五十八話 トラックに轢かれたからって、異世界転生したくない

 結局もう一度、夏梛に川面を凍らせてもらってから、元いた方の河岸に渡り直して、本来の川下方向に下っていた。歩いていると時折、対岸の森に一つ目巨人が立っているのが見える。


「それじゃ、まるっきりあの物語と同じってこと?」

「ええ、そうなんです。桃華さんに勧められて読んだのですが、物語の展開が全く一緒なんですよ」

 興奮したリメンシャーレに、興味津々の様子で夏梛が話しかけていた。

 篤紫は内心苦笑いをしながら、二人の後を付いていっていた。相変わらず真上から照らす太陽が、頭頂をジリジリと灼いていた。


 さすがに物語の中では、川がちゃんとした方向に流れていたはずだし、昼と夜の記述もちゃんとしてあったはず。つまりここが、桃華のイメージを具現化した世界だと言うことなのだろうけど……。


「それならあたしも読んだことがあるよ。ベタな物語だなって、苦笑いしながら読んだよ。

 この後って確か、街道に出る手前で悲鳴が聞こえるんだよね?」

「そうです。馬車が盗賊に襲われていて――」


きゃああああぁぁぁ――。


「「きた――――ぁっ」」

 夏梛とリメンシャーレは顔を見合わせると、嬉々として駆けだした。二人とも腰元に提げていたワンドを手に持って、完全に戦う気満々の様子だ。

 篤紫も左手でホルスターのロックを外して、魔道銃を抜いた。念のため、右手にも近くに落ちていた石を握ると、街道に向けて駆けだした。




 現場は凄惨な状況だった。

 豪華な馬車が横倒しに倒れていた。一緒に倒れた馬が、必死で起き上がろうともがいている。二頭立てだったのだろう、下に横たわっている馬は遠目に見ても既に動いていなかった。


 馬車の周りには、騎士がたくさん倒れている。既に手遅れなのか、大半の騎士が事切れて血の海に沈んでいるようだった。


「「やあ――っ!」」

 そんな中、周りを取り囲んでいた盗賊が、夏梛とリメンシャーレに蹂躙されていた。思わず篤紫は、その場で足を止めていた。

 リメンシャーレが光の魔法で四肢を貫きながら、近づいてきた盗賊を蹴り飛ばしていた。夏梛も、同時に多属性の魔法を展開して盗賊達を屠りながら、近づいてきた盗賊を蹴り飛ばしている。

 ……君たち、ワンドは飾りなのかな?


『お願い! 回復、間に合って――』

 馬車の陰からこの馬車の主客である王女の声が聞こえてきた。誰かに必死の思いで回復魔法をかけている様だった。

 篤紫は馬車に近づこうとする盗賊を、左手の魔道銃で弾き飛ばしながら、王女の側に駆け付けた。


「あ、あなたは何者ですか……?」

 足下に横たわる青年に両手をかざしたまま、王女は驚きの声を上げた。

 その間にも篤紫は、馬車の陰から現れた別の盗賊を、体ごと打ち抜く。吹き飛んだ盗賊は、十メートルほど飛んで、何度も地面に跳ね上がった先で動かなくなった。

 王女が驚いて目を見開いた。


「ただの旅人だ。それより手が止まっているけど、大丈夫なのか?」

「えっ……駄目です。くっ――」

 王女の前に横たわっているのは、初老の男だった。腹を切られ、大量の血が流れている。王女が手をかざすと、傷口が緑色に輝きながらゆっくりと塞がっていく。

 その様子を横目で見ながら、なお襲い来る盗賊を何人か撃ち飛ばした。


「だめっ、もう魔力が足りない……」

 ちらっと見ると、傷自体は塞がっていた。その様子に篤紫は目を見張った。


 魔法世界のナナナシアには、治癒魔法はあっても回復魔法は存在していない。大図書館にあった過去の膨大なデータの中にも、回復魔法は存在自体を否定されていた。

 そもそも、この二つは『治す』事に対するアプローチが全く違う。

 治癒魔法が自然治癒力に働きかけて治すのに対して、回復魔法は何かしらの力を使って強制的に治すと言われている。今目の前で起きているように、開いた傷すらも強制的に治すように……。


「傷が塞がったんだろう? そこからなら、治癒魔法でいけるんじゃないのか」

「ち、チユ魔法って何ですか……?」

 ここは、世界の法則が違うのか。

 周りを見ると、盗賊は全て制圧し終わっているようだった。少し離れたところで、夏梛とリメンシャーレがハイタッチをしていた。


「夏梛っ! シャーレ! こっちに来てくれないか」

「どうしたの、おとうさん?」

「篤紫さん、何かあったのでしょうか」

 フリフリのドレスを着た二人が駆け寄ってきて、王女と、横たわっている男に気がついた。

「あ、そっちの娘は、メルディナーレ王女だね」

「ええ。それに横になっているのは、執事のポルナレフさんです。ポルナレフさんは、どうかされたんですか?」

「二人は、治癒魔法は使えるか?」

「あたしは使えるよ、任せて」

「はい。私も使えます」

 話の流れに理解が追いつかないのか、それとも周りの状況に今気がついたのか分からないけど、当の王女は地面に手をついたままで固まっていた。

 これが物語の再現ならば、次に起きるイベントははっきりと分かっている。


「急いでそこの執事に、二人で治癒魔法をかけてくれないか?

 回復魔法で傷は塞がったみたいだから、あとは治癒魔法でいけるはずだ」

「えっ? 回復魔法って、実在する魔法なの?」

「怪我をされていたのですか? 夏梛ちゃん、急ぎましょう。ポルナレフさんの顔色が芳しくありません」

 二人は急いで執事に手を当てると、治癒魔法をかける。執事の体が、ぼんやりと白く輝き始めた。


 篤紫は立ち上がると、空を見上げた。そのままぐるっと見回すと、体の右方向。ちょうど馬車の向こうの空に、忽然と大きな陰が現れた。

「来たな、因縁のワイバーン」

 輪郭がはっきりとしてくるとそれは、ついこの間、篤紫たちの馬車を襲った魔獣と同型の、翼竜ワイバーンだった。それも、大きさがこの間の倍はありそうだ。

 篤紫は右手に持っていた石に自身の魔力を込めると、翼竜の頭を目がけて思いっきり投擲した。


 ギャァ――。


 篤紫の右手から撃ち出された石は、口を開けて叫び声を上げようとしたワイバーンの頭を、一撃の下に打ち抜き粉砕した。

 頭を失ったワイバーンは、遅れてきた轟風に吹き上げられて腹を上に向けた後、まっすぐに地面に落下した。

 遠くで地響きとともに、砂煙が舞い上がった。


「おとうさん、ポルナレフさんが気がついたよ」

「……えっ?」

 篤紫が下を見下ろすと、呆然としていた王女も硬直から戻ってきたようだ。慌てて横になっている執事の方を向いた。

 執事は目を開けると、しばらく上を向いたまま空を眺めていた。そのあと思いついたかのように横を向くと、視界に王女を捉えたようだ。


「……王女様、よくぞご無事で」

 擦れる声で伸ばした手を、王女はしっかりと握りしめた。

「ポルナレフ。よかった……回復が間に合って、本当によかった……」

 安堵の笑顔を向ける王女の目からは、たくさんの涙が溢れていた。


 篤紫はひとまず様子が落ち着いたので、周りの状況を確認することにした。

 騎士はその全てが、既に事切れていた。さすがにこれは、生き残った二人に聞いて埋葬しないといけない状況だった。ほとんどが、金属鎧の隙間から狙われたようで、盗賊達の技術力の高さが見受けられた。


 その盗賊達は、死んだ盗賊も含めて、いつの間にか既に撤退していた。遠くに落ちたワイバーン以外には、所々に落ちている血痕以外に何も残っていなかった。

 そう言えば、盗賊にしては、動きがやけに統率されていた様な気がする。さすがにそんな設定にはしていなかったはずだけれど……。



 距離が離れているワイバーンは、あとで回収するとして、篤紫は取りあえず生き残った王女と執事がいる場所まで戻った。

 ちょうど立ち上がった執事が、転倒した馬車に背中を預けていた。心配そうに執事を見ていた王女が振り返ったところのようで、夏梛とリメンシャーレに話しかけようとして、その場で声を失っていた。


「ここって、どんな場面だっけ?」

「確か……主人公のレイスがラーニングのスキルを使って、メルディナーレ王女から回復魔法を教えて貰って、執事のポルナレフさんを回復させるシーンだったと思います」

「思い出したよ。ワイバーンが来て盗賊が散り散りになって、レイスが神器スコップで穴を掘って難を逃れたんだっけ?」

 篤紫は盛大にため息をついた。当のメルディナーレ王女と執事ポルナレフは、二人の話しに理解が追いつかないようで、呆然といていた。


 篤紫が近づいていくと、先に気がついた執事が頭を下げてきた。


 そんな二人の反応が余りにも現実的で、篤紫としてはこの世界のあり方が、いまいち掴みきれずにいた。

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