七十話 守衛ゴーレム

 まさか、石に対して青銀魔道ペンが使えないとは、完全に想定外だった。

「なあ、ヒスイ。この石って何なんだろうな?」

 首を傾げて作業を見ていたヒスイは、力なく首を横に振った。


 拡張袋に入れてあった石を取り出して分かったことが、魔物の巣窟エリアの中で拾った石は、ただの石じゃなかったことだった。さらに、拾っているときは気がつかなかったけれど、ちょうどクレーター状に凹んだ範囲で拾った石に関しては、石ですらなかったことか。


「魔物の巣窟で拾った石は、何となく魔鉄に見えるんだよな。石を持って魔力を流すと、ほら。赤く光るんだよ」

 目の前で石を光らせると、ヒスイが机に手をついて顔を少し前に寄せた。これはたぶん、びっくりしているんだろうな。

 次に丘陵で拾った石も手に持ってみる。


「こっちが丘陵……今はクレーターになっている場所で拾った石なんだけど、何でだろう。ちょっと磨くと金色なんだよ。

 それでこいつも魔力を流すと、今度は緑色に光るんだ」

 篤紫の手の中で、くすんだ金色の石が身と競り色に輝き始めた。ヒスイが両手を伸ばしてきたので乗せてあげると、緑色の光が消えてしまった。


「さすがに魔力を流したままでいないと、光は消えちゃうよ」

 篤紫が見ている前で、ヒスイは何だか力を送っていたけれど、一向に光る様子がなかった。

「もしかして、魔力がないのか? いや、魔石を加工できるんだから、魔力がないことはないはずなんだけど……」

 ヒスイはやっぱり首を傾げて、そのまま横に振った。

 もしかして、魔力の使い方が分からないのだろうか? もしそうだったとしても、ここで何か余分なアクションをかけるのはあまりにも危険すぎる。魔力循環の儀式なんてやった日には、暴走する可能性が大きい。

 ちょっとかわいそうだけど、桃華の世界から出て、安全を確認できる場所で試すことにした。


「まあ、それよりも問題なのが、ミスリルの魔道ペンでどっちの石も魔術が描き込めないってことなんだよな」

 つまり、魔物の巣窟はフィールド型ダンジョンで、そこで拾った石が変質、かつダンジョン属性が付いていた。そしてそれを、たまたま袋に入れたことでその状態が保存されたようだ。

 ちなみに今いる場所も魔物の巣窟内のはずなんだけど、足下に落ちている石は、何の変哲もないただの石だった。




 さて、そろそろ守衛ゴーレムの製作に入ろう。

 魔道ペンを、青銀魔道ペンから紫魔道ペンに持ち替えた。ミスリル素材の青銀魔道ペンが駄目でも、ダンジョンコア素材である紫魔道ペンなら描き込めるはず。

 あらためて、問題の石二つにペン先を走らせてみると、問題なく傷が付けられた。と言うことは、この二つの石はダンジョン壁相当だと言うことか。


 拾った石の数と種類が把握できたので、とりあえず守衛ゴーレム一体分の石を除いて、全部収納袋に戻した。

 魔石を中心に据えて、石を人の体の関節に合わせて置いていく。ただ、ゴーレムは作ったことがないんだよな。一応石の大きさは部位によって変えているけれど、人型にして本当に動くのだろうか?

 石一つ一つに魔方陣と魔術文字を記述していく。まず首の部分からか。


Head 1, red magic stone guard golem 35f7, owner Hisui Shirosaki.


 ピリオドを打つと、石が淡く輝いた。所有者はヒスイに登録することにした。魔石を作ってくれたのはヒスイだからと言うのもあるけれど、何となくヒスイに管理してもらおうと思った。

 ちなみに最初のカンマまでが部位、真ん中の文字列が核となる魔石を表している。数字とアルファベットは型番のつもり。頭は『Head 2』まででいいと思う。正直、頭は飾りだからね。

 そして右腕はこんな感じになる。


Right arm 1, red magic stone guard golem 35f7, owner Hisui Shirosaki.


 こんな感じに、それぞれの部位に合わせて魔術文字を描き込んでいく。

 見ていて楽しいのか、石が光るたびにヒスイが身を乗り出してきた。何だろう、喋らないし顔ものっぺりしているけれど、感情の起伏みたいな物がはっきりと分かる。見ていて微笑ましく思えた。


 ちなみに指などの末端部位は作っていない。動かしてみて、不都合がありそうだったら追加で付ければいいと思う。

 最後に中心核、本体の記述だ。念のため不壊処理もして、ここが司令塔である旨を記述する。


Main body, unbreakable command tower, we are red magic stone guard golem 35f7, owner Hisui Shirosaki.


 ピリオドを打つと、赤い魔石が輝き始めて、赤黒い魔力線がそれぞれの部位に延びていく。末端まで延びたところで、光が収まった。


「成功……したのか?」

 ヒスイと二人でテーブルの上を見つめていると、カタンという音とともにゆっくりとゴーレムが動き始めた。起き上がり、手をついてバランスを取りながら、しっかりとした足取りで立ち上がった。

 しかしヒスイはもう白崎の姓なんだな。誰かがヒスイの名前だと、被ったらいけないと思って、白崎ヒスイで描き込んだらちゃんと認識した。

 立ち上がったゴーレムは、高さが三十センチ程の小柄なゴーレムだ。


「おお、すげー。ちゃんと動き出したよ。

 所有者はヒスイにしてあるから。ほら、何か命令してごらん」

 ヒスイは篤紫の顔を見た後、じっとゴーレムを見つめた。ゴーレムは篤紫にお辞儀をすると、ヒスイに向き直ってお辞儀をした。


「いまのは挨拶をさせたのかな?」

 ヒスイはコクコクと頷いた。

「そっか。ちゃんと言うことを聞いてくれたんだな。

 このゴーレムはある程度複雑な命令も聞いてくれるはずだから、夜の間の守衛に使うといいよ」

 ヒスイは椅子から降りると、机に乗っていたゴーレムを地面に下ろした。そのままゴーレムを引き連れてお散歩に出かけるようだ。ゴーレムを引き連れてトテトテと歩いて行く後ろ姿を見ながら、篤紫は内心頭を抱えた。

 ヒスイって、元々が魔神なんだよな? 昼間心の中で問いかけたときに、はっきりと頷いていたはずなんだけど。とてもそうは見えない。

 もしくは、周りの動きを見ながら学習していっているのかもしれなが……。


 明かりの魔法が魔力切れが近いのか、少し暗くなってきた。それに伴って、見上げた空には星がたくさん瞬いているのがわかった。本当に、魔物の巣窟はただの平原になってしまったようだ。夜になっても、魔物の気配すらしない。

 再び生活魔法で明かりを灯すと、辺りの明るさが戻った。気温は少し下がったようだ。


 篤紫は足元の拡張袋から石を取り出すと、残りのゴーレム四体の制作を始めた。




「うわ、なにこれ。すっごく可愛いね」

 四体目を作り終えた頃には、既に朝になっていた。篤紫は大きく伸びをした。

 ヒスイが起動したてのゴーレムを地面に下ろしたところで、テントで寝ていた夏梛達が起きてきたようだ。

 ちょうどヒスイがゴーレムを引き連れて散歩に出かけようとしていたところで、周りに五体のゴーレムが立っていた。


「夜警が楽になるように、ゴーレムを作ったんだよ。こいつら小さいけれど力持ちなんだぞ」

『確かに小さくて可愛いわね。私の知っているゴーレムは、見上げるほど大きくて、動きも愚鈍なのばっかりよ。魔王国の防衛に使っているけど、融通が利かなかったわ』

 ヒスイの後ろに整列して、再び散歩に出かける姿を見て、ペアチフローウェルがしきりに感心していた。どうも、魔王国では昔ながらのゴーレムしか使ってないらしい。

 詳しく聞くと、額に『EMETH』と書かれた元祖ゴーレムで、用が済んだら頭の『E』を消すのだとか。


 全員が起きてきたので、テントをしまって朝ご飯の準備に取りかかった。鍋一杯あったカレーは昨日のうちに無くなっていたので、代わりに味噌汁でも作ることにした。

 全員で朝食をを食べて片付けが終わった頃に、散歩に出かけていたヒスイ一行が戻ってきた。


 さて、明るくなったことだし、馬車の裏にある扉を開けてみますか。

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