六十九話 ヒスイの奇跡

 思いの外遠くまで進んでいたようで、馬車でクレーターを迂回してしばらく走ると、辺りが夕日で赤く染まりだした。

 魔物がいなくなった魔物の巣窟は、何もないただの平原になっていた。踏み固められた大地には、草一本すらも生えていない。時折、思い出したかのように吹く突風が、砂埃を遠くの方へ運んでいった。


「今日はここまでだな。ありがとうな、ヒスイ」

 ヒスイが馬になってくれたおかげで、道中も馬車操作を一切していない。アーデンハイム王国への方向を思い描いただけで、ヒスイがずっと自動で駆け続けてくれていた。

 ただ魔物がいなかったとはいえ、さすがに夜になれば視界も悪くなる。もしかしたら夜は昼間と違う生態で魔物が湧く可能性もある。


「ヒスイちゃんお疲れさま」

 馬車から降りた夏梛が緑の馬に近づくと、淡い輝きとともにヒスイが幼女形態に変わった。しかし、何で幼女のままなんだろうか?

「うんそっか、それでも無理はしないでね」

 ついでに、何故夏梛はヒスイと会話ができているようだ。

 ヒスイはと言えば、相変わらず首を縦と横に振っているだけだ。一応、喋りかければある程度言ったことは理解しているようだから、あとはフィーリングだけなのかもしれない。


「あの子も外に連れて行くのですか?」

 御者台の横で、夏梛とヒスイのやりとりを見ていると、リメンシャーレが馬車から下りてきて篤紫に話しかけてきた。

「たぶん、放っておいても付いてくるんじゃないかな」

「何か特別なことをした……わけではないのですよね?」

「昼間も言ったけど、緑色のくすんだ岩に魔術で『永遠の浄化』と描き込んだだけだよ。ペアチェが言っていた魔神の可能性もあるけれど、狙ってやったわけじゃないんだ」

『あら、魔神の話だって、ただの伝承よ?』

「知ってる。それも含めて、一緒に来るなら拒まないさ」


 夏梛とヒスイが、仲良く馬車の裏に歩いて行くのを見ながら、夕食の準備を始めることにした。

 まずホルスターのポケットから、かまどを取りだした。その上に大きめの鍋をのせて、生活魔法の水流で水を溜めた。野菜を切って放り込んで、下に火を付ける。

 かまどをもう一つ取りだして、上に網を乗せて切り分けたワイバーンの肉を乗せた。周りが暗くなってきたので、棒を立てて上に光球を付ける。


『手際がいいのね。料理はいつも配下の者が作ってくれるから、目の前で作っているのを見るのは、新鮮でいいわね』

「私もそうです。長い間女王をやってましたから、料理は苦手なのです。

 篤紫さんと桃華さんが仲良く料理を作っているのを見ると、私も料理を習ってみたくなります」

「せっかくだからやってみるか? 網の下の薪に火を付けて、焼き加減を見ながらトングでひっくり返すだけだよ。やってごらん」

 リメンシャーレは篤紫からトングを受け取ると、恐る恐る薪に火を付けた。程なくして薪から火が立ち上る。

 リメンシャーレとペアチフローウェルが楽しそうに肉を焼いている様子を横目に見ながら、鍋の中に肉と調味料を投入した。


「お、おとうさん……!」

 馬車の裏に行っていた夏梛が、顔色を変えて駆け寄ってきた。ヒスイは一緒に来ていない。

「どうした、何かあったのか?」

「いいからっ、早くこっちに来てよ」

「ちょっ、待て待て」

 慌ててかまどの火を消すと、夏梛に手を引かれて馬車の裏に走って行った。





「うわ、何も見えない……」

 馬車の裏では、後部にある扉が開けられていて、中に真っ暗な空間が広がっていた。目をこらしてみても、やはり何も見えない。

 後部の扉は特に用がなかったので、誰も開閉していなかった。まさかこの扉を開けた中に異空間があるなんて、誰も想定していなかったと思う。


「篤紫さん、何かあったのですか?」

『あら、中が真っ暗で何も見えないわね。お肉が焼けたわよ』

 肉を焼いていたリメンシャーレとペアチフローウェルも、気になって見に来たようだ。二人して中を覗き込んで、やはり暗闇しか見えないのか首を傾げていた。

 篤紫は馬車の横に立っているヒスイの前で、しゃがみ込んで顔を見た。ヒスイが顔を向けてくる。

「これは、もしかしてヒスイがイメージしたダンジョンなのか?」

 コクコクと頷くヒスイの頭を、思わず撫でていた。

 ただの馬車だと思っていたから、これは想定外だった。と言うことは、変質させた翼竜の魔石が精緻な馬車になっただけでなく、中にダンジョンを内包したとんでもない馬車だったと言うことか。


 もう一度ダンジョンコアのために、ダンジョンを探さなきゃかと思っていたけれど、これで目的はほぼ達成したとみていいのかもしれない。あとはアーデンハイム王国がどういう話になっているかだけか……。

 そこまで考えたところで、篤紫のお腹が空腹を訴えてグーッと鳴った。


「ここの中は気になるけれど、とりあえず夕食を食べようか」

 全員が頷いたことを確認すると、馬車の扉を閉じて、全員でかまどに向かった。よし、今日はカレーにしよう。



 馬車裏の扉の先は、明かりの魔法を放り込んでも何もなかったので、朝になって明るくなってから調べることにした。

 夜の見張りはヒスイにお願いできることになったので、馬車の側にテントを張って休むことにした。よほど疲れていたのだろう、篤紫が色々と片付けをしている間に、三人はテントの中で寝息を立てていた。

 篤紫はテントの入り口を閉じると、テントのすぐ横に机と椅子を取り出した。


「ん、どうしたヒスイ。俺が何をするのか気になるのか?」

 ヒスイが見上げていた顔を縦に振ったので、もう一脚椅子を取り出した。その椅子の上にヒスイがちょこんと座った。


 見張り用のゴーレムでも作ろうかと思っていたけれど、考えてみれば魔石が完全に切れていたんだっけ。石を魔石に見立てて、何とかチャージできるように加工してみよう。

 魔石が五個程あれば最高だったけど、ない物は仕方がないか。

 ホルスターのポットから取り出した袋を机に置いて、中からいくつか石を取りだしていると、ヒスイが机の上にコトンと何かを置いた。ヒスイの前に目を向けると、そこには赤い魔石が一つ置かれていた。


「これはどうしたんだ? もしかしてヒスイが作ったのか?」

 篤紫が問いかけると、ヒスイはコクンと頷いた。それを見て、篤紫は大きくため息をついた。石を出していた手を止めて、体ごとヒスイに向き直る。


「俺の意を汲んで、魔石を作ってくれたことは凄く嬉しいんだ。でもな、これってもしかしたらヒスイの体の一部なんだろう?

 ヒスイがどういうつもりで俺に付いてきているのか分からない。ただ、一緒に行動する以上、ヒスイは俺たちの家族なんだ」

 ヒスイは少し俯くと、後ろ手に持っていた魔石を四つ机の上に置いた。思わず篤紫の顔に苦笑いが浮かんだ。最初の赤と合わせて、青、黄色、水色、緑色の五色の魔石が机の上に乗っている。

 また、思考を呼んで先回りしていたのか……。

 それにしても、魔石を作れるってどれだけ凄いんだよ。こんなの、欲が深い連中に知られたら、完全にいいように使われるだけじゃないか。


「だからもう、体を削って魔石を作るのは、基本的に禁止な。

 魔石の加工や変質も、体に負荷がかからなければいいけれど、人前でやるのはやっぱり駄目だからな」

 篤紫の言葉に、ヒスイが明らかに沈んだのが分かった。こうやって改めて見ると、けっこう感情的なんだって気付く。

 しばらく考えていたヒスイは、顔を上げるとしっかりと頷いてくれた。


「ありがとう。せっかくだから、この五つは使わせてもらうよ。

 これから守衛ゴーレムを五体ほど作るんだ。見ていてくれるかな?」

 ヒスイがコクコクと頷いたのを見て、篤紫は思わず笑みを漏らしていた。喋れなくても、ちゃんとコミュニケーションは取れるんだな。


 篤紫は再び机に向き直ると、再び袋から石を取り出し始めた。


 いつの間にか月が出ていて、辺りをぼんやりし明るく照らし出していた。時折柔らかい風が、テントを揺らしながら吹き抜けていく。

 静かに夜が更けていく……。

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