百三話 想定以上の豪邸

 魔神晶石車がゆっくりと敷地の道を走り出す。

 それに併せて、道の左右に灯っている明かりが後ろに流れていった。

 ヒスイが気を利かせて窓を開けてくれた。少し冷たくなった夜の風が車内に流れてきて、火照っていた体をゆっくりと冷ましていく。

 外は静かだった。魔神晶石車のタイヤは、少ししか音がしない。そのため周りに広がっている森の静けさが、しっかりと感じられる。


「マップで確認したけれど、車でも一時間くらいかかると思うわ」

「それはいいんだけど、どうしてここの土地空いているってが分かったんだ?」

 魂樹のマップに反映される実際の地図は、魂樹の持ち主が実際に目で見たものしか反映されない。

 アディレイド王国のマップは、中央の塔を中心にして西側部分がかなり地図化されていたものの、東側のほとんどの部分が虫食いのままだったと記憶している。あのマップからだと、ここにこんな広大な土地が独立しているなんて、想定できなかったと思う。


「それはね、これ見て。探索者ギルドで貰ってきた地図には、ちゃんと書かれていたのよ。ほらここの部分ね。この敷地を囲むようにダンジョンが配置されていて、完全に空白地帯になっているわよ」

 桃華の開いた地図を見てみたところ、たまたま何も書かれていないだけにしか見えなかった。

 そもそも確かに、ダンジョンに囲まれている。


「ここの土地の周りには、大きめのダンジョンがたくさんあるんだけれど、需要がないのかしら。いまはほとんど探索されていないみたいね。だから魂樹のマップには載っていないのよ。

 この国は、一次産業を全てダンジョンから賄っているみたいなのよ。海で獲れるお魚ですら、ダンジョンで産出されるそうよ」


 思わず篤紫は首を捻る。

 この都市が遺構だとして、ダンジョン化したのは当時稼働していた食料生産工場の名残だとか言うパターンなのか?

 だとすると、手に入れた(?)この土地がぐるっとダンジョンに囲まれているのには、また別の理由でもあるのだろうか……。


「ここの周りにあるダンジョンは、人の思い――例えば怨念とか、そういったマイナスのエネルギーが迷宮化したものだと思うの」

「あー、なるほど。そりゃ、何の資源にもならないな」

 つまるところ、いつの時代でも人間の恨みから来るエネルギーは、空間の法則すらも変えてしまうのだろうな。



 そうこうしているうちに、立派な邸宅が見えてきた。

 思ったより近いな――などと思っていると、隣に座っていた桃華がヒスイに何か指示を出していた。

 魔神晶石車は建物を左回りに大きく迂回して裏手に回ると、さらに道を走っていく。


「えっ、何で桃華? さっきの建物はかなり立派な豪邸だった気がするんだけれど、あそこが目的地じゃなかったのか?」

「いいえ、あそこは迎賓館ね。大切なお客様をまず最初に持てなすための建物よ。

 明日になったら、篤紫さんに建物自体に浄化魔術を刻んで貰わないと、普段の手入れが難しい施設かもしれないわね」

「は? 待って待って、ここってやっぱりそっち方面の土地なの? いや、そんな気はしていたんだけどさ。

 いやそもそも待って。魔術はいいんだけれど、何で普通に自分たちの家の流れになっているの?」


 さらにしばらく走ると、再び豪勢な建物が見えてきた。

 当然のように、その建物も左側を迂回して、裏手の道をさらに奥へと走り抜ける。


「あら、これだけの土地を合法的に無料で、簡単な手続きだけで手に入れられたのよ。もう手放す理由はないわよ。

 それに屋外限定で言えば、ここの気候は凄く過ごしやすい土地なのよ。昔から移住を考えていて、密かにお金を貯めていたんだから」

「えっ、それ初耳だよ? 地球の話だよね? ここの世界の話じゃないよね?

 いや待って、いまかなり豪華な建物を迂回したんだけど、あれって本邸じゃないの?」

「あれは迎賓館の別館よ。ここの迎賓館は大きな晩餐会場がメインで、単体だと宿泊できる部屋が少ないのよ。だから、宿泊する場合はさっきの別館で泊まって貰うことになるわね。

 ちょうど中間に大きめの東屋があったから、あそこを夏梛とペアチフローウェルが移転の際に使うポイントとして、登録しておくといいわね」

「な……何でそんなに詳しいの……?」

「うふふふっ、何でかしらね」

 桃華はいたずらっ子の顔で笑うと、再びヒスイに何か指示を始めた。


 もう、何なんだろう。常識が崩壊していく気がする。

 普通あれだよね。豪邸って言えば、大きな庭の先に大きな建物があって、豪邸だー! な、イメージなんだけど……ここ、おかしいよ?

 最初の建物の時点で、イメージにある豪邸の基準を満たしていたのに、あれですらただの迎賓館なんだって。

 そう言えば、まだ二十分位しか走っていないぞ?

 道もほぼ直線だし、けっこう速度も出ているんだけど。


 やがて森を抜けて、広い草原に出た。

 道が緩やかな上り坂になっていき、地面にあった明かりは等間隔に植わっている街路樹に灯り始めた。

 やがて、街が見えてきた。


「ねえ、桃華。なんでここに街があるの?」

「ここはね、家人のための街よ。ここがちょうど土地の中心ね。

 ここから本邸と別邸、迎賓館とその別邸に仕事に向かうための拠点となる街よ。今は無人だけれど、こけだけの敷地を管理するためには、最低でも内部にこのくらいの規模の街は必用だと思うわよ」

「全く意味、わかんないんだけど……」


 升目状に整地された土地に、二階建ての白壁の家が等間隔に立ち並んでいる。街の中心にある噴水のある公園は、ナイトライトで煌びやかに水しぶきが舞っていた。

 その噴水公園を周って、再び奥へと車を進めた。


「商店街とかは一軒もないんだな」

「そうね。ここは居住と景観を兼ねているから、中心の通り沿いには何もないのよ。逆に街の外側には住人向けの商店街があって、ほぼ卸値で売られていたみたいよ。

 ほぼ内需だけだったし、必用なものは上に申請すればちゃんと配給されていたみたいだから、待遇は良かったみたいね」

「……いや……だから、何でそんなに知ってるの……?」

「えっ? だって、こういった皇帝用の居住地がこういう仕組みになっているのって、有名な話よ?」

「いや……普通は知らないし、そもそも聞いたことないし……」


 ヒスイが操る車が通ったあと、しばらくするとまた、自動的に明かりが落とされる。どこかに何かのセンサーがあって、未だに反応しているようだ。

 過去に、高度な文明が栄えていたのだろうけれど、無人となった街にはその面影がほとんど感じられなかった。




 やがて、豪邸が左右合わせて十棟程建つエリアを過ぎた。

 その頃になると、暗闇の中にあっても分かるほどの巨大なシルエットが視界いっぱいに広がっていた。


「……お城……なのか?」

「ええ。当たり前だけれど、ちゃんと湖畔に建っているわよ」

「いやだから、待て。その当たり前って何だ?」


 もはや、建ち並ぶ豪邸が子ども達のための家だと言われても、それほど感動はなかった。

 いや無理だと思うよ。

 子どもが産まれたらまず、大きな屋敷を一棟建てて、そこをことまずの居住地とする。なんて荒唐無稽な説明をされても、庶民である篤紫にピンとくるはずがない。


 そもそもこの無駄に詳しい桃華の知識は、どこから来ているのか。

 記憶にある桃華の両親も、父親が民俗学者だと言うことぐらいしか記憶に無い。家筋も普通のありふれた一般家庭だったはずだ。いやもしかしたら、母方がとんでもない家系なのか?

 全く記憶に無いんだが……。


 そんなことを考えているうちに、湖畔に建つ巨大な城に辿り着いた。

 さすがに暗くて、城の全体像までは分からないけれど、明るくなってから見れば驚くほどの城だろうことは想像に難くなかった。

 城門に近づくと、自動的に門が開きさらに跳ね上げ橋がゆっくりと下りていく。


 うん、無駄なこだわりだと思う。

 湖畔に建っているんだから、普通に横から建物に入れるのはここからでもよく見える。でもあえて、三メートル足らずでも湖を渡って城に入城しないといけないのか。

 風情はあるし、すごく綺麗なんだけどね。

 この部分が、この城を建てた人のこだわりなんだろうな。


「あ、そうそう。普段はこの城の裏に向かって二十分位歩いた先に、外に出るための門があるわよ。

 マップで確認してあるけれど、近くに探索者ギルドの支部があるみたいだから、普段住みにも最適な物件ね」


 桃華の説明に、篤紫は再び大きく肩を落とした。


 この城と、裏の門だけでいいじゃんね……。

 時の権力者が考えていたことは、やっぱり理解することができないな。


 こうして、篤紫たち一行が城に入る頃には、既に夜の十時を回っていた。

 あー、おなかすいた。

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