八十五話 竜の国の事情
白竜系の竜人、セイラに案内されて、篤紫と桃華、それにヒスイの三人はセイラが泊まっていると言うホテルに辿り着いた。
豪華絢爛なそのホテルは、セイラが普通の立場じゃないことを暗に物語っていた。
ていうか、そもそも入り口の扉にしても、内装の大きさにしても、完全に大きすぎて意味が分からなかった。部屋に行くための階段にしたって、一段が三メートル近くある。
変身の魔道具のおかげで、三メートル位は簡単に飛び上がれるからいいものの、完全に巨人の国に迷い込んだ小人状態だ。もちろん、天井までの高さも平気で五十メートルありそうだ。
『椅子……に座って貰うことは出来ないわね。机の上に乗って貰って……でいいのかしら?』
「敷物を敷けば問題ないと思うわよ」
そう言いながら、桃華がいつも通りキャリーバッグを喚び出した。その中から、大きな絨毯を取り出した。桃華が両手で抱えていた絨毯を、セイラが指先で摘まんで受け取っている姿は、何ともシュールだった。
セイラがテーブルの上に絨毯を敷いてくれたようなので、椅子を少し引いて貰い、順番に机まで飛び乗った。
「あらためて、ここの世界ってどういう世界か聞いてもいいかしら?」
桃華はテーブルと椅子三脚を出して、お茶を淹れ始めた。篤紫はホルスターのポケットがお茶菓子を取り出す。
セイラも、自分でお茶を淹れてきた。うわ、やっぱり湯飲みの大きさが半端ないな。湯飲みだけで一メートル近くあるって、中身もすごい量だぞ?
『この世界? この国のことでいいのかしら?』
セイラがカップを口に運び、喉を鳴らしてお茶を飲む。いや、すごいな。喉が動いているのかよく分かるよ。
篤紫が関係ないところに感心していると、セイラがカップを置いて一息ついた。
『ここは竜の国、竜晶石の下にある竜人が治める国よ。人間達がアウスティリア大陸と呼んでいる大地の遙か下に広がる地底世界ね』
「竜晶石って言うのは、ウルルとカタ・ジュタを繋いでいる岩のことかしら?」
『桃華さんが、何のことを言っているのか分からないけれど、地上に出ている部分は竜の鼻先と、竜の顎と呼んでいるわよ』
形から考えるとウルルが竜の鼻先、カタ・ジュタが竜の顎なのか。そうなると、竜が空に向けて口を開けている状態をイメージすれば何となく分かる気がした。
『基本的に地上と地下で棲み分けをしているわ。
地上にいるのは未熟なドラゴンで、個体値が上がって人化できるようになると、竜の国に下りるための資格が得られるのよ。
そうして下りてきた竜人は、竜種によって六つの領地に別れる仕組みになっているわ』
つまり地上には竜人族は住んでいないと言うことなのか。伝承にもなかったし、誰も知らないのもうなずける話だ。
「よく分かったわ。それで今、竜の国に深刻な問題が起きているのね?」
突然の展開に、篤紫の目が点になった。
ちょっと待って、今の会話でどこに問題が発生しているって分かったんだろう。桃華が何を考えているか分からないけれど、さすがに何も問題は起きていないはず……。
『ええ、現在進行形で深刻な問題が発生しているわね』
……マジですか。
どうやら、ちゃんと問題が起きているらしい。すごいな桃華。
「さしずめ、竜晶石に問題が発生して、現在国王をつとめている竜人族にトラブルが発生しているってところかしら?」
『そう、まさに、その通りなのよ。桃華さんってすごいのね。
私はたまたまここ、黒竜系の竜人族領に公務で来ていて助かったけれど、千年間、国王として竜晶石を管理していた、白竜系の竜人族がまとめて謀反を起こしたのよ。
国王は交代しない、我々が竜人族の頂点だ、ってね』
待って、セイラって白竜系の竜人族のくくりじゃないのか?
「ちなみにおかしくなったのは一ヶ月くらい前よね?」
『何で知っているのかしら? 桃華には全てお見通しなのね。
今年は国王交代の年なんだけど、私が次期国王の黒竜系の竜人族と話をしている間に、おかしなことになっていたのよ……』
セイラはたまたま外出していて、影響がなかっただけなんだね。
これはつまり、完全にナナナシアが桃華の世界から出てきた時期と一致するわけか。
竜人族は白竜系、黒竜系の他には、赤竜系、青竜系、緑竜系、黄竜系の全部で六つだと説明してくれた。おおむね属性ごとに別れているようだ。
そしてちょうど今年が国王交代の年で、白竜系から黒竜系に交代するための引き継ぎ作業が始まっているところだったようだ。ただ国王と行っても、竜晶石の管理のために領民が半分くらい移動して、毎日魔力を注ぎ込む程度しかすることが無く、注ぎ込む魔力も誰かが注げばいい程度の、かなり緩いもののようだ。
実際の部分では、それ以外に国王になってもメリットがなく、次期国王を担う予定の黒竜系の竜人族にしても、白竜系の竜人族が竜晶石を管理し続けていてくれるなら、問題ないのだとか。
セイラも自身が白竜系の竜人族なので、強く出られなくて話し合いが難航しているらしい。
「ねえ、それとは別に少し気になることがあるんだけど、いいかしら?」
少し話が戻るけど……そう前置きして桃華が、ここに来る途中で黒竜に襲われた話をすると、セイラが眉間に皺を寄せた。
『待って、おかしいわ。ここの空間に知性のないドラゴンは存在できないはずよ?
それに、それぞれの領民は首長の持つソウルスコアによって、属性別に管理されているわ。地上の未熟なドラゴンも、それで下に来るのを制限しているのよ。
そもそもソウルコアは、星に繋がっているから、間違いないはずなのに』
……ん? 何だか懐かしい名前が出てきたぞ?
ソウルコアと言えば、五年前に崩壊した旧ナナナシア管理システムの名前だったはずだぞ?
今は基幹システムが変わっていて、ソウルコアはもう機能していなかったはずだけれど……。
「いやこっちこそ待ってくれ。いまはソウルコアを使ったシステム自体が、既に運行を停止しているはずなんだけど、誰か確認していないのか?」
『えっ、そうなの? それは初耳よ?』
ここにも、時代の流れに取り残された人々がいたと言うことか。
話をすり合わせていくと、セイラがソワソワと落ち着かなくなってきた。
正常に動いていると思っていたソウルコアが、もう機能していなくて、さらに今の異状がナナナシア・コアに起因する可能性も出てきた。
これはもう、セイラ個人が抱えている問題ですらなくなってきたのだから。
「セイラはソウルメモリーだった物は持っているの?」
『あ、あああ、あるわよ。これ』
腰元に括ってあった竜の鱗を持って、コップの隣に置いた。セイラにすれば手の平サイズの鱗も、篤紫達からすると二メートルもある巨大な鱗片だ。まさに、ドラゴンの鱗だ。
「それを手に持ってて貰ってもいいかしら? この後で色々話をしやすいように、セイラさんのソウルメモリーを魂樹に変えるわよ」
セイラが眉間に皺をよせながらも、首を縦に振ったのを確認して、桃華は自分の持っているスマートフォンの背面を、竜の鱗に当てた。
柔らかい光を放ちながら、セイラの手の中で竜の鱗がスマートフォンに変化していく。最終的に縦が二メートル、横幅が一メートルの巨大なスマートフォンに変わった。
モデルデザインは桃華のものと一緒になったようだ。
これはあれか、スマートフォンを持っていたのは、篤紫達の持っている三モデルだけだから、世界中のスマートフォンがその三モデルのうちどれかになると言うことか。何という胸熱。
『ま、魔力が一気に増えたわね……』
セイラが驚いたのは、自身の魔力量が増えたことだったらしい。変化したスマートフォンを、穴が開きそうなほど見つめている。
と、セイラが固まった。
篤紫の隣の椅子を見て、目を瞬かせている。
「セイラさん、どうかしたのか?」
『えっと……あのね、篤紫さんの隣って、景色が霞んでいるだけで何も見えなかったのよ。それが、いきなり緑色の女の子が見えるようになったわ』
思わぬセイラの言葉に、全員が顔を見合わせた。
『それにね、二人の顔もくっきり見えるようになったわ。さすがにこれは、びっくりしたわ。
それはこの……えーっと、何だっけ。コンジュ? のおかげなのね』
予想外の効果に、さすがの篤紫もびっくりした。
そもそも地下深くにある空間に住んでいることで、竜人族のみんなはよりナナナシア・コアの影響を受けやすいのかもしれない。
しきりにスマートフォンを眺めているセイラとは対照的に、桃華が机の上に広げていた机や椅子を片付け始めた。ヒスイも座っていた椅子を持って、桃華に渡している。
「次は、取りあえず黒竜系の竜人族の首長に会いにいくのよね」
『……あっ、そうよ。急いで相談に行かなきゃ』
一生懸命に新しい玩具に夢中になっていたセイラは、桃華の言葉で正気に戻ったようだ。慌てて立ち上がると、壁に掛けてあった上衣に手を伸ばした。
「それじゃあ、また案内をお願いね」
そして、当然のように付いていこうとする桃華に、さすがに動きを止めた。
『えっ……付いてくるの? ここから先は竜人族の問題よ。この部屋はわたしが押さえてある部屋だから、ここで待ってて貰って構わないわ。
竜晶石には、あとでちゃんと案内するわよ』
「それはもちろんお願いしたいわ。
そうじゃなくて、そのスマートフォンになった魂樹、みんなに広めるにしたって、使い方も含めて詳しく説明しないといけないでしょう?」
『あぁ、そう言われてみれば、確かにそうよね……』
こうして、再び三人はセイラとともに宿屋から移動することになった。
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