六十八話 翼竜の魔石

 そういえば、夏梛達は倒した魔物から魔石を回収していないのだろうか?


「あー、無理だよ。みんな魔石ごと消滅させちゃったから、一つも拾っていないよ」

「私もそうです。魔石が残っていると魔物が復活するような気がして、全て破壊し尽くしてしまいました。ごめんなさい……」

『魔石なんて何に使うのかしら? ダンジョンコアじゃないと、駄目なのでしょう?』

 つまり、とにかく倒していっただけと言うことか。確かに、あの大群をゆっくりと魔石を回収しながら倒すのは、至難の業だと思う。

 となると魔石を確保する方法が……あ、あった。


 ここの世界に来て初日に首をはねたワイバーンが、ホルスターのポケットに入れたままなのを思い出した。岩の上から下りて緑の馬の側まで行くと、ワイバーンを地面の上に取りだした。

 せっかくなので、魔石の摘出ついでに解体もしてしまおう。篤紫は再びホルスターのポケットから、今度は解体用のナイフを取りだした。


「解体するんだね? あたしも出来るようになったから、一緒にやるよ」

『そこの竜もどきを解体するのね。私にも解体教えてくれないかしら、やったことがないのよね』

 夏梛達も解体用ナイフ片手に手伝いに来てくれた。

 皮と肉を分離させて、肉はブロックに切り分けて収納に入れる。皮は強めの微風で軽く乾かしてから、やはり収納に放り込んだ。最後に内臓と骨を、大きく開けた穴に放り込んで土をかぶせておいた。

 そうして最後に残ったのが、予想に反して赤い小さな魔石だった。大きさはちょっと大きめの林檎くらいだ。


「いやさすがに、これはちょっと小さいな」

「たぶんワイバーンって、ドラゴンじゃないからだと思うよ。よく翼竜って書くけど、大図書館の辞書にも単独種って説明されてた。

 火とか吹くわけじゃないから、魔力自体も最低限でいいだろうし」

 ダンジョンコアが確保できない以上、この翼竜の魔石を使うしかないのだけれど、さすがにダンジョンにするほどの密度がない。それに、太陽にかざしてみると結晶もくすんでいて荒いことが分かる。


「ん? ヒスイちゃんどうしたの?」

「ちょっと待て、ヒスイって誰のことだ?」

 振り返ると緑色の馬が、緑色の幼女姿に変わって篤紫の側に立っていた。


「ヒスイって、こいつの名前か」

「うん。翡翠みたいに綺麗な緑だから、ヒスイちゃんでいいでしょ?」

 見下ろすと、頭を縦に振っている。ヒスイでいいのか。まあ、名前はヒスイでいいか。

 ヒスイは篤紫の横に立って、篤紫が手に持っている翼竜の魔石を見ているようだった。そもそも、のっぺりしているから表情なんて分からないのだけれど。

 確認までに手元の魔石を指さすと、ヒスイは首を再び縦に振った。


「まあ、欲しいならやるよ。普通に使うならかなり上等な魔石だけど、疑似ダンジョンにするにはちょっと小さいからな」

「……おとうさん。魔石……みんな壊しちゃって、ごめんなさい」

 夏梛が悲しそうな顔をしていたので、思わず頭を撫でた。

「仕方ないよ。俺だってダンジョンがあることを期待していたから、魔石を集めるつもりがなかったし」


 そうなると、最初の予定がかなり変わってくることになる。

 当初の予定だと、ダンジョンに潜ってダンジョンコアを確保して、それを利用して馬車型の簡易ダンジョンを作る予定でいた。そう、コマイナを軸にした商館ダンジョンと同じような物だ。

 作れる空間は、元になったダンジョンの規模次第なので、スタンピードが大量発生しているなら、大きなダンジョンがあるのを期待できると思っていた。


 とりあえずちゃぶ台の周りに座り直すと、ヒスイも篤紫のあとを付いてきて、ちゃぶ台の横に座ろうとしたので、座布団を追加で出してあげた。

 時間的には、ダンジョン攻略も含めて一ヶ月位を予定していた。いままで通過してきたアーデンハイム王国側には、ダンジョンが一ヶ所もなかった。そうなると、ここから魔王国側に進んでダンジョンを探すしかないのか……。


「篤紫さん、ヒスイさんが魔石を加工……していませんか?」

 対面にいたリメンシャーレが首を傾げてヒスイを見ている。篤紫も隣を見てみると、ヒスイが両手で掲げた魔石に何か力を込めているようだった。

 翼竜の魔石を見ると、魔石の中が水のように流れているのが分かった。


『すごいわね、魔石ってそんに風に加工できるものなのかしら』

「いや、魔石って言うくらいだから、石と同じで硬いままだったはずだ。

 ヒスイは、魔石の加工……というか、変質させることができるのか?」

 篤紫が問いかけると、翼竜の魔石を見つめていた顔を篤紫の方に向けて、しっかりと頷いてきた。そして再び、翼竜の魔石に顔を向けた。

 流れに合わせてくすみが下に沈んでいき、赤く綺麗に透き通った魔石に変わっていく。


「なにこれ、すごいよ。ガラスの中にこういう加工したの見たことあるよ」

「確かに凄いです。そもそも魔石って、中を動かせるものなのですか?」

「いや、少なくとも、魔術でもこう言ったことはできないよ。すげぇ……」

 さらにヒスイが魔力を込めると、底に沈んでいたくすみに色がつき始める。最初は茶色いものがせり上がっていき、途中から緑色になったことで、それが樹を造形したものだということが分かった。

 さらにその樹の上に、黒い車体に金色の装飾がされた馬車の造形が現れる。そしてそのさらに上に、白い星が七つほど浮いたところで、魔石の中の流れが止まった。


 全員が見とれて固まっている中、ヒスイは篤紫の方に向き直ると、加工が終わった翼竜の魔石の魔石を両手で差し出してきた。

 思わず受け取った篤紫は、手から伝わる魔石のエネルギーに、全身に鳥肌が立った。手に乗った翼竜の魔石は、ずっしりと重かった。

 いや何だよこれ。


「誰か、ちゃぶ台の上にのせる台座か布を……」

「私持っています、待ってください」

 リメンシャーレに厚めの布を畳んで敷いて貰い、その上にそっと翼竜の魔石を乗せた。篤紫は大きく深呼吸をした。

「これはまた、とんでもないものを作って貰った感じだな」

 篤紫があらためてヒスイを見ると、首を横に傾げて見上げてきたので、思わず頭を撫でた。ひんやりとした感触が手に伝わってきた。


 鑑定は出来ないけれど、この新しくなった魔石が普通じゃない物だということは分かった。魔石にはその特性から名称が変わるのだけれど、これはその中でもかなり上位の魔石だと思う。

 魔獣の体内や魂樹の中にある魔石、知恵のある魔獣と魔族の体内にある魔晶石。この辺りは割と簡単に入手できる。

 入手が難しいのが、ダンジョンコアでもある魔王晶石、魂地に使われている魔源晶石あたりか。目の前にあるのは、そのさらに上ランクの魔石に見える。


 もしかして、とんでもない存在を仲間(?)にしてしまったのだろうか。


「ヒスイ。これがさっき俺が考えていたダンジョンコアの代わりになるのか?」

 篤紫が訊ねると、ヒスイは嬉しそうに何度も頷いた。

 せっかくヒスイが作ってくれたのだから、使った方がいいのだろうけど……。


「これ、どうやって使うんだろう?」

『篤紫がその魔石に魔力を流せば、色々と解決する気がするわ』

「あたしもそんな気がするよ」

「やっぱり、篤紫さんって凄いですね」

「いや、俺は何もしていないんだけどな」


 全員で立ち上がって、ちゃぶ台と座布団をしまった。岩の上がそれなりに広いので、みんなに後ろに回って貰ってから、地面に置いた魔石に魔力を流した。

 篤紫の魔力に反応して、淡く輝く。


 魔石から、黒いものが溢れ出してきた。

 そのまま黒いものに乗って、魔石がしゃがんだ篤紫の頭の上まで持ち上がると、奥に広がった黒い塊が、徐々に馬車の形に変わっていく。金色の縁取りに、漆黒の車体をしたその馬車は、魔石の中に作られていた馬車そのものだった。

 魔石はそのまま、御者台の台座にすっぽりと収まった。


 全員が呆然と見守る中、ヒスイが御者台の前に歩いて行き、あっという間に緑色の馬に変わった。


「これに……乗って行けっていうことなのか?」

 篤紫の問いかけに、ヒスイは顔だけ向けて数回頷いた。

 馬車は、陸路で走って行けそうだった。岩だらけだった丘陵が消えたことで、その周りが平地だということが分かった。所々に大きな岩があるけれど、馬車が走る分にはそれ程影響がなさそうだ。あとはクレーターを迂回していけば、元来た道まで戻ることが出来そうだった。


 篤紫が御者席に座ると、隣にペアチフローウェルが乗り込んできた。

『翼と角が邪魔で中に乗れないのよ、お隣いいかしら?』

「ああ、確かに」

 中を覗いてみると、馬車の中は後ろ向き二人乗りのようで、夏梛とリメンシャーレが乗り込むと、確かにペアチフローウェルが乗れそうになかった。ただ、室内後方の壁に両開きの扉があるのが気になった。

 外から見ても、扉自体は側面と後方の三面にあるのだけれど、ダンジョンはどこにあるのだろうか?


 篤紫は首をひねりながら、辺境伯領、アーデンハイム王国に向けて馬車を走らせた。

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