百五話 シーオマツモ王国、その国を終える

 お城の車庫を出ると、空には青空が広がっていた。

 綺麗に敷かれた石畳をヒスイが運転する魔神晶石車が駆けていく。お城からだと、市街地まで三十分。そこから西にさらに十五分位走ると、やっと国ごと転移した、シーオマツモ王国の国壁門が見えてきた。


「しかし改めて思うけれど、魔法って凄いな。石畳程度なら魔法だけで簡単に作れるんだな。

 さすがに城下街からシーオマツモ王国まで、綺麗に石畳が敷かれているなんて想定していなかったよ」

『こっちは確か、ペアチフローウェルの担当だって言っておったかな。ヒスイに連れられて先に両方見たが、コマイナ側と比べても甲乙付けがたい仕上がりだったぞ』

「え、待って。先にオルフたちがここ走ってるってこと?」

『うむ、ヒスイの運転するこの魔神晶石車に乗って、夏梛とペアチフローウェルを迎えに行ってきたのだ』


 篤紫の知らないところで、ヒスイが動いていたってことか。

 ていうか、確かオルフェナって車なんだよな。最近オルフェナが小玉羊の姿から車に変わったのを見たことがない。それこそさっき、お城の駐車場で車を収納する時に、オルフェナが車の姿になったのが暫く振りの車姿か?

 車の収納が終わったら、またすぐに小玉羊の姿に戻ったから、もうどっちが本来の姿なのか分からなくなっている。



「国壁の門は、いつも通り開いているな」

 ヒスイが車の速度を落として、シーオマツモ王国の国壁門をくぐった。都市の方角を合わせたからか、東側の国壁門をくぐってシーオマツモ王国に入る。

 久しぶりに走るシーオマツモ王国城下街は、朝と言うこともあって活気に溢れていた。東地区の通り沿いは食料品の市場が多く、朝どれ野菜がたくさん並んでいる感じだった。

 街の中央に近づき、ちょうどレイドスが経営する洋服店の前を通ると、そんなタイミングで店の中からレイドスが出てきた。向こうも気が付いたようで、お互いに手を振って前を通り過ぎた。

 うん、あとでお店に寄ろう。


 中央通りを北に曲がると、正面に魔導城が見えてきた。

 シーオマツモ王国では未だに馬車が基本的な交通機関のようで、あちらこちらで馬車が走っていた。ただ、国転移の影響なのか心なしか走っている数が少ない気もする。

 お城に向かう道沿いには、魔導学園に登校する子ども達が、重い鞄を背負って歩いている。

 見た感じ街には、特に混乱は起きていない感じだった。




「もう。いつもそうだけど、どうしてお父さんとお母さんって、いつもいきなり無茶振りするのかなぁ」

 魔導城にお邪魔すると、ちょうど魔道エレベーターから麗奈とリメンシャーレが降りてきたところだった。二人がまだ朝食を食べていなかったようだったので、食堂に向かってお茶を貰うことにした。


「ん? 桃華から事前に連絡が行ったんじゃなかったのか?」

「そうだよ。もうっ、聞いてよ。夜中に時間を止めてまで連絡が来て、そこからが大変だったんだよ?

 慌ててキャッスルコア経由で全国民に通達を出したんだけど、商人の一部が遠くまで仕入れに行ったままで、またあとで迎えに行くしかなかったんだよ。商人ギルド経由で帰国予定とか細かい連絡を取って貰ったんだけどね」

 うわ、マジか。

 確かに商人は遠くから商品を仕入れてくるケースもあるからな。

 あそこからだと、北上した先にあるニガットゥ王国とか、東のコマイナ都市ダンジョンの先にあるコーフザイア帝国辺りから色々と輸入していたと思う。

 国ごとごっそりアウスティリア大陸に転移したから、今後はその辺の仕入れ先も変わってくるわけか……大変だ。

 桃華は何を考えているんだろう。


「でも聞いて。もっと大変だったのが、冒険者ギルドの方なんだよ。半数以上が国外のダンジョン探索に出ていて、さっそく帰ってこられないんだよ。

 朝方にペアチェちゃんにシーオマツモ王国跡地に転移で一緒に移動して貰って、待機用のシェルターを作ってきたんだよ。

 既にキャッスルコアが無かったから、久しぶりに魔法で建物を作ったんだけど、大きめの待機シェルターを建てた途端に帰ってきた冒険者パーティとかいて、もう大騒ぎだったんだからね」

「ああ、あらかじめメールは受信していただろうけれど、じっさいに目で見て国が更地になっていれば、普通にびっくりするよな……」


 二人が朝食を食べ終えたので、食堂を出てそのまま会議室に連れていてかれた。

 篤紫が首を捻りながら後を付いていくと、扉を開けた先にはたくさんの人が会議机の周りに座っていた。麗奈が部屋に入ると、一斉に立ち上がって頭を下げる。


 篤紫は前に麗奈が、後ろにリメンシャーレがいる状態でそのまま上座まで連れて行かれた。中央に篤紫が、左右に夏梛とリメンシャーレが座る形で、全員が着座する。待って、俺何でここに座らされているんだ?

 三人の後からは、ヒスイがオルフェナに乗って、ゴーレム五体を引き連れて付いてきていた。ああ、うん、やっぱり二度見するよね。どうやってもこの粛々とした場所には似つかないと思う。

 ただみんな何かしら知っているのか、あえて突っ込む人はいなかった。


「みんな集まってくれてありがとう。これから、シーオマツモ王国王国議会を開催するよ。

 まず昨日のうちに通達した内容だけれど、本日をもってシーオマツモ王国は国としての役割を終えることを、ここに宣言するよ。

 今後は私の家名を取って、シロサキ自治領として、新しく統治体制を敷くことになる。

 これについて、反対の者は挙手をお願いできるかな」

 麗奈の議案に対して、誰一人として挙手するものはいなかった。

 でもなんで俺、ここにいるの?


「ありがとう。名前は変わったけれど、今まで通りわたしをトップに、引き続きシロサキ自治領の統治をお願いするよ。

 また、今後はコマイナ自治領ともさらに綿密に連携をとっていって欲しい。

 それから最後に、ここにいるわたしの父、白崎篤紫がここの総領主になるから、知っていると思うけれど顔を覚えておいてね」

 麗奈の言葉とともに、全員が立ち上がって一斉に頭を下げてきた。事態が全く飲み込めていなかった篤紫は、ここで慌てて立ち上がって頭を下げた。

 えっ、何でここで俺の名前が挙がるの?

 ……あ、そっか。ここの土地って、名義上は俺の土地になっているからか。

 何だろう、頭を抱えたくなってきた。


 そのまま、再び麗奈とリメンシャーレの間に挟まれる形で、三人……いやヒスイも入れて四人と一匹と五体は、会議室から退場していった。




「そういうわけで、お願いね。お父さん」

 魔導エレベーターで麗奈とリメンシャーレが住んでいる居住階まで上がり、やっと一息つくことができた。

 ヒスイがオルフェナと外に出かけていったので、テーブルには三人分のお茶が淹れられていた。


「あー、まあ、そうか。ここって意味不明な広さの、個人所有している普通の土地だもんな。

 わかったよ、つっても俺は何にもできないぞ?」

「そこは大丈夫だよ。自治領の運営は、今まで通りの体制でやるから。放っておけばちゃんと上手くやってくれるよ」

「そうですよ。私もいますから、篤紫さんにはしっかりと土地を所有していて貰えればいいんですよ」

 そう補足するリメンシャーレの腕の中には、かわいい男の子が抱かれていた。かわいい顔で、すやすやと寝息を立てている。やっぱり少し特殊な存在なのか、既に八十センチほどの身長にまで成長していた。


「それはいいんだが、国が一つなくなったんだろう? 本当にあれで良かったのか?」

「シーオマツモ王国は、わたしが作った国なんだよ。だから、わたしが終わらせる分には何の問題も無いよ。

 それに、ここってアディレイド王国の中の敷地なんだよね。さすがにここの中で王国を名乗るわけにはいかないと思うんだ。色々と切りがいいし、お母さんから貰った冊子でここがかなり緩い統治体制の国だってことも分かった。

 色々と都合がいいんだよ」

 そう言い切った麗奈の顔は、すごく穏やかだった。



 こうしてあっさりと、長い歴史を持つシーオマツモ王国がその歴史を終えた。

 同時にコマイナダンジョン都市も、魔王国としての歴史を終え、コマイナ自治領として再出発を果たした。


 正直言って、アディレイド王国における土地所有の仕組みが緩く簡単だったのが、結果的に良かったのだと思う。所有する土地に制限が無いからこそ、この広大な土地を入手できた。

 その日のうちに篤紫は、土地を白崎家所有にしたまま、誰でも出入りできるように権限を変更した。


 その後、シロサキ自治領、コマイナ自治領ともにアディレイド王国に使者を送り、相互に協力体制を築くことになる。

 同時に両自治領にあった冒険者ギルドは、アディレイド王国探索者ギルドの傘下に付き、相互に協力関係を構築することができた。


 こうして、アディレイド王国とシロサキ、コマイナ両自治領とは極めて友好的な関係を築くことに成功した。


 ちなみに、篤紫が取得した土地はシロサキ特区として正式にアディレイド王国に登録された。

 何とも、有り難迷惑な話だと思う。

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