八十二話 空を飛んでいたから

 篤紫はホルスターのポケットから、鉄の塊を取り出した。同じく取り出した魔道台の上に金属塊をのせた。

 さんざん世話になった魔鉄みたいな柔らかい金属はないので、まず目の前の金属の塊に対して柔らかくなるように、魔術を描き込む。


This metal is as soft as clay.


 魔術を描き込んでピリオドを打つ。

 一瞬光り輝いた鉄塊は、すぐに光を失った。まあ、たぶんできているよね?

 触れてみると、ちゃんと柔らかくなっていた。あとは形成の途中で本体から切れないように気を付けて作るだけか。

 魔鉄なら千切って好きに形成できるのだけど、柔らかくした鉄は魔術が書かれた鉄に接続したまま作業しないといけない制限がある。

 この辺が、少し面倒くさいところだろうか。


 千切れないように注意しながら、モニターの枠の部分を作っていく。少しずつ引き延ばしながら、四角い枠に形作っていく。


「篤紫、それは何しているのかしら」

 そういえばペアチフローウェルは、初めて見る作業なのかもしれない。桃華の中にあった世界では、魔道具を一つも作らなかったからね。

 そもそも、あの時はずっと移動ばっかりしていた気がする。


「これは、モニターの枠を作っている所なんだ」

「待って。そもそもモニターって何よ? 初めて聞く名前よ」

「ペアチェちゃん、この間一緒に魂樹作ったよね。腰元にあるよね?」

「もちろんよ。夏梛とお揃いなんだから」

 ペアチフローウェルが腰元に浮いていたスマートフォンを持って、夏梛に見せた。夏梛はそれを確認して、自分のスマートフォンの画面を点灯させた。

 そしてカメラを起動させて、ペアチフローウェルに見えるように近づいた。


「こんな感じで、画面に景色を映せるよね?」

「へぇ、これでそんなことが出来るのね。知らなかったわ」

「これの大きくしたタイプのものを作っていると思うの」

「でも見た限り、枠しかないわよ?」

「そこは、おとうさんが何とかすると思うんだ……」

 一生懸命に夏梛が説明している姿を見て、何だか和んだ。


 原理的なものは作っている篤紫ですら分からないけれど、枠はカメラとセットで起動するとちゃんとモニターとして機能する。

 枠を二つ作ったあと、鉄塊から切り離した。これでモニター用の枠は完成だ。そのまま先に魔術を描き込んでおく。


This is an AT0209 monitor, and receives an image from the AT0309 camera.


 このAT0209型番のモニター枠には、便宜上AT0309型番のカメラから映像を受信することにした。もう一つのMO0208型番のモニター枠には、MO0308型番を指定しておく。

 ちなみに型番は適当に付けた。頭文字だけ使う人を指定してあるつもり。


 次に、カメラを作る。今回は、ブローチタイプのカメラを二つ作って、篤紫と桃華で持つようにする予定だ。

 同じように、切り離さないようにしながら加工していき、いくつか部品を作った。カメラレンズの部分は虹色魔道ペンで透明化処理をして、ついでにカメラ宣言とモニター枠とリンクさせるのも忘れない。


This is an AT0309 camera, and transmits an image to the AT0209 monitor.


 これでAT0209型番のモニターと、AT0209型番のカメラが繋がったはず。同じ処理でMO0308型番のモニターと、MO0208型番のカメラも繋いだ。

 モニター枠を大樹の壁に固定して、篤紫と桃華それぞれが胸元にブローチを付けた。四つの魔道具に魔石を填めると、モニター枠が起動して、カメラに撮った映像が映し出された。

 やっぱり、魔術は便利だな。



「すごいわね。これでこの中にいながら、外の景色が確認できるのね」

『我達はしばらく、ここから出られないからな。ありがたい』

「まあそういうことだよ。あとは、下に下りるためにハンググライダーでも作るかな……」

「あ、また知らない言葉が出てきたわね。それ絶対に面白い響きよ」

「あはは、それはね――」

 首を傾げたペアチフローウェルに、夏梛がまた説明を始めてくれたのでそのままお願いすることにした。そもそも、翼を持っているペアチフローウェルには、ハンググライダーはいらないと思うけどな。


 鉄塊はまだ十分にあるので、記憶にあるハンググライダーのイメージだけで骨組みを形成していく。

「篤紫さん、可愛いブローチありがとう。ハンググライダーは、もちろん二人乗りよね?」

「いや、危ないから一人乗り――」

「二人乗りよね?」

「えっと……」

「私も一緒に乗るわよ?」

「……はい。二人乗りにします」

 桃華の根気に負けて、少し大きくして二人乗りのハンググライダーに仕上げていく。


 ヒスイ? たぶん自分で飛んで付いてくると思う。あの子は変化自在だから。

 さっそく篤紫の脳から情報を読み取ったみたいで、もう背中にハンググライダーを生やしている。

 見た目がすごくシュールなんだけど……。


 骨組みが出来たら、鉄塊と切り離して硬化させた。

 次に翼膜の部分を作る。材料は以前倒したワイバーンの翼膜を使うことにする。ホルスターのポケットから解体してあった片翼を取り出して、青銀魔道ペンのペン先で切っていく。

 ちなみにナイフは持っていない。恐ろしいことに、下手なナイフを使うより、魔道ペンのペン先で切る方が綺麗に切れるんだよね。それだけじゃなくて、魔獣の解体も魔道ペンで出来るから、何だか意味が分からない。


 程なくして、お手製のハンググライダーが完成した。

 さっそく、外に運びだそ――。


「えっと、ペアチェ。ダークゲートを外に繋げてもらえる?」

「確かにその大きさだと、外に出せないわね。篤紫も抜けてるところがあるのね」

 そもそも、そんなに能力は高くないぞ?

 ハンググライダーを運び出して、中に残った夏梛達に手を振ると、馬車を魔神晶石に戻してホルスターのスロットに填めた。


「夏梛、見えるかしら?」

『あ、おかあさん? うん、モニターに外の景色ちゃんと映っているよ』

「それじゃ、何か気になったときは電話してね」

『うん分かった。おかあさんたちも気をつけてね。

 でもこれ、映画見ているみたいで楽しいよ。あ、おとうさんが映ってる。何だか不思議だ――』

 桃華は話している途中で電話を切ったようだ。


「それじゃ、奥に見える陸地に向かって、飛びますか」

「そうね。それよりさっき、そのサイドポケットに収納できなかったのかしら?」

「……たぶん出来たな」

「篤紫さんにしては、珍しいわね」


 お互いの顔を見て、思わず笑ってしまった。

 ワイバーンすらも収納していたんだから、確かにホルスターのポケットに収納できたんだよな。


 そして篤紫と桃華は、軽く助走をすると地底の空間に飛び出した。




 生活魔法の微風を使いながら、空を滑空していく。

 見よう見まねにしては、それなりにハンググライダーは空を飛べていた。後ろからはヒスイが、自前のハンググライダーで飛んで付いてくる。


「あの火山の向こう側に見えているのは、海かしら。それとも湖かしら?」

「俺たちが出てきた場所の下が、たまたま溶岩溜まりだった可能性はあるな」

 噴煙が上がっている火山を緩やかに迂回しながら、徐々に火山の向こう側が見えてきた。

 そこには海とも呼べるほどの広大な面積を誇る湖があって、火山の麓には深い森が広がっていた。

 少し先には大小様々な島があって、よく見ると何かが飛んでいるのが見える。


「少し先にある上面が平らな島を目指そうか?」

「あの一番大きな島ね、いいと思うわ。

 断崖タイプの島だから、うまく着陸しないと海に落っこちちゃうわね」

 ほとんどの島が、外周が切り立った崖になっている。海に落ちたらその崖を登らないと島に上陸できない。

 ここは、慎重に進路を進めていくしかないか。


「ところで篤紫さん。なにかこっちに飛んできていないかしら?」

「……ん?」

 したばかり見ていて気付かなかったけれど、言われて前を見ると何かが翼を羽ばたかせながこっちに向かってきていた。

 ヒスイが急いで近づいてきて、体を変形させて篤紫と桃華を抱え込んだ。


「え、どうしたのヒスイちゃん?」

「たぶんね、このままだと墜落するんだろうね……くそっ」

 篤紫は慌ててハンググライダーを急旋回させた。そのハンググライダーの側を炎の塊が通り過ぎて行った。

 飛んできたのは、漆黒のドラゴンだった。

 もの凄い勢いで、篤紫達の側を通り過ぎて行く。遅れて、強風がハンググライダーに吹き付けてきた。風が強すぎたのだろう、ハンググライダーの軸が折れる。


「桃華、ハンドルから手を離して」

「わかったわ」

 手を離すと、舞い上がったハンググライダーに炎の塊が直撃して、さらに上空に持ち上がっていった。さすがワイバーンの翼膜と言ったところか、直撃を受けても燃え上がることはなかった。


 手を離した勢いのまま、篤紫達はまとまって島に落下していった。ドラゴンは、舞い上がったハンググライダーを追いかけて彼方に飛んでいった。


 陸地が一気に迫ってくる。

 ヒスイの背中にあるハンググライダーが少し大きくなった。落下する勢いを森の少し手前で一瞬だけ緩和して、そのまま三人まとめて森の中に墜落した。


 そういえば、ハンググライダーの着陸ってどうやるんだろう?

 篤紫が知らないんだから、ヒスイも知らないよな。


 篤紫と桃華は、手足を縮めてギュッと目をつむった。

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