五十九話 虚と実の境目
大きな穴を掘り、篤紫と執事のポルナレフは、亡くなった騎士達と、二人の侍女。同じく亡くなった馬を丁重に埋葬した。
首を飛ばしたワイバーンは、時間がなかったので取りあえずホルスターのポケットに収納しておいた。
この世界は、間違いなく桃華の神晶石の中にある世界だ。逆流している川や、天辺で動かない太陽。巻戻る時間など、明らかに作られた世界だと言うことが理解できる。
ただ、亡くなった騎士や侍女、それを悲しむメルディナーレやポルナレフの姿は、とても作られただけの人とは思えなかった。
「つまり、あなた様方はたまたま通りがかった冒険者の皆様なのですね」
馬車は転けたときに側面が削れていたものの、運良く車軸には損傷が無かった。王族が乗るには質素で飾り気が無い馬車は、起こしたときにその車体の軽さに驚いた。
もっとも、ポルナレフには篤紫が一人で馬車を起こしたことのほうが、よほど驚きだったようだけれど。
「近道をしようと森を横切ったときに、道に迷ってしまったみたいなんだ
それで、川を下ってているときに悲鳴が聞こえて」
「そうでしたか。何にしても、私どもが助けていただいたことには変わりはありません。誠に、ありがとうございます」
あのあと、騎士が乗っていた騎馬が数頭戻ってきたため、元気そうな二頭以外は鞍を外して、ポルナレフが森の中に連れて行った。しばらくして戻ってきたポルナレフは、悲しそうな目をしていた。
今は御者台に篤紫とポルナレフが座り、残る三人は馬車の中に乗って貰っている。馬車の中では、女の子同士で話が盛り上がっているようだ。背中の壁越しに笑い声が聞こえる。
馬車が襲われたのは、辺境伯領に招待され、お祝いの宴があった帰りのことだったそうだ。
行きは目立たないように、馬二頭立ての駅馬車のみで向かったところ、帰りには辺境伯の好意で十名ほど護衛の騎士を付けられた。
騎士が付いたことで、目立たないはずの馬車が逆に目立ってしまった。そこを、盗賊に狙われたのだろうと、ポルナレフは話してくれた。
不思議なのは、物語の中ではそんな描写は一切していなかった。
馬車も、王女が乗るのだからそれなりの馬車だったはずだし、騎士も正規の護衛として付いていて、そもそも怪我はすれど全滅してはいなかった。
ただ流れとしては、いまのところ物語通りにイベントは進んでいる。
これは追々、自分たちの目で見極めていくしかないのかもしれない。
「篤紫様方は、どこか目的地はあるのですか?」
「いや、この国の大きな街でも行こうかと考えていた程度で、明確な目的地は考えていなかったかな」
実際に物語でも、盗賊襲撃の現場で一旦別れたものの、主人公は王国の城下町に向かっている。そこの冒険者ギルド経由で国王に呼び出されて、王城に向かっていたはずだ。
今までの流れからすると、王城行きは確定だと予測できる。
ただ、物語としては余り重要なイベントではなかったはずだが……。
「それでしたら、王城まで一緒に向かって頂けませんか? 王国としてはぜひ、お礼をさせて頂きたい」
「わかった。うちの娘達とも打ち解けているようだから、最後まで護衛はするよ」
「ありがとうございます。助かります。
ちなみに、王都までは七日ほどを予定しています。途中の宿場町にある宿は押さえてありますので、ぜひご一緒頂ければと思っております」
「ありがとう。そうさせて貰う」
ただ、待遇があまりにも良すぎる。
こちらは一介の冒険者だと名乗ったはず。場合によっては、引き返して辺境伯領都に戻った方が近い可能性もある。それでも、篤紫たちを護衛として、一緒に宿泊までする判断は、少しおかしい気がした。
それが考え過ぎならいいのだけれど……。
篤紫の心配をよそに、道中は多少の魔獣による襲撃はあったものの、七日の工程を経て無事、王都に到着した。
「うわあぁ、すごいよシャーレちゃん。見てみて、すごいよ。ねえってば」
馬車の窓から顔を出した夏梛が、大通りの街並みを見て珍しくはしゃいでいた。御者台に座っていても、夏梛がはしゃいでいる理由が分かる。
まず道幅が広い。中央に馬車が五台は並んで走れる通路があり、街路樹を挟んでその外側にも広い通路が確保されていた。
さらに、建物が高い。最低でも四階建てで、五階建て六階建ての建物が当たり前のように建ち並んでいた。それも、広大な城下街全てが、王城を中心にして放射状の計画都市になっている。
馬車はゆっくりと王城に向かっていた。
王都に入ってから、様々な馬車とすれ違った。今篤紫たちが乗っているような駅馬車を始め、幌馬車、荷馬車など様々な馬車がすれ違った。
交通の主役は馬車だった。
ちなみに関係ない話題だけれど、夜はあった。
照り輝いていた太陽が、やがてオレンジ色になり、真っ黒に消えることで夜になった。何とも不思議な光景だったけど、ここではそれが当たり前のようだった。誰も慌てなかったし、普通に夜を過ごしていた。
そう考えると、逆流している川も普通に当たり前の光景なのかもしれない。
「それでは、こちらの部屋でしばしおくつろぎください」
ポルナレフはそれだけ告げると、深くお辞儀をして部屋を退出していった。
正門をくぐり、城の正面で馬車を下りた。そのまま馬車は、従者が交代する形で厩舎に走り去っていった。
ポルナレフに付いていく形で城の中に入って、すぐにメルディナーレとは別れることになった。メルディナーレは篤紫たちに浅く頭を下げると、向かえに来た侍女とともに、城の奥へ歩いて行った。
その後案内されたのが、今いる部屋だった。応接用の部屋なのだろう、大きなテーブルの周りに豪華なソファーが置かれている。
壁にはいくつもの絵が飾られていて、金で縁取りされた棚の上には、これまた高そうな陶磁器が飾られていた。
「ここのお城は装飾が綺麗ですね。
私の家もお城ですが、学者肌のためこういった豪華さとは無縁でした」
「懐かしいな。そう言えば、シャーレの家は魔導城か。昔コマイナが空を飛んでいた頃に寄ったきりで、あれ以来一度も行っていないな」
「あたしは五年間お世話になったよ。麗奈おねーちゃんが女王になったくらいで、中は何も変わっていないよ?」
「そうだな、お城がそうそう何か変わるわけがないか」
ノックとともに侍女が入ってきて、お茶を淹れてくれた。あとどの位待てばいいのか聞くと、今しばらくお待ちください、と必要以上に恐縮されてしまった。
なにか、そんなに威圧感があったのだろうか?
そういえば戦闘をしてみんなの衣服が汚れていたか……面倒だったので篤紫は、部屋全体に浄化の魔法をかけた。
「たいへん長らくお待たせいたしまし……」
小一時間ほど待っただろうか。扉の開く音に振り返ると、支度を替えたポルナレフが部屋に入ってくるところだった。ポルナレフは、部屋に入ったところで足を止めて、そのタイミングで――。
時が止まった。
「なっ、何が始まったんだ」
篤紫は口に運んでいたカップを置いて、慌てて立ち上がった。
「夏梛、シャーレは……?」
「あたしは大丈夫だよ」
「はい。私も問題なく動けます」
ちょうど窓際で外を見ていた夏梛とリメンシャーレは、再び外に視線を戻した。篤紫はふと思い立って、腰元のスマートフォンを手に取った。画面を見ると、逆に進んでいた時間が止まっていた。
「おとうさん、外もみんな止まってるよ」
窓際から、夏梛とリメンシャーレが駆け寄ってきた。
「これは間違いなく、桃華さんの力だと思いますが……」
「ねぇ、時間の流れが変わるとどうなるのかな? さすがに、このまま止まったままって事は無いんだよね」
「わからない。少なくとも、桃華は時間を止めることまでは出来たけれど、巻き戻すことは出来なかったはずだ。
そもそも既に逆に時計が進んだまま、七日は経過している。完全に想定外だよ」
正直、このまま物語通りに、魔王を倒しに行く流れだと思っていた。
それがまさか、時間停止した世界に移行するとは思ってもいなかった。耳を澄ませても、三人の息づかいの音だけしかが聞こえて来ない。
「どうするの、おとうさん?」
篤紫は思わず頭をかいた。大きなため息が漏れる。
少なくとも、今動くのはまずいと思う。ポルナレフが入ってきて、その時点で時間が止まった。さすがに、動き始めたときに篤紫たちがいないのはまずい。
そもそもどういう状態で次の時間が動き始めるのかが、全く想定できない。
「とりあえず……待機か……」
そのまま篤紫は、ソファーに腰を落とした。
座ったソファーは、普通に柔らかかった。
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