八十四話 ドラゴンが人化して小さくなるわけがない

「つまり、巨人の国まで流されたってことなのね?」

 取りあえず目に入った情報を話すと、再び全員で頭を抱えることになった。


『またしても我は外で動けないようだな。篤紫と桃華、それにヒスイの三人に動いて貰う他はないな』

 何かが変わったのかと思い、オルフェナを大樹ダンジョンから連れ出したところ、相変わらず存在停止が発動した。

 どのみち、今の世界的な異常が改善されない限り、篤紫と桃華、ヒスイの三人しか外で活動できないわけだ。


「あたしもまた、お留守番かな」

「動けないことにすら気づけないのよね。何だか理不尽だわ」

「二人とも、仕方ないわよ。まだ私と篤紫さんとヒスイちゃんが動けるんだから、何とかなるはずよ」

 スマートフォンをたぐり寄せて、やっぱりマップアプリが動いていないのを見て、篤紫はため息を漏らした。

 馬車を魔神晶石の形で収納すれば、全員がはぐれる事態だけは避けられそうだけれど、自分たちの現在地が把握できないのはさすがに状況的には悪い。

 ただどうやっても、移動する他ないのが現実だった。



「それじゃ、またしばらく中で留守番頼むな」

「うん、任せといて」

 夏梛達を大樹ダンジョンに残し、再び魔神晶石に戻してホルスターの専用ホルダーに収めた。

 篤紫は、桃華とヒスイを連れてゆっくりと薄暗い路地から本通りに足を進めた。


「ここは、この広さで裏路地なのか……」

 慎重に通りに足を踏み出すと、大通りだと思っていた道は薄暗い通りだった。さっきはたまたま巨人が通りがかっただけのようで、今は巨人が通っていく気配すらない。


「建物がやたらと大きいわね。まるで私達が小人になったみたいだわ」

「確かに、扉だけでも三十メートルくらいあるのか? あの巨人が入るにはこれでも小さいのか……そもそもここは裏口?」

 ドアは横幅だけでも十メートルはありそうだ。

 何もかもが規模が違う。

 振り返ってみると、篤紫たちが出てきた場所は建物と建物の隙間。路地裏ですらない場所だった。


 そう考えて建物を見上げると、とてつもなく大きな建物だということになる。ドアの高さがが三十メートルだとして、この目の前にある二階建ての家は、単純に計算して百三十メートル近く高さがあるのか……マジか。

 今いる道が裏路地なのだろうけれど、道幅だって二十メートルもある。普通にメインストリートで通用する幅だよ。

 その道の端を、三人で慎重に駆けていく。その時点で、まるで自分たちがこびと担ったような錯覚に陥る。


 程なくして、明るい通りが見えてきた。

 道幅は……たぶん百メートルか。想定していたとは言え、何だか意味が分からない規模だ。街路樹も巨大で樹高だけでも五十メートルほどありそうだ。もちろん、幹も極太だ。

 ただ、根元に生えていたのは、篤紫たちも知っているサイズの雑草だ。何だかすごく安心した。


「けっうたくさんの巨人さんが歩いているわね。見て、みんな頭に角が生えているわよ」

「首元も鱗で覆われているな。これってもしかして竜人族とかなのか?」

 目の前を巨人が歩み去って行く。そもそもが篤紫たちのことに気が付かないようで、まるっきり見向きもされなかった。

 問題は、何故流された先がここなのか、と言うことだ。


 そもそも、森の中で嵐に遭って、時折外を覗いた時はまだ森の中だった気がする。

 油断したのは三日目の最後の日か、どうせ様子が変わらないだろうと思って、みんなで夜、普通に就寝した。そして、今がその翌日の朝の出来事なのだけれど。


「そもそもどこに向かえばいいんだ、これ?」

「確かにそうよね。エアーズロック……あ、ウルルだったかしら。その地下に突き出ているはずの本体を、探さないといけないのよね……」

「スマートフォンのマップアプリもちゃんと機能していないし、今どこにいるのかすら分からないんだよな」

 上を見上げる。

 篤紫たちが小さくなったわけじゃないけれど、相対的に建物が大きい世界では、見回しても周りがほとんど確認できない。

 たぶんこういう時は、高いところに上るのがいんただろうな。でもどうやってあの建物の上に上がればいいんだろう?



 巨大な竜人達は、一切篤紫たちに気づかないようなので、警戒しつつも大通りを駆けて行く。もちろん踏まれないように端の方だけど。


「篤紫さん、どこに向かっているの?」

「塔みたいな物ががないか、探しているんだ。

 高いところって言えば、塔じゃないかと思ったんだよ。この建築様式からすれば、文明的には中世ヨーロッパ初期の頃に近いと思う」

 見た感じ木造建築で、屋根にはスレート状の瓦が乗っているように見える。壁の一部が石組みになっているので、地震は無いのだと思う。


 しかし街の大きさも半端ない。

 先ほどからかなりの距離を走っているはずなのに、まだ通り一つも越えることができていない。

 家の一辺が三百メートル、そんな家が十軒も軒を連ねていればそれだけで三千メートルにもなる。それを普通に走っていればけっこう時間がかかる。


 やっと大通りの交差点まで辿り着いた。広い通りが交差しているようなので、ここからなら視界が広そうだ。かなり人通りが多くなってきた。

 何故誰にも気づかれないのか不思議に思いつつも、三人は巨人たちに踏まれないように気を付けながら、通りの真ん中に走り出ていった。周りを見る。塔のような建物は、視界に入らなかった。


「二階建ての家しか見えないな」

「そんな感じね。これってかなり大変な作業じゃないかしら」

 街灯のようなものがあったので、その下で篤紫と桃華は一息ついた。ヒスイを見下ろすと、首を横に振っている。

「このまま通りを渡って、次の通りまで――」

 そこまで言いかけて突然、周りが暗くなった。



『何で人間がこんな所にいるのよ? そもそもあなた達は、もしかして人間ですらないのかしら?』

 今まで誰にも気にされていなかったから、警戒すらしていなかった。

 巨人の女性が、しゃがみ込んで篤紫たちを見ていた。

 白い髪に、側頭から後ろ方向に金色の角が伸びている。首元に見えている鱗は真っ白で、光を反射してキラキラと輝いていた。瞳はは虫類のように縦長に瞳孔が開いている。

 待って、スカートの中が見えているよ?

 思わず篤紫は眉間に皺を寄せていた。そうか白か。


「篤紫さん?」

「あ……えっと、俺は何も見ていないぞ」

「それもそうだけど、違うわよ。ちゃんと答えなきゃ」

『あ、ちょっと。わたしのスカートの中見たんでしょ』

 巨人の女性は、慌ててスカートを足に巻き込んで見えないようにした。


『酷いんだ。そう言うのセクハラって言うのよ? 知っているでしょう?』

「待って、位置的に不可抗力じゃないのか?」

「そうよ。見た篤紫さんも悪いけれど、そのまましゃがむのはただの無防備よ。あなたが悪いわ」

「えっ」

『ええっ』

 自分の方にまでとばっちりが来ると思わなかったのか、巨人の女性がすごく驚いている。

 ただ不思議なことに、その巨人の女性以外に、篤紫たちに気づいている巨人はいないようだ。しゃがみ込んでいる女性に一瞥する者はいるけれど、皆そのまま通り過ぎていった。


「私の名前は、桃華よ。ちょっと変わった人間かしら。この街にはたまたま迷い込んだだけよ。

 ところであなたの名前を聞いてもいいかしら?」

『えっ、ええ。わたしはセイラ、白竜系の竜人よ。散歩していたらたまたま異質な空間が見えて、よく見たら貴方たちがいたのよ。

 認識が阻害されている感じだけど、何かやってる?』

「いいえ、何もしていないわよ」


 他の人に見えないのは、何らか力が働いて他の巨人――竜人族から篤紫達三人が見えなかったかららしい。

「ああ。俺は篤紫、何となく人間じゃないかな?」

『えーなにそれ、二人とも人間じゃないってことなの?

 あともう一人、篤紫さんの足下にも誰かいるみたいだけど、霞んでて見えないわ。ごめんね』

 それで何となく、分かったような気がする。

 神力が関わっていると、セイラを含む竜人の人たちには認識ができなくなるような感じだ。ヒスイは魔神の変種だから、神力の放出を抑えているけれど体自体が神力そのものだからね。

 

「それはいいんだけど、やっとまともに話ができる人に会えたわ。

 聞きたいことがあるんだけれど、どこかゆっくりお話しできる場所はないかしら?」

『あー、それなら今わたしが泊まっている宿でどうかな。ちょうど帰るところだったのよ』

「お邪魔してもいいかしら?」

『問題ないわよ。あなたたち小さいから、特に何も言われないはずよ。そもそも、宿屋の主人には気づかれることがないはずよ』

「それじゃ、お願いするわね」

『分かったわ。桃華さんに、篤紫さん……はどうかしたの?』


 予定とは違うけれど、話ができる人に出会うことができたようだ。

 ただ篤紫には、どうしても聞きたいことがあった。

「……あのさ。竜人族って、人化してもみんな大きいままなんだよな。

 人化って人間を基準にしてるんじゃないのか?」

『えっ、何言ってるのよ。小型化はまた別の魔法よ。能力だって百分の一になっちゃうし、そんなの効率悪いだけよ?

 ドラゴンが人化したからって、いちいち小さくなるわけないじゃない』

 ごもっともです。

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