間を止めたままだと分からないわね。今時間を戻すわ」

 桃華の言葉が終わると同時に、時間の流れが戻ったようだ。

 周りの音と、景色が戻っていた。

 下の方で誰かが車のクラクションを鳴らしている。近くに停まっていた車のエンジンがかかって、駐車場から出るために側を通り過ぎていった。

 篤紫たちは相変わらず立体駐車場の屋上にいて、場所も魔神晶石車の後ろから、車の外に出た場所に立っているままだった。


 そして、少し前の駐車枠。いわゆるセダンタイプの高級車の中に、さっきの男が目を見開いて固まっていた。おそらく桃華が言うように能力が使えないのだろう、両手を見つめたまま、篤紫たちの視線に全く気が付く様子がなかった。

 いったい桃華は、何を斬ったんだ?


「それはね――」

「桃華ストップ。もしかして、今、俺声に出してた?」

「ええ、しっかりと声に出していたわよ。『何を斬ったんだ』って」

「うわマジか……。いやだってほら、あいつ生きているぞ?」

「当たり前じゃない。斬ったのは時間そのものなんだから」

 キャリーバッグの中に聖斧スコップをしまいながら、桃華がウインクしてきたた。

 ヒスイの方を向くと、首を横に振ってきた。ヒスイでさえ、何が起きたのか全く関知ができなかったらしい。



 篤紫としては正直言って、スプラッタな状況を予想していた。

 動けない間に、男の命を奪う。時間を止めた世界では、ありとあらゆることができるから、再起不能にするものだと思っていた。


 しかし予想に反して、男は生きていた。

 それどころかあの、周りの全ての物が破壊し尽くされ、捲れた地面の荒廃した世界さえも、最初から何事も無かったことになっている。

 もしかして……始めからなかったことにした……のか?


 男が車から降りてきた。

 慌てた様子で近づいてきたので、篤紫はスッと桃華の前に出た。


「お、おおお、お主はっ! いったい我に何をしたのだっ――」

 唾を飛ばしながら喚いてくるので、前に出たことを軽く後悔した。

 いや、桃華に唾がかかるよりは遙かにいいんだけど。


「何って、あなたが無駄に力を得た、過去そのものを斬っただけよ。言ったじゃない、格の違いを見せてあげるって。

 さすがに、二千五百年も前から生きているなんて想定外だったけれど」

「はっ? 何だそれは、何でなんだそれはぁ!」

 錯乱した男が殴りかかってきたので、腕を掴んで捻って、そのまま地面に転がした。今までも能力頼りだったのか、ろくに受け身も取れずに地面に倒れ伏した。

 さすがに受け身程度は取れると思っていたので、転がした篤紫の方が驚いて、目を見開く番だった。


「残念だけど、あなたはもうあの加速世界には入れないわよ。

 それだけじゃない。異能世界も作れないし、罪のない女の子達に能力覚醒のいたずらをすることもできないはずよ。

 だって、そんな力、最初からなかったんだから」


 過去改変――そんな言葉が脳裏をよぎった。

 つまりあれか、タイムトラベルすらできるのか……すげぇな。もう、桃華だけで天下を取れるんじゃないか? いや、マジで。


「そうそう、篤紫さん。タイムトラベルとかじゃ無いわよ」

「え……そうなの?」

「時間そのものを斬ったから、世界は何も変わっていないわ」

 もう、何を言っているのか分からない。


 ちなみにだけど、俺はずっと何の役にも立っていない。

 日本に来てからは、腰のホルスターに収めてあった魔導銃も、念のためしまってある。その辺の日本人には魔力が無いとは思うけれど、公安の一部に魔力持ちがいないとも限らない。


 地球でも過去に魔女狩りとかあったからね。

 日本でも密教関係者辺りは、絶対に魔力持ちがいるはずだし。


「そんな馬鹿な……我の能力は異能だぞ。魔導師ごときに、後れを取るなどとは……認めんっ。何かの間違いだ」

「あら、私はただの魔法使いよ? 普段はこんな感じに、簡単な魔法しか使っていないわよ」

 桃華が手から水を流したり、小さな火を熾したり、ついでに手をかざしてそよ風を吹かせると、風を受けた男が驚いて起き上がって、後ろ向きに飛びすさった。


「詠唱も無しで、複雑な魔方陣すらも無いだと? そんな馬鹿な。クソッ撤退だ、こんなバケモノにそもそもが勝てるわけが無いではないか」

 音費は篤紫たちの方を睨み付けると、高級セダンに乗り込んであっという間に走り去っていった。


「……化け物なんて、失礼しちゃうわね」

「まあ……日本にいた時に魔法使いに会ったこと、一度もなかったからな。ある意味、順当な反応だと思うよ。

 それよりいいのか、あいつを逃して? 能力は無くなったけれど、権力までは無くなっていないだろうに」

「心配いらないわ。異能集団のなかでは、あの男が最高戦力よ。そのほか有象無象が来たところで私達の敵じゃないわよ」

 主に桃華にとってな……そう思ったけれど、考えてみれば篤紫にしても桃華にしても、死んでも蘇るんだから、敵ではないのかもな。


 まだその前に、ヒスイが動きだしたし。

 今も、飛んで来た石塊を盾に変形させた手で弾き飛ばしている。




 またしても、世界が変わった。

 相変わらずというか、ヒスイの緑盾に石塊が当たる直前に、周りの音が消えて、さらに屋上に駐車してあった車が全て消えた。

 恐らく不意打ちのつもりだったのだろう、石塊を飛ばした能力者が五メートル程離れた場所にいた。

 ヒスイが弾いた石塊が、そのまま元来た軌道で能力者の所に戻っていく。予想外の事態に、能力者は目を大きく見開いて、その場から横に飛んだところだった。


「休む暇すらないのかよ」

「そうみたいね。今度は岩石使いかしら。ほら見て、体が透明な石で覆われていくわよ」

「あれって……石じゃなくて、ダイアモンドなんじゃないか?」

 相手が男か女か確認する間もなく、全身が隙間無く透明な石の鎧で覆われていく。両手にも、透明な剣が生えてきた。

 どう見ても輝きがダイアモンドだよ。


 全身が覆われたと同時に、ぐっと腰を落として、攻撃態勢に入ったようだ。

 ただその頃には、その能力者の足下にヒスイが駆け寄っていて、首を傾げて見上げていた。自分と似たような能力だとでも思ったのか、戦う気満々のようだ。

 とはいえ、相手が悪かったらしい。ヒスイがその緑の手でボディを軽く殴っただけで、あっさりと、鎧と剣が粉砕された。


「あー。気の毒」

「戦うまでもなかった、ってことかしら」

 キラキラと光を反射しながら石の破片が舞う中、能力者――どうやら女だったらしい――が、完全に動きを止めて固まっていた。

 さらにヒスイは地面に片手を付けると、魔法で蔦を生成して女の手足を拘束した。


 いつの間にかヒスイが魔法を使えるようになったらしい。

 そう言えばヒスイが魔力切れになったのって、この間が初めてだったか。俺が流し込んだ魔力で、ヒスイが魔法を使えるようになるなんて、何という理不尽か。

 ヒスイが近くに駆け寄ってきたので、頭を撫でてあげた。



「くっ……殺せ!」

「いや、ここで『くっころ』いらないし」

 篤紫と桃華が近づくと、顔をしかめて一言、吐き捨てるように睨んできた。思わず顔を見合わせてため息をついた。


「あなたは何者なの? あの宗主とか言う男の仲間なのかしら?」

「……ふざけないでくださいませ。あの下賤な輩とは、何の関係も無いですわ」

 蔦に両手両足を固定され、体が全く動かないにもかかわらず、勝ち気な顔で見下ろしてくる。はらりと、頭頂でまとめていた髪が解けて、長髪が後ろに流れた。

 巻き付いた蔦で、変則的な着物がずれて、胸の辺りが強調されている。

 これ流行なのかな……着物っぽい何かなんだけれど、極端に袖丈が短いし、袂なんてミニスカになっているぞ?


「くっ……捕らえられただけで無く、留美と咲良の仇も取れないのですね。不覚……ですわ……」

「いや待て、勝手に殺すな。二人なら無事だぞ」

「何ですって。どういうことですの? 既に繋がりが途切れていますのよ、命が途絶えたとしか思えませんわ」

 二人を保護している話をすると、大きく見開いた目から大粒の涙が溢れてきた。

 ヒスイに目配せ――する前に、相変わらず機微を察して蔦を解放していた。ヒスイは出来る子。


 地面にしゃがみ込んだ女の子を、桃華がそっと抱きしめた。


 世界が再び元に戻る。

 女の子が落ち着くのを待って、再び篤紫達は魔神晶石車の裏から大樹ダンジョンに入った。

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