百二話 王都は普通……だな
王都を囲む壁の門をくぐると、途端に視界が人で溢れかえった。
通り沿いには色とりどりの屋台が建ち並び、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。うん、思いっきり生活感と躍動感がある。
「うん、いいわね。やっと人里に来た感じだわ」
空に夕焼けが広がってきた。時間的にちょうど夕飯の買い出しが多いのだろう、王都壁沿いにある大通りが一番、人で混み入っている。
馬車や車が並んでいた門が王城に続くメインの大通りなのか、篤紫達が入った門からは少し狭い通りが王城まで伸びていた。基本的に生活道路なのだろう、道沿いに点々とある店以外に屋台はない。
「宿はどうしようか?」
「ねえ、そもそもこの街に宿はあるのかしら? 入ってくる人が多いけれど、同じくらい王都の外に出て行く人も多いわ」
「確かに、馬車や車ですら用が済んだら外に出て行っている感じだな……」
屋台飯が気になるので、壁沿いの屋台を冷やかしながら……あ、桃華の悪い癖が出ている。
桃華がキャリーバッグを取り出して、目に付いた物を片っ端から買い漁っている。まとめ買いだから、屋台の店主にすれば嬉しい客なのだろうけど、次のお客さん困らないかな。
そのまま大通りに出ると、門で手続きを終えた馬車が目の前を通り過ぎて行くところだった。逆に、王都の外に向けて車が走り去っていく。
炉端で串を咥えながら、桃華と二人で人の流れを見ると、確かに外に出て行く人の波も多い。
王都壁の外にある住宅街に普通にみんな住んでいたから、もしかしてこれは普段の光景なのかも知れない。
「ちょっとは聞きたいんだけどいいかな」
「何だい兄ちゃん?」
桃華がホットドッグのような食べ物を大量買いしていたので、ついでに店主に色々聞いてみることにした。
「ここの王都には、宿屋はあるのか?」
「なんだ、兄ちゃんたちは旅行者なのか。王都には、国営の宿が王城の周りに数軒あるだけで、一般的な宿は無いぜ。
外から王都に来たんなら、ここに来るまでに建物が一杯あったのを見てきただろう? 空いている家なら、魔力認証で住居者登録ができるんだ。昔は魔石認証だったから安全性が低かったけど、隣の国から魂樹が伝わってから、一度魔力登録した家は、最後に寝た朝から一年か、破棄登録するまで家主と家主が認めた人以外入れなくなるんだ」
ガイウスやルーファウスが、ちゃんと仕事してくれていたみたいだな。
魂樹の拡散がナナナシアの希望だったから、ここまで広がっているのなら、かなりの成果だと思う。
確かに、旅をしてくれるだけでいいというナナナシアの言葉も、今ならよく理解できる。
「で、その住宅が宿の代わりだって言うのか?」
「そうさ、近いところから埋まってはいるが、三十分も歩けばまだ空き家がゴロゴロとあるはずだ。
旅人にしろ探索者にしろ、極端に言えば商人でさえも少し離れた場所の住宅を使っている。もし、ダンジョンスタンピードが起きても、登録した住宅内に魔獣が侵入してくる事は無いからな。
そのダンジョンですら、国営の探索者ギルドがきっちり監視しているから、滅多にスタンピードが起きることが無いんだ」
屋台の店主は大量買いしことで気分がいいのか、色々な話をしてくれた。
ただ……宿屋に着いて聞いただけなんだけどな。それでもなるほど、このアディレイド王国はダンジョンを上手く管理、活用しているようだ。
「ありがとう、食料を調達できたら空き家を探しに行くことにするよ」
「はっ? あんたらまだ買い物するんか?」
「ああ。妻が買い続ける限り、食料の買い付けは終わらないよ」
呆れたような店主を尻目に、篤紫達は再び屋台巡りを始めた。
「ここの国は凄いわね、今までで一番の買い付けができたわ」
王都の門を抜けて三人は郊外を目指して歩いていた。辺りは夕闇が濃くなり、家の窓から漏れる明かりが目立ってきた。
あらためて見ても、不思議な国だ。
今のところ見える範囲に、空き家はない感じだ。
誰でも家は、それこそ何軒でも所有することができるらしい。所有期限は一晩眠って朝を迎えてから一年。上手く住み分ければ、好きなだけ家を所有、管理することができそうだ。
ただ実際には王都の近郊に住民が集中していて、八割九割の住宅やビル、高層マンションなどが空き家の状態なのだとか。
やがて、窓の明かりが少なくなっていき、周りが真っ暗になってきた。先導している桃華が、明かりの魔法で光球を浮かべた。
まるで、ゲームで見たことがある都市型のダンジョンのようだ。家は塀で囲われているけれど、まだ都市に近い扱いなのか平屋の家が多い。頭上の明かりでその家の中の様子がうっすらと浮かんでいて、少し不気味な雰囲気を醸し出している。
少し広い通りを横切る時に、遠くの方に明るい通りが見えた。
桃華が立ち止まったので、篤紫とヒスイもその場に立ち止まった。ここの通りは、真っ暗か。
「あら、王都から離れているのにあそこの通りは明るいのね」
「場所的に、王都から中心の塔に伸びていた大通りじゃないかな。
もしかしたら、上空から都市を眺めることができれば、家々の光が綺麗な模様になっているかもしれないね」
どのみち空が飛べないので確認する術はないけれど、また機会があれば見てみたい気がする。
「ねぇ、ここの家なんてどうかしら?」
どれくらい歩いただろうか。ふと立ち止まった桃華が何度も頷きながら、目の前の豪邸を指さしていた。
いつからか、周りの建物の雰囲気が変わってきたことに気づいてはいた。
二階建ての住宅が増えてきた頃に、再びちらほらと家の窓から明かりが漏れていたのは覚えてはいる。
今はどの方向を見回しても、完全に闇に沈んでいた。
スマートフォンを取りだして、篤紫は唖然とした。何だよ、もう三時間も歩いているじゃないか。
完全に行き先を桃華に任せていたから、時間すらも気にしていなかったけれど……。
「や……やけに、大きな豪邸だな……」
「そうね。ここがこの国で一番の豪邸だもの。
過去にこの国のこの都市が普通に栄えていたとして、政治の中枢となっていた場所が、ちょうどこの辺りなのよ」
「え? そんなことが分かるのか?」
「中心の塔は遙か昔からあったと思うの。それ以外の大小ある細かいダンジョンが後世に出現したものだとするわね。
塔の周りは、昔の商業と経済の中心地よ。今は半分閉鎖されているわね。
アディレイド王国の王都があるのは、港湾地区だった場所ね。この廃都を国として活用する場合に、まず港の海運は外せなかったはずなの。あそこが王都なのは必然ね。
つまり、元々この廃都にはそれ以外の場所に政治の中心があって、さらに高級住宅地も存在しているはずなのよ。
そうやって考えていくと、政治の中心だった場所はある程度絞られてくるわ」
うーん、わからん。
玄関……と言うより、これは既に門だな。高さ三メートルはある門の脇で、桃華がプレートに魔力を流した。
プレートが緑色に光り輝いて、名前が刻み込まれていく。
……いやまて、桃華。
相変わらず無茶をするようで、刻み込まれていく名前に応じてプレートがどんどん大きくなっていく。
桃華と篤紫、ヒスイ位だけだと思っていた。
コマイナ都市にいる友達や知り合いの名前が刻み込まれていく。さらにシーオマツモ王国、パース王国の友達が刻み込まれたところで、やっと終わったようだ。
最終的に、ネームプレートが門と同じ大きさになった。
意味が分からん。
やがて、認証が終わり門に明かりが灯った。
巨大な門がゆっくりと左右に開いていく。通路の脇にも明かりが灯り、そのまま奥の方まで伝播していった。
「中に入って門が閉まったら、魔神晶石車を出して貰っていいかしら?」
「いいけど、家に入ったんじゃないのか?」
「入ったのは、家の敷地よ。ここから徒歩で向かったら、また三時間はかかるわよ」
「え……まじか……」
ゆっくりと後ろで門が閉まると、視界に見えてきたのは鬱そうと茂る森だった。その森の真ん中を、明かりの道が遙か彼方まで続いている。
いやもうね、王侯貴族の豪邸がこんな感じにすぐ家に着けなかった気がする。下手すれば山一個が自宅だとか言う規模の話だ。
篤紫が魔神晶石をかざして車を展開させた。そのまま、魔神晶石をヒスイに手渡すと、ヒスイはドアを開けて中に入っていった。
さて、いったいこの先に何があるんだろう。
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