六十六話 魔物の巣窟

 看板に案内されて進んだ先は、まさに魔物の巣窟だった。言い方を変えれば、魔物の博物館のような様相だ。

 ゴブリンだけでも、その上位種であるホブゴブリン、ゴブリンシャーマン、ゴブリンロード、ゴブリンキングまで居る。

 他にもコボルト、オーク、オーガやリザードマンなど名前だけでも有名どころが、上位種まで揃っていた。他にも名前も分からない大型の昆虫系の魔物や、植物系に動物変化種もいた。

 さらに、トロールやサイクロプス、ミノタウロスなど大型の魔物もいる。

 それらがひしめき合って、整然と出撃を待っている様は、異様以外に表現のしようがなかった。




 それらの魔物が突然動き始めた。どうも篤紫たちが、何かの境界を越えたようで、一斉に魔物の群れから鬨の咆哮が上がる。

 それを待っていたとばかりに、夏梛、リメンシャーレ、ペアチフローウェルが互いの顔を見合わせて、嬉々として飛び出していった。魔物の群れが端から魔法で吹き飛んでいく。


「これ楽しいね、魔法が使い放題のボーナスステージじゃん。こんなにたくさんの魔法を使ったのは初めてだよ」

「夏梛さんはすごいですね、全属性の魔法が使えるのですね。私なんて光魔法以外は、威力が乏しいので使い物になりません」

『私も全属性使えるわよ。何か夏梛と違って、ちょっと色が黒いのだけど』

 楽しくお喋りをしながら、三人揃って大威力の魔法を連発していた。



 夏梛はさしずめ魔法のお祭りだった。

 炎だけでも多彩で、炎の槍が連続で撃ち出され、球状の炎も敵の直中に飛び込み大爆発を起こす。近づいてきた敵はブレス状の炎で焼き払い、炎の壁で円状に囲ってその中に炎のつぶてを掃射している。


 それだけでは終わらず、水、風、地、光、闇。さらには氷に雷までありとあらゆる属性の魔法を連続で放っていた。それは、膨大な量の魔力がなせるまさに魔法の暴力だった。


 それに比べると若干大人しめだが、リメンシャーレも光の魔法で奮闘していた。

 手元から光線を放って横凪に焼き切り、射線上の全てを二つに分断するだけで終わらず、打ち上げた光球から暴力的な光のシャワーを流して、魔物達を蜂の巣にしていた。

 稀に来る大型の魔物は、極太の光の柱で打ち抜き、それでも近づいてくる魔物に関しては指先から伸ばした光の爪で微塵切りにしていた。


 ペアチフローウェルも当然負けていない。

 上空に滞空したまま、空を飛んでくる魔物に黒い炎を連続で撃ち出す。着弾した黒い炎は、爆発と同時に黒い雷を撒き散らして周りの魔物すら消し炭にしていく。

 黒ずんだ氷の雨で離れた場所に居る魔物を一掃し、黒曜石のような黒い石で多数のクレーターを創り出した。遙か彼方に見える黒い竜巻は、きっとペアチフローウェルの魔法に違いない。

 その全てが、規格外の威力だった。



「相変わらず、夏梛とリメンシャーレの強さはデタラメだな。ペアチェの闇混じりの大魔法も、もう何が何だか分からないぞ。

 それに引き替え、いつも通りというか俺は何もできることがないな……」

 そんな中にあって、篤紫は相変わらず石拾いに勤しんでいた。徐々に戦線が移動していて、少し岩があった程度の平原から、岩だらけの丘陵に移動していた。足下の石は、尖っているものの相変わらず拾いやすいものが多い。


 どのみち、腰の魔道銃にしても投擲する石にしても、単体威力しか出せずこういう状況では何の役にも立たない。ここはもう、娘達三人に任せるしかないのだろう。

 見れば魔物が、一気に大量に屠られていっている。ただ、未だに地平線まで魔物に埋もれているように見えるため、しばらく時間はかかりそうだった。




 時折、近づいてきたはぐれ魔物を投石で粉砕する程度で、特にすることが無い篤紫は、ふと近くにあった大岩に目をとめた。

 何だろう。やけに禍々しい力を感じるぞ?


 岩間から頭だけ出したその岩は、若干周りの岩と色が違っていた。その岩は青っぽい岩が多い中で緑がかっている程度だったけれど、何故か目を引いた。

 触れてみると、周りの空気よりも遙かに冷たかった。まるで氷に触ったような感触に、慌てて触っていた手を離した。


 いつの間にか戦線が進んでいるようで、辺りは静かになっていた。そういえば、あれだけ魔物を倒しているのに、周りには魔物の死体が一体も残っていない。もしかしたらこのフィールド自体が、既にダンジョンの中なのだろうか。


 視線を上げて目を凝らすと、相変わらず遠くの方で大魔法が炸裂している。耳を澄ませば、爆発音がかすかに聞こえる。

 あの三人は、いったいどれだけ破壊すれば気が済むのだろうか。もっとも、ストレス発散にはちょうどいいのかもしれない。場所が桃華の神晶石の中とは言え、この理不尽な世界に辟易しているようだった。


 しかし、禍々しいな。

 どうしても気になった篤紫は、腰元から紫魔道ペンを取り出して、その岩にペン先を走らせた。ペン先は一瞬ガリッという音がしただけで、描き込むことが出来なかった。

 これは……ダンジョンコア相当の岩なのか?


 紫の魔道ペンは、ダンジョンコアでできている。このペンでは、ダンジョン壁までは魔術文字を描き込むことが出来る。それが弾かれたということは、これはもしかしたらアタリなのかもしれない。

 篤紫は、紫魔道ペンをホルスターのペンホルダーにしまい、代わりに虹色魔道ペンを取り出した。もう面倒くさいので、さっさと浄化してしまおう。見ていたら、何だか腹が立ってきた。


Eternal purification.


 もう、そのままストレートに記述した。岩が緑色に激しく輝き始める。


「うわっ。ま、眩しい……」

 グオオオォォォォン――――。


 篤紫の呟きと同時に、目の前の岩が哭いた。

 急速な浮遊感を感じて下を見ると、足元が岩ごと一気に陥没し始めた。篤紫の落ちる速さよりも陥没する速度は早く、激しく光る岩はあっという間に遙か彼方に落ちていった。

 当然周りもクレーター状に沈んでいき、連鎖してすり鉢状に周りも沈んでいく。例えるなら、地面の下にあった何かが一気にしぼんだと言ったところか。


 篤紫は落下しながら、取りあえず虹色魔道ペンをホルスターのペンホルダーにしまった。さて、どうしようか……。

 風の音が耳元で唸りを上げている。黒いロングコートのおかげで、空気抵抗は高いようだけれど、落下速度自体は徐々に上がっている。

 遙か下の底で光っている岩までは、かなりの距離がありそうだ。


 風を下に放出して、浮力になるか試してみるしかないか。翼を広げれば落下を制御できるけれど、さすがにここで翼を広げるのはやめた方がいい気がした。

 そもそもここで翼を広げると、桃華の容態が悪化する可能性がある。わざわざ中までバグ探しに来た意味がなくなる。


 考えている間にも、篤紫の体は落下を続けていて、どんどんすり鉢の底に近づいていく。意を決して、篤紫は体全体を生活魔法の微風の発動体にし、下方向に向かって一気に風を放出した。

 ゴウッという風の音とともに、篤紫の体が浮き上がった。よし、何とか成功した感じだ。はっきり分かるくらいに落下速度が落ちた。

 そのまま微風を維持しながら、ゆっくりと底に向かって落下していった。




「……誰だお前? まさかあの緑色した岩か?」

 篤紫が底に着陸すると、すぐ目の前に緑色の男が跪いて待っていた。緑色の男が篤の声で顔を上げると、顔は完全にのっぺらぼうだった。まるで、緑色の岩が取りあえず人型を取ったような、そんな中途半端な造形だった。

 緑色の男は、篤紫が訝しげな視線を向けたことに気づいたのか、再び頭を垂れた。


「俺に服従するということか?」

 篤紫が問いかけると、緑色の男はさらに頭を深く垂れた。そのままじっと、篤紫の反応を待っている。

 それを見て、思わず大きなため息が漏れた。これは、連れて行かないといけないパターンなのか?


 見上げれば、もの凄い規模のクレーターになっていた。直径が目測で五十キロくらいはあるのか?

 つまり地面の下にあった岩がそれ程の体積を持っていたということになる。篤の使った魔術で何かが抜けて、小さくなったのだろう。視線を戻すと、緑色の男は立ち上がって、直立不動の態勢で篤紫の動きを待っていた。


「あー、もしかして一緒に行くのか?」

 緑色の男は、嬉しそうに何度も頭を縦に振っている。ただ、のっぺらぼうの顔からそれ以上の意思を読み取ることは出来そうもなかった。

 どうしてこうなったんだろう?


 さすがにこいつを置いていくことは、出来ないんだろうな……。

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