八十三話 深すぎる森、迷う三人
ドゴーン――。
激しく土を巻き上げて、篤紫達三人は地面に墜落した。
森に突入する直前で、ヒスイが三人を緑色の防護膜で包み込み、それがそのまま地面まで落ちた状態だ。少しして、膜を全て消してヒスイが立ち上がった。
「ありがとうな、ヒスイ。無事着陸でき……たのか?」
「ヒスイちゃんありがとう」
桃華がヒスイを抱え上げた。ギュッと抱きしめられたヒスイは、何だか少し嬉しそうだった。
周りにある根っこを掴んで、篤紫も立ち上がった。
かなり深い森だ。小さな木はなく見回す限り、全ての木が十メートル以上あるようだ。
その木々の根元、少しだけ出ていた地面に墜落した篤紫達は、その地面のすぐ下に張り巡らされていた根っこに、抱え込まれるような感じで止まっていた。
ここは見る限り、まさに人跡未踏の大森林だ。
「一応これで、最初の目的地には到達したのよね」
「まあな。ただ、さすがに森がこんなに深いとは思わなかったよ。三人とも空が飛べないから、ここからは陸路で進まないといけないんだけど……」
「目的地って、そもそもあるのかしら?」
「それなんだよなぁ」
篤紫と桃華は、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
そもそも、本来の目的地はエアーズロックだったはず。こんな事態にならなければ、恐らく二十日程で到着していたはずだ。
それが、謎の壁に行く手を阻まれ、空を飛べる二人がさらに謎の存在停止になった。さらに最悪なことに、メタ系種族の復活拠点でもあるオルフェナすらも存在停止の対象だった。
変身魔道具のおかげで、篤紫たちが命を失うことがほぼないとは言え、オルフェナが外で活動できないと、不測の事態に対してかなり動きが制限される。
たださっき、漆黒のドラゴンが襲ってきたことから、ここも一応目的地に続いていると思う。水晶竜が言っていたけれど、エアーズロックはそれ自体が竜の巣らしいし。
だとすると、そこに光明が見えてくる。
「昔見たエアーズロックの構造からすると、このまま進めば地下に伸びている部分の山にたどり着けるはずなんだ。理屈の上ではね」
「え、どういう事なの? エアーズロックって、あの山だけじゃないのかしら?」
「そうだな。桃華は、カタ・ジュタって知ってる?」
「……知らないわ。初めて聞く名前ね」
「エアーズロック……最新の正式名称はウルルなんだけれど、あの大きな山も地上に出ている岩の先っぽでしか無いんだ。
ウルルの北側にカタ・ジュタっていう岩山群があるんだけれど、その二つは湾曲して地下で繋がっているって言われているんだよ」
せっかくなので、ウルルで統一するか。
桃華が想像ができなかったのか、大きく首を傾げている。それを見たヒスイも、一緒になって首を傾げた。
篤紫はがっくりと力が抜けた。
口では説明しづらいため、近くに落ちていた一メートルほどのちぎれた根っこを拾った。その根っこの端と端を両手で掴み、内側にグッと曲げた。
これで、右手から左手まで繋がった状態で説明ができる。
「桃華から見て、俺の右手がウルル。逆の左手がカタ・ジュタだ。
この二つは俺が持っている根っこと同じように、深いとところで曲がって繋がっているんだ」
「ええ、やっと何のことだか分かったわ。
つまりその底の部分が、今いる巨大洞窟のどこかにあるはず、って考えているのね?」
「イエス、その通りだよ桃華」
思わず篤紫と桃華は、片手でハイタッチをした。
それを見ていたヒスイも桃華の腕の中で手を伸ばしてきたので、同じように二人でハイタッチをしてあげた。
観光だけなら、地上に出ている部分を見に行けば良かったのだけれど、この地下に出て都合がいい理由ができた。
ナナナシアをナナナシア・コアに統合させる。
水晶竜がウルルで生まれたことから考えると、ウルル自体が巨大な魔晶石の可能性がある。だとするとこのまま進んで、地下に出ている部分からナナナシア・コアに接続できる可能性がでてきた。
「もしかしたら、ナナナシアちゃんが元に戻れる可能性があるのね」
「そして、話はまた振り出しに戻るんだ」
「……そっか、そもそもこの広い地下空間のどこにあるか分からないのよね」
二人して上を見上げた。
自分たちが落ちてきた方向以外、木が密集していて空の代わりの天井を見ることもできない。
まあ、何だかんだ言って、進むしかないんだけどね。
えー、現在森の中を彷徨っております。
森の中にぽっかりと空いた広場があったので、とりあえず馬車を展開させた。いつも通り、ヒスイが外に五体のゴーレムを配備させてくれている。
不思議なことに、彷徨っている道中で一切の魔獣が出てこなかった。正直、こんな深い森で何も出てこない方が怖かったりする。
「まさか、マップが使えないとは思わなかった。まっさらな地図のまま、何も動かないんだよな」
「おとうさん、それっていつから?」
「ん? 気がついたのが一時間前だから、それを聞かれると分からないって答えるしかないぞ」
「もしかして、ナナナシアちゃんが関係しているのかなって。
ここにいても暇だったから、カレラちゃんに電話をかけたんだけど全く繋がらないんだよ。
逆に、パース王国のレティスちゃんには電話が繋がったの。あっちはみんな元気だって」
思わず篤紫は動きを止めた。桃華を見ると、頷いてくる。
スマートフォンを取りだして、コマイナに帰っているはずのタカヒロに電話をかける……繋がらない。シズカ、ユリネ、サラティ、レナード、駄目だ全く繋がる様子がない。
コマイナ、ルルガ、マリエル、キング、クロム……やっぱり繋がらない。そもそもコール音すら聞こえなかった。
最近魂樹を取得したレイスとクランジェにも繋がらなかった。一抹の希望をかけて最後にかけた麗奈でさえ、沈黙に沈んだままだった。
ここまでくれば、さすがに異常事態だと言うことが確認できる。
「私もパース王国のセイラにしか電話が繋がらないわ。コマイナ都市の主婦友達も全滅ね。ミュシュちゃんはそもそも魂樹持っていないし……」
「もちろん私の悪魔友達も、みんな繋がらないわよ。ユリディナーレもメルディナーレも音信不通ね。こんなことってあるの?」
「シャーレちゃんも駄目だよ。
ペアチェちゃんは知らないと思うけど、この魂樹システムは魂儀で繋がっているんだよ。ただ、システムを動かしているのはナナナシア・コアなんだよ」
つまり、ナナナシアの異状が世界規模でのエラーに繋がったと考えていいのか。厄介だな。想定外だぞ。
当のナナナシアは、未だに静かに寝息を立てて寝ている。顔色は良くなっているから、いつ目が覚めてもおかしくないんだけど。
みんなで悩んでいると、突然ヒスイが篤紫のコートを引っ張った。
顔を向けると、やけに慌てている。
「どうしたヒスイ、何かあったのか?」
コクコクと頷きながら、一生懸命に篤紫を引っ張る。
「まさか、馬車の外で何かあったのか?」
慌てて立ち上がって、ヒスイと一緒に大樹ダンジョンの入り口まで走った。
篤紫が扉を開けると、突然大量の水が流れ込んできた。慌てて扉を閉める。一瞬見えた外の景色は、雷と大量の雨、そして激しい濁流に翻弄されて馬車が流されている様子だった。
振り返ると、ゴーレム五体は扉に張り付いていたようで、無事中に流れてきていた。
「そうかしまった、カメラ俺たちが持っているのだけじゃん」
中にいても外の景色が見られるように。そのコンセプトで作ったカメラが二台とも、馬車内大樹ダンジョンにあるんだから何の役にも立っていなかった。
当然ながら、外が洪水になっているなんて誰も知らなかった訳で、このままだといつ嵐が収まるのか確認すら出来なさそうだ。
本来なら、ダンジョンマスター権限で監視カメラもどきとかは簡単に作れるはずなのだけれど、どうにも作れないかった。大樹ダンジョンはダンジョンの位階が高いのか、ダンジョンマスターである篤紫を以てしても内部の改変ができないのだ。
「これは、何となくだけど詰みか?」
「ねえ篤紫さん。水は入ってきたけど、扉は普通に開いたのよね? だったら、時間をおいて扉を開けて直接確認するしかないわよ」
「結局それしか方法がないのか……」
最終的に、嵐が収まったのは三日ほど経ってからのことだった。
当然ながら、完全に迷子になっていると思う。そっと扉を開けて、ゆっくりと外を伺うと、視界に茶色い壁が見えた。首を傾げながら、慎重に外に足を踏み出した。
どうも高い壁に挟まれた一番奥に流れ着いたようだ。
左右の壁は、レンガのような材質の壁だった。その通路の先が明るくなっている。慎重に歩いて壁の間から顔を出すと、視界に入った光景に目を見張った。
最初に視界に映ったのは、巨大な足だった。足首が鱗に覆われたその足は、地響きを立てながら篤紫の目の前を歩み去って行った。
見上げると、身長は三十メートル位はあるか、露出した肌に鱗が見える巨人が道を歩み去って行くところだった。
篤紫は慌てて馬車に引き返した。
「なあ、何で俺たち巨人の国にいるんだろうな……」
篤紫達は、巨人の国に迷い込んだようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます