百四話 再び大騒ぎになったのは、ある意味必然だったのかもしれない

「知らない天井だ……」

 窓から朝の日差しが差し込んでいる。

 天蓋付きベッドの天蓋が思いの外圧迫感があったので、桃華に断りを入れて天蓋を収納してから眠りに就いた、までは覚えている。

 さすがに過去にもダンジョン形成で城を作ったことがあるので、ある程度の広い部屋や大きなベッドには驚かないつもりだった。


「うふふふ。その台詞、実は初めて聞いたわよ。有名な台詞よね」

「あ……うん。本気で感じた時って、自然に言葉に出ちゃうんだな……」

「あらあら何よそれ、でも確かにそんな感じね。天井見たままずっと動かない篤紫さんなんて、初めて見るもの」

 横に顔を向けると、そういう桃華も同じように天井を見上げていた。


 天井には花や草の絵が描かれていて、金や銀の縁取りで煌びやかに仕上げられていた。大きなシャンデリアの元には湖があって、その中にもたくさんの魚が描かれていた。

 なるほど、まるで縁取りが輝く風景画だな。


「いつまで見ていても、ここの天井は綺麗よね」

「そうだな。何でわざわざベッドに天蓋を付けてあったのか、俺には理解できないな」

「王侯貴族とかそういう人たちって、そこに『ある』ことで満足するからじゃないかしら?」

「お城にしても、外に対する権力誇示の道具だもんな」


 二人でしばらく天井を眺めてから、どちらからともなく起き上がった。

 改めて部屋を見回してみる。

 天井に比べて、壁の装飾はシンプルなものだった。白を基調にして、嫌みにならない程度に金の縁取りがされていた。寝室だからだろう、目に優しい色使いがされている。


「そう言えばヒスイはどうした?」

「ヒスイちゃんなら、昨日の夜からいないわよ。五体のゴーレムを出して、探検家スタイルになったところまでしか見ていないわ」

「あー、一晩中お城の探索をしているってことか。確かにこれだけ巨大な城だと、色々なものがありそうだからな。

 何かあったらきっと戻ってくるよな。向こうは俺の居場所だけは分かるみたいだし」

「篤紫さんの側にいないってことは、何も危険が無いってことだものね。

 そろそろ朝食にしましょうか。マップのナビ起動するから、篤紫さんは私に付いてきてね」

「……わかった、頼むよ」


 案の定というか、お城の中は迷路のようだった。

 昨日付いてから寝室に行くまでの経路も、桃華のスマートフォン頼りだった。とてもじゃないけど入り組んでいて、すぐに覚えられる気がしない。

 ただ桃華としては昔からお城で生活するのが夢だったようで、居住専用の住宅をお城の側に建てる案はあっさりと却下された。お城だったらコマイナ都市の真ん中にもあって、あれも自分たちの所有だったはずなのだけどあのお城は街のみんなに開放しちゃったんだよな。

 それでも今なら分かる。コマイナ都市のお城は、外見はお城になっていているけれど、内装や設備が便利な現代建築過ぎたんだな。


 廊下を進み、階段を下りる。さらに廊下を進み何回も通路を折れて、さらに階段を下りる。

 寝室があったのが地上十階、食堂は地上二階だって、前を歩く桃華が説明してくれる。この城に前住んでいた人が実際に使っていたのかは知らないけれど、こんな状態なら毎日がさぞかし、移動で無駄に時間がかかっていたことだろう。

 一時間ほどかかって食堂に着いた。

 ここって迷路だよね、きっと。全くもって、一人で寝室まで辿り着ける気がしない。


「ナナナシアにお願いして、お城専用のマップアプリを作って貰わなきゃよね」

「ああ、確かに。それは、切実に思うよ……」

 お皿が並べられ、その上に屋台で買った食べ物が並んでいくのを見ながら、篤紫は天井を仰ぎ見た。

 あ、蜘蛛の巣発見。


「今日の予定は決まっているのかしら?」

 食事を始めたところで、桃華が首を傾げてきた。

「本当はダンジョンに潜ってみたかったんだけど、この状況だと何となく無理っぽいよな」

 何だか、色々と魔術を描き込んで歩かないといけないのかもしれない。入り口の登録記述の書き換えから始まって、各施設の自動浄化の建物は必須か。

 他にも周っていると色々気づくだろうし、とてもじゃないけどゆっくりダンジョン探索なんてできそうに無かった。


「それだったら、みんなをお城に招待してもいいかしら」

「えー、さすがに早くないか? 昨日ここ全域を所有したばかりだし、まだ何も手が付けられてないぞ」

「いいんじゃないかしら、色々と話は付いているもの。コマイナもシーオマツモもここに持ってくることになっているわ。

 昨日ここに来る途中に街があったでしょ? その東側には湖があるからコマイナを置いて、西側の森の中にはシーオマツモをそのまま移設するのよ」

「……はい? 何の話だ?」

 桃華の言葉に、篤紫は思わず持っていた肉串を落としそうになった。




「いやまて、全く話が読めないんだが……」

「どうして、そのままじゃない? あとは夏梛とペアチェちゃんが、朝のうちに持ってきてくれる手はずになっているわ」

「……いや、そういう意味じゃなくてだな――」「おとうさん!」「桃華いるかしら?」

 食堂のドアが派手に開けられ、ここにいないはずの夏梛とペアチフローウェルが飛び込んできた。その後から、オルフェナに乗ったヒスイがゴーレム五体を引き連れて歩いてくる。相変わらずの探検家スタイルなんだけど、いつの間に大樹ダンジョンからオルフェナを連れてきたんだ?


「ここってほんと凄いお城だね、おとうさんいつの間に手に入れたの? 今までと規模がちがうじゃん、ほんっと凄いよねこれ」

「あ、ああ。昨日桃華がな……」

 転移魔法で簡単に近くまで来ることができるとは言え、まさか朝っぱらから来るとは思っていなかった。どうやら、桃華とは既に話が通っていたようで、ペアチフローウェルは篤紫に挨拶だけすると、桃華の隣に座った。


「桃華から知らされた座標に二人で、コマイナ都市ダンジョンとシーオマツモ王国を丸ごと転移させておいたわよ。

 一応、コマイナ側はサラティとクランジェに、シーオマツモ王国側は麗奈とシャーレに転移酔いした人がいないか確認して貰っているわ」

「ありがとうペアチェちゃん。お腹すいているでしょう?

 二人ともそこに座って、朝ご飯の準備をするわ」


 もうね、何が何だか分からないんだけど、これはつまりあれだな。旅行に出たはずが、いつの間にか帰宅していたって状態だな。

 ナナナシアの北半球にあって、旅を終えたら帰る最終目的地であるコマイナが、南半球はアウスティリア大陸にあるここの庭に転移されたらしい。それだけじゃ無くて、姉妹都市のように山の反対側にあったシーオマツモ王国も、ここの敷地内に転移されているようだ。


 いやもうね、やっぱり何だか分からないんだけど。


 夏梛とペアチフローウェルがテーブルについて、二人にも朝食が配られた。

 送れて食べ始めた二人が屋台飯を食べて、そのまま桃華と三人で再び話を始めたところで、篤紫の服の裾が引かれた。見下ろすとオルフェナから下りたヒスイが、篤紫の服の裾を引っ張っていた。

 何か用事があるってことか。篤紫がそう思ったところで、ヒスイが首を縦に振った。


「……ちょっとヒスイと散歩に行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

「あ、麗奈おねえちゃんが時間ができたら来てって言ってたよ。ちゃんと伝言したからね」

 夏梛とペアチフローウェルが食器を持って桃華の後について調理室に向かっていった。

 篤紫はヒスイについて食堂を後にした。




 ヒスイに連れて行かれたのは一階の駐車場だった。

 昨日はしっかり確認できなかったけれど、シャッター付きの車庫がいっぱいあって、今日はみんな開けられていた。中には街中でも見かけた、古いタイプの車がたくさん仕舞われていた。保存状態はかなりいいようで、車体に錆一つ無かった。

 これは、なんと宝の山じゃないか。


 そういえば昨夜、魔神晶石車を出しっぱなしだったんだっけ、通路のど真ん中に馬車が変形した奇妙な形の車が停まっていた。


「ヒスイはこの車を見せたかったのか?」

 足下のヒスイに顔を向けると、こくこくと頷いてきた。うん、オルフェナに乗っているのに、背丈が変わらないってどういう事だろう。

 ヒスイと一緒にオルフェナも首をあげてきた。


『ヒスイとしても、魔神晶石車の形がいまいち気に入らないのであろう。篤紫は篤紫で、この歪な形でも問題ないようだが』

「うおっ、オルフが久しぶりに喋った」

『さすがに失礼だな。我が喋っても問題はなかろう。最近、何だか影が薄いのは自覚しておるが……』

「いや、そんなこと……ないよ?」

『むむむむ、情けは要らぬ。すでにヒスイの乗り物なのだからな』


 そんな無駄話をしながら、とりあえず骨董車達はオルフェナの車内収納にしまっておいてもらった。収納の中なら時間経過が止まるし、オルフェナは最近何も収納していないからね。

 ヒスイの用事も、閉まっていた車庫を開けたことだったようで、用事が済んだらさっさと魔神晶石車に乗り込んでいた。


 そのまま篤紫も助手席に乗って、大騒ぎになっているだろうシーオマツモ王国に向かうことにした。

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