六十五話 また、あれをやるの?
最終的にアーデンハイム王国と魔王国は、平和条約は締結することになった。
レイス王が署名をした後、ペアチフローウェルが最後の仕上げをすると、書面が二つに分割複写されて双方の手に渡った。
それを受けて、ポルナレフは玄関前に待機していた騎士達を引き連れて城に戻っていき、クランジェも再び闇の穴を通って魔王国に戻っていった。
ただ、条約には新しく追加された文面があった。
魔王国は、アーデンハイム王国民が避難してきた場合、避難を受け入れる。
この思いつきで追加した明文が、後にアーデンハイム王家を救うことになる。
「それで、篤紫殿。予定通り、国民全員を魔王国に向けで移動させる準備を進めていくことにする。まあおそらく、そう思い通りにはいかないと思うが。
手間をかけるが、なにとぞ準備の方をお願いしたい」
レイス王は、このまま別荘に待機して、王妃と王女が回復次第、城に戻ることになるようだ。
そして篤紫たちは、次の目的のために別荘を出た。
実は昨夜の女子会の折に、夏梛がうっかり空飛ぶダンジョンの話をしたことで、事態が急速に進むこととなった。それで、篤紫たちにはおなじみになった、移動式ダンジョンを作る計画が、さっきの会議で採用された。
いや正直、またか、という気もするけれど。改造ダンジョンは、どうも篤紫のお家芸にになりつつあるようだった。
そのためのダンジョンコア確保に、ダンジョンに向かうことになり、それにペアチフローウェルも付いてくることになった。
初めての外出という側面もあるけれど、どうも夏梛やリメンシャーレと居るのが楽しいようだ。もう一度、闇の穴からクランジェを引っ張り出して、同行する確認は取っていた。どうも、クランジェの扱いが酷い気がする。
『うちの国は、そもそも人数が少ないから国土はがら空きなのよね。いつ来てくれても大丈夫だと思うわ。
それより、ダンジョンに遊びに行くのよね? 私も付いていくわよ』
いや、遊びに行くわけじゃないんだけどな……。
別荘を出てそのまま街に向かう。探索に必用な物資は、常に個々の鞄なりポケットに入っているので、さっそくダンジョンに向けて出発することにした。
この先は大通りを曲がって城門に向かい、勇者が魔王討伐に向かうルートを途中まで進まなければならない。
「ねえ、ペアチェ? この先に大きなダンジョンってあるの?」
『ちょくちょくスタンピードが起きているから、大きなダンジョンはいっぱいあると思うわ。でも、どこにあるのかは知らないわよ?
私が魔王国から出たのは、昨日が初めてだもの』
「え? そんなにスタンピードが起きているのに、なんで対策取っていないのかな?」
『魔王国からだと、誰も外に出られないから基本、待ちの戦法しか取れないのよ。人間の国が積極的に討伐してくれないと、そもそも減らせないってていうだけよ?』
「あー、なるほど。そういうことなんだね。でもそれって、すごく理不尽だよ」
篤紫たちは駆け足で、この国の端である辺境伯領を目指していた。道中も夏梛とペアチフローウェルは普通にお喋りをしていた。さすがにリメンシャーレは走り慣れていなかったからか、口数は少なかった。
アーデンハイム王国と魔王領との境に向かうには、ちょうどこの世界に来てから王都に向かってきた道を、逆に辿っていくことになる。
メルディナーレ王女が襲われていた現場まで、七日かかっていた行程を、三時間ほどで走破した。そもそも時速百キロ程で走った計算になるので、慣れないリメンシャーレには辛かったかもしれない。
リメンシャーレは途中から、篤紫がおんぶして走ることになった。
その先にあった宿場町で、一泊することにした。その際、ペアチフローウェルには角と翼を隠すために、ペンダント型の魔道具を渡した。
さすがに、悪魔族が人間領に居ることがないため、そのままだと大騒ぎになる恐れがあった。
『しかし篤紫たちってすごいわね。私は空を飛んでいるからいいけれど、走ってあの速度は速すぎよ。それがその魔道具の力なの?』
「そうだよ、おとうさんが作ってくれた魔道具だよ」
宿の一階にある酒場で夕飯を食べながら、少し早めの夕食を食べていた。
「シャーレは、無理をしていたみたいだけど大丈夫なのか?」
「……はい、なんとか」
結局リメンシャーレは、道半ば完全に体力が尽きた。
変身の魔道具を、旅に出るすぐ前に作って渡したので、まだ体に馴染んでいないのかもしれない。初速はゆっくりだったのでリメンシャーレにも余裕があったけれど、体感時速五十キロを超えた辺りから余裕がなくなっていた。
「単純計算で、三百キロは走ったことになるもんな。さっき聞いたら、ここから辺境伯の領都までは、馬車で十日くらいかかるらしい。
距離にするとおよそ五百キロか。明日は最初からおんぶしていくよ。恥ずかしいかもしれないけれど、少し我慢してな」
「……あの……はい。お願いします」
逡巡するも無理だと悟ったのか、リメンシャーレはうつむき気味に頷いた。
翌日、篤紫がリメンシャーレを背負っていることもあり、篤紫と夏梛はさらに速度を上げた。
朝食後、ゆっくりしてから九時頃に出発して、お昼前には辺境伯の領都に到着していた。五百キロの距離を三時間弱で走破したことになるので、単純に前日の倍近くの速度が出ていたことになる。
領都についてしばらく、リメンシャーレが酷く落ち込んでいたのも、仕方なかったのかもしれない。
ちなみにペアチフローウェルは、初めて出せた速度に、終始はしゃいでいた。もちろん言うまでもなく、余裕で付いてきた。
「ここから先は、魔族との戦いにおける前線になります。魔物が大量に出現するだけでなく、場合によっては魔族が襲ってくる可能性があります。
また、アーデンハイム王国として救援には向かえませんので、その点だけは了承頂きたい」
厳つい装備の門兵に見送られて、いよいよアーデンハイム王国の外に足を踏み出した。
さすがに前線だと脅されただけあって、一歩踏み出すと空気が全く違っていた。何となくそういう演出なのかもしれない。明らかに薄暗くなって、おどおどした雰囲気になった。
ここからは慎重に、ゆっくりと進むことにした。
「なあ、ペアチェ。ここから魔王国までは、どの位の距離があるんだ?」
『ここからは知らないけれど、魔王国自体は人間の国にあった王都の、高い山を挟んだ反対側にあるわよ?』
「てことは、もしかして勇者はかなり遠回りして魔王国に向かっているのか」
『そうなるわね。実際に私も山を越えただけだもの』
そう考えると、このルートは本当に勇者が通るために作られた道なのだろうか。出てくる魔物も、より強力な個体が増えてきた。
しばらく歩いたところで、急に立て看板が現れた。そこは、今まで高く立ちはだかっていた山がそこだけ切れていて、魔王国側に行けるようになっていた。
立て看板には、横に曲がると魔王領。直進すると魔物の巣窟に行けると書かれていた。何とも、ご都合主義な看板だ。
「このまままっすぐに行けば、ダンジョンがあるのだろうか」
「魔物の巣窟って言うのが、ダンジョンの事なのかな?」
四人で顔を見合わせて、首を傾げた。
夏梛がおもむろに手を振って、炎の塊を二十発ほど撃ち出した。鼻息荒く向かってきていた、数十体のオークを一瞬で消し炭にした。
「けっこう、魔物が襲ってくる頻度が増えましたね」
リメンシャーレも夏梛と反対方向に手をかざして、リザードマンの群れを光魔法で打ち抜いている。
『でも、これだけ出てくると、倒し甲斐があって楽しいわね』
空を飛んで来ていた大きな鳥も、ペアチフローウェルが放った漆黒の炎で、存在もろとも消滅させられていた。
完全に、過剰戦力だ。
相変わらず、こういう時は篤紫は空気だった。それでも何かの足しになるだろうと、しゃがんで石を拾い始めた。
手持ち袋タイプの拡張袋に、とりあえずあるだけ放り込んだ。
ともあれ、ダンジョンコア確保のためにはこの先にダンジョンがあると信じて進むしかない。
四人は襲い来る魔物を殲滅しながら、看板通りまっすぐに進んでいった。
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