百一話 面倒くさい国

「えっと、飲み物はどうやって頼めばいいんだ?」

「はい。こちらで注文をいただいて、職員が準備する形式になっています」

「あ……そうなんだ。それじゃあ――」

 最初、ヒスイも含めて三人で近くのテーブルについた。飲み物を頼もうとして、頼み方が分からなかったので、再び受付に戻ってやっと注文することができたところなのだけど……。

 何だろう、ギルドの業務はスムーズだったのに、何だか凄く無駄がある。


 周りを見回しても、料理のメニューは疎か飲み物のリストすら掲げられていない。もし先に入っていった探索者が食事をしていなかったら、ここのギルドで食事を提供しているなんて思わなかったはずだ。

 職員の対応はそれほど悪くない。でも、少しだけ不親切な感じがする。


 素材の搬入が終わったのか、少し離れたところにいた探索者が五人全員揃っていた。テーブルの上には、豪勢な料理とお酒の入ったグラスが人数分置かれていた。


「シロサキ様、飲み物の準備ができました」

 えっ……持ってきてくれるんじゃないの?

 桃華が気を利かして、カウンターまでグラス二つを取りに歩いて行く。お盆を借りて二つグラスを受け取ると、篤紫のいるテーブルに戻ってきた。


「なあ、確かさっき持ってきてくれるって言っていなかったか?」

「準備するとは聞いたわね。わたしも持ってきてもらえると思っていたわ。

 時間を止めて確認してきたのだけれど、奥には料理担当の男性が一人いただけよ。他にも、向かって右手の奥にある解体所には、職員が独り居ただけだったわ。受付に三人いるから、ここには全員併せて五人いるみたいね」

「そう言えば、このワイン? の料金はどうした?」

「さっき貰いに行った時に、銅貨を十枚請求されたわ。何だか効率が悪いわね」

 適当な飲み物を二人分頼んで出てきた飲み物にしては、目の前のワインはいい味している。でも、何だか腑に落ちない。

 まあ……いいか……。


 篤紫はお盆とグラス二つを受付に返すと、桃華とヒスイを伴って探索者ギルドを後にした。




「何だか、不親切というか、面倒くさい国だな」

 桃華と魔神晶石車の助手席に座って、篤紫は首をしきりに傾げていた。

 駐車場からで車がゆっくりと走り始める。もちろん、運転手はヒスイだ。


「受付嬢の対応? あれはそうね、普通だと思うわよ」

「そうか? まるで一歩引いているような感じが感じられたんだけど」

「だってそうでしょう。探索者って言う名称を使っているけれど、相手はいわゆる冒険者よ。

 それに、国外からここのダンジョンに一攫千金を夢見て来るのよ。むしろ、まともな人の方が少ないわ」

「ああ、そうか……」


 だから、入国に制限が無かったのか。

 ふと思い立って入国の時に渡された冊子を見ると、出国の際に支払う税金は銅貨十枚だと書かれていた。最低貨幣の鉄貨換算で千枚、大した金額じゃ無い。

 冒険者と言えば、昔から荒くれ者が多いというイメージがあるけれど、実際にそのままイメージ通りらしい。確かに探索者の名称を使った方がイメージがいいのかも知れない。


 魔神晶石車は、通りを駆けて国の中心に向かって走って行く。

 住宅街だった様相の街並みは、突然小さめのビルが建ち並ぶ景色に変わった。そういえば、住宅地に関しても門の近くは一階建ての住宅ばかりだったのが、途中から二階建ての住宅に変わったっけ。

 今、周りに建っているのは三階建てのビルがほとんどだ。この分だと、塔に近づくにつれて階層が高くなっていくのだろう。


「そう言えば、ヒスイはどこに向かっているんだ?」

 篤紫が顔を向けると、ヒスイが首を傾げた。徐々に車速を落としていき、やがて路肩に車を停めた。


「多分だけど、真ん中の塔を目指していたんじゃないかしら」

「ああ、そうか。一番大きなダンジョンってあの塔みたいだし、そこを読み取ってくれたのか。

 いやそもそも、ダンジョンがここの国の各地にあるらしいけれど、俺の知識に無いからな。先に確認した方か良かったのかもな」

 ヒスイに顔を向けると、首を横に振ってきた。

 篤紫の意思をくみ取って移動してくれるから、篤紫が知らないとこういう弊害が生じるのか。ごめん、ヒスイ。


「はい、これ。この国の概略地図よ。さっきギルドにあったから貰ってきたわ。

 一通り見れば、スマートフォンのマップに反映されるはずよ」

「そう言えば小冊子には、概略地図しか書かれていなかったっけ。ありがとう、どうなっているのかな……」

 渡された地図を開くと、この国が本当にダンジョンを中心に据えている国だと言うことが分かった。


 スマートフォンのマップも見ながら見てみると、国の直径が二百キロに渡ることが分かった。外周は全て、高さ二十メートルの壁でぐるっと囲まれている。

 その中でもアディレイド王国として機能しているのが、西側の海岸を中心とした半径二十キロの狭い範囲だけ、その範囲はさらに壁で隔離されているようだ。その他の場所は、全てがダンジョンだと言うことか。

 道理で、通りに誰も人が歩いていないわけだ。

 すれ違う馬車や、車の数が少ないのも何となく理解できた。


 つまり、中心にある高い塔を中心に、西側の狭い範囲にだけ人が住んでいるらしい。

 篤紫達が今まで見てきた立派な住宅地は、全てダンジョンの一部で無人だと言うことか。すごいなアディレイド王国。


 その上で、探索者のために無人の地域に探索者ギルドを展開しているのだから、探索者ギルドが国策として展開しているのも納得ができる。

 独立した組織だったら、西側の都市部にだけギルドを置いていたに違いない。それこそ、さっきみたいにダンジョンの真ん中に支部を作るなんて不可能だったと思う。


「ってことは、そもそもアディレイド王国の領国には入ったけれど、アディレイド王国王都に入っていないと言うことなんだな。

 見えている街中には何も魔獣がいないし、人がいない以外には至って平和か……」

「確かに小冊子にはそこまで書かれていなかったわ。あくまでも、ダンジョン探索者向けの案内みたいね」

 取りあえず、王都を目指した方がいいのか。

 やっぱり、面倒くさい国だな。




 ヒスイの運転で無人の都市を抜けて、西にある王都を目指してしばらく走ると、再び三メートル程の壁が視界に入ってきた。

 今度は門の前に車や馬車が列をなしているため、その最後部に魔神晶石車がついた。


「うん、やっと入国っぽい列に並べた」

「ふふふ、何よそれ。でもそうね、物語の中でも大抵こんな感じに入国待ちの列に並ぶシーンがあるわね」

 さっきと違うところは、周りに一階建ての住宅が広がっていて、そこには人が住んでいると言うことか。軒先に洗濯物が干されていた。道ばたで主婦と思わしき女性が世間話をしている。庭では、子ども達が笑顔で駆け回っている。

 さっきと違ってダンジョンであるはずの住宅地に、明らかに生活感があった。


「不思議な光景ね。ここに住んでいるのって、どう見ても一般人よ。

 今までの感覚だと、ここって普通にダンジョンの中なのよね?」

「ただここだと、ダンジョンスタンピードが起きたときに、一切防ぐことができないんじゃないか?」

「あ、でもほら見て。等間隔で壁に門があって、簡単に王都に入ることができるみたいね」

 王都に入るための門自体は壁沿いにいくつもあるようで、徒歩であれば他の門から簡単に王都に入ることができそうだった。列をなしているのは今、篤紫達が並んでいる馬車と車が入るための門だけだ。


 後ろから馬車が走ってきた。何を思ったか、ヒスイが車を動かして後ろに付かれる前に車列を脱出した。

 少し道を戻って、横の道に折れて進んで、しばらくしてから止まった。


「そうね、確かに徒歩で入った方が早いわね。篤紫さん、車を下りるわよ」

「あ……はい」

 桃華とヒスイに続いて、篤紫も魔神晶石車を下りた。

 いつも通り、車を魔神晶石に戻した。ホルスターのポケットに収納してふと周りを見てみると、近くにいた人々がみんな動きを止めて固まっていた。

 ……しまった、何気なく収納したけれどこれって普通じゃ無いんだっけ。少しだけ、いやな汗が出てくる。


「ほら、ぼーっとしていないで、行くわよ」

 桃華に手を引かれて歩き出した。

 周りには平屋建ての庭付きの住宅が、通りに併せて規則的に建っている。

 王都の周りにある全ての家に、誰か誰か住んでいるようだ。女性や子どもばかりで、男手は今はいないようだ。時刻はもうじき夕刻、その頃にはみんな帰って来るのかも知れない。


 やがて、王都の門が見えてきた。

 徒歩で入るにはやはり特段の制限は無いようで、魂樹のチェックだけでみんな通過していた。

 待って、ヒスイは魂樹持っていないぞ?


「大丈夫よ。喋らないし、篤紫さんの付属扱いでは入れるはずよ」

 桃華の目論見通り、篤紫と桃華の魂樹チェックだけで、あっさりと門を通過することができた。


 さあ、やっと王都だ。

 やっぱり、何だか面倒くさい国だな。

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