五十六話 不調の原因

 店の前で立っていても仕方がないので、全員で中に入ることにした。

 中ではコマイナが、それこそ心配そうな顔で佇んでいた。


「篤紫様……桃華様の様子が変だったのです……」

 今日、一番最初に桃華に会ったのは、コマイナだったようだ。篤紫たち全員が出かけて、王族の発表が始まった頃に、ふらっと桃華が帰ってきた。

 何か熱にうなされたような顔をしていたらしい。


「私が話しかけても上の空で、しばらくの間何か一人で呟いていました。

 その後、寝室に移動されたので、様子を見に行ったらベッドに腰掛けて一人で笑い声を上げていました」

 そっとドアを閉めると、突然ドアが開いて真顔の桃華に睨まれたのだとか。そのままコマイナが硬直していると、すぐに笑顔に戻って再び寝室に戻っていったらしい。


「何だろう、そんな桃華見たことないぞ?」

「そうね。私も桃華とはつきあいが長いけれど、どんな時であっても、芯はしっかりとしていたはずよ」

 篤紫の独白に、シズカとユリネが顔を見合わせてうなずき合っている。

 カレラが手を上げた。


「わたしとシャーレちゃんは、レティスちゃんに補助を頼まれていて、お城の中で待機していたの。そしたら、桃華おばさんがフラフラしながらお城から出て行くところだったのね。

 遠かったから声をかけられなかったけど、視線の先は何も見ていないような感じだったよ」

 その後、カレラとリメンシャーレが少し目を離した隙に、忽然と視界から消えたのだとか。


『我もカレラに抱っこされて一緒に居たのだが、桃華の様子は明らかに異常だったな。

 熱病にでもかかっておった様に見えたが?』

「オルフにも細かい状態が分からなかったのか?」

『篤紫は何か勘違いしておるようだが、我はデータベースに大量の知識はあるが、決して万能ではないのだぞ。

 直接触れて魔力を流さぬ限り、見た目では分からんよ』

 確かに見た目だけだと分からないような気がした。


 結局の所、異常な状態だったと言うことしか分からず、みんなで頭を抱えるしかなかった。



「ね、おとうさん? 少しいいかな……」

 いつまでも顔をつきあわせていても仕方がないので、一旦解散して各々で調べることにした。

 しばらく思い悩んでいた篤紫が、もう一度、水晶竜のいる場所に向かおうと思って腰を上げると、外に行っていたはずの夏梛が戻ってきた。


「うん? どうしたんだ、夏梛」

「昨日おとうさんが言っていた、ナナナシア・コアさんってすぐに連絡着くの?」

 夏梛なりに考えていたようだ。思わず篤紫は、夏梛の頭を撫でた。


「昨日、夏梛が言ったとおり、それだと神気が漏れてパース王国のみんなが気を失っちゃうんだ。

 本当はにそれが一番早いけど、できれば迷惑をかけたくないかな」

「それなんだけど、おとうさんのスマートフォンって、イヤフォンジャック空いていたよね?」

「ああ。夏梛のと違って着替えの魔道具を刺していないから、空いてるけど……」

「それならさ、神力キャンセラとか作れない?」

 一瞬首を傾げる。

 すぐに夏梛の言っていることが理解できて、篤紫は目を見開いた。これが、逆転の発想と言うやつか。


「ああ……そういうことか」

「うん。たぶんキャンセラつけても、電話やメールは普通にできるんじゃないかな。そうすれば、ナナナシア・コアさんに連絡ができるよ」

「そうだな。やるだけやってみるか」

 善は急げだ。

 篤紫と夏梛は、急いで魔道具製作室に向かった。




「お待ちしていました。これをどうぞ」

 部屋に入ると、中でコマイナが待っていた。その手には真紅のダンジョン鉄が乗せられていた。

 何だか最近、コマイナの優秀さ加減に、磨きがかかってきているような気がする。篤紫の考えていることが分かったのか、コマイナの背中にある二対の翼が、ゆらりと揺れていた。


「ありがとう、コマイナ。正直、材料をどうしようか悩んでいたんだ」

「そっか、おとうさんが持っていたニジイロカネも魔鉄も、みんな無くなっちゃったんだっけ」

 それで昨日もコマイナが、ダンジョン鉄を用意してくれたんだよな。


 ニジイロカネと魔鉄が消えていく理由は、結局の所分かっていない。あれから他の材料を取り出してみたところ、普通の鉄とか、金貨、銀貨などは問題なく収納されたままだった。

 肩掛け鞄も、魔術を刻み直したら普通に使えたので、せっかくだからルーファウスにあげたら大喜びしていた。


 篤紫がダンジョン鉄を受け取ると、コマイナは笑顔で頷いて、壁際まで下がっていった。夏梛と並んで、魔道台の椅子に腰掛けた。



 まず、ダンジョン鉄を削る作業からだ。

 今回はさすがに、虹色魔道ペンでないと作業できない。ペン先を使って、ダンジョン鉄をイヤフォンジャックに刺さるように削っていく。さすがのダンジョン鉄もニジイロカネには勝てず、さくさくと削れて形が作られていった。


 今回刻むのは、神力のキャンセルだけ。魔術文自体は……駄目だ、短くできなかった。悔しい。


With God Power Limited, eliminate the influence.


 対象物が小さいので、眼鏡の拡大機能を使って慎重に描き込んでいく。いつもの倍の時間をかけて、魔術文を刻み込んだ。

 念のため、不壊と帰還登録もしておく。いらないかもしれないけど。


「できた、これで何とかなるか?」

「おとうさんすごい。そんな細かいものにまで、魔術を描き込めるんだ」

 さっそく腰元のスマートフォンをたぐり寄せて、イヤフォンジャックに差し込んだ。


「篤紫さん、桃華さんが倒れ――」

 部屋に飛び込んできたタカヒロを手で制して、篤紫は連絡帳からナナナシア・コアに電話をかけた。





『あ、もしもし篤紫君? いつもそうだけど、君の所は見ているだけで楽しいよね。神力キャンセラは私も完全に想定外だったよ。

 てっきり、宝箱ダンジョンを使って、二重ダンジョンとかを造ると思っていたんだけどね。それでも、今の篤紫君経由だと、神力の完全遮断は無理なんだけど』

 電話をかけると、ナナナシアは電話にすぐに出てくれた。ナナナシア星のコアだからか、地上で起きていることは全て把握しているようだ。

 横目で見ると、部屋に入ってきたタカヒロが気絶していないから、急造だけど神力キャンセラがちゃんと機能していることも確認できた。


「ちょっと前から桃華がおかしいんだけど、ナナナシアは理由が分かったりしないか?」

『あー、それは篤紫君が原因なんだよ。無茶しすぎなんだって。篤紫君が何ともないことが、逆に奇跡なんだよ?

 今回の原因はね、桃華の体……正確には桃華の神晶石なんだけど、神力に耐えきれなくて不具合を起こしているんだよ』

 つまり、コンピュータで言えば、深刻なバグを抱えていると言うことか。

 もしかして、この間のコマイナの権限改変がそもそもの原因……?


『そうだね、あんなこと私にだって出来ないよ。あの作業は、完全に神の一手だったんだよ?

 あの時に一番影響を受けたのが、篤紫君と桃華の神晶石なんだよね。って言うか、あれだけのことをして、何も影響がない篤紫君が、おかしいんだからね?』

「さらりと心を読むでない。

 そうなると、具体的に何をすればいいんだ?」

 夏梛もタカヒロも、コマイナでさえ目をパチクリさせて驚いている。なんか傍目に見て、変な会話をしているのだろうか……?


『神晶石持ちが、直接桃華の中に入るしかないよね』

「えっ? そんなの、無理じゃね?」

『現在、神晶石を体内に持っているのが、篤紫、夏梛、麗奈、リメンシャーレ、コマイナ、クロムの六人だけだね。他のメタ種族は全員が疑似的な神晶石である亜神晶石だよ。

 この中で、コマイナとクロムはダンジョン維持のために行けないし、麗奈は近くに居ないから、実質三人しか潜れないんだ』

「だから、どうやって入るのさ?」

『そんなの簡単だよ。桃華の体に触れて、桃華の神晶石を目がけて魔力を流し込むだけさ。普段は自動的に弾かれるんだけど、バグってるときはするっと中には入れるよ』

 思いの外、簡単なことに逆に驚いた。そういえば桃華が倒れたって、タカヒロが言いかけていたな。


『急いだ方がいいよ、もうほとんど時間が残っていないからさ』

「嘘だろ? 悠長なことしていられないって事か……」

『そうだね、もう千五百年くらいしか時間の猶予がないんだよ』

「それだけあれば十分だよ!」

 篤紫はナナナシアコアにお礼を言ってから、電話を切った。急いで椅子から立ち上がった。


「タカヒロさんっ」

「ええ、こっちです――」

 夏梛とコマイナに、魔道台の上に布団を敷いておいてもらうように頼むと、タカヒロの後に続いて部屋から駆けだした。




 桃華が目をつぶって、静かに寝息を立てている。

 魔道台の周りでは、全員が固唾を飲んで見守っていた。


「準備はいいか?」

「うん、大丈夫だよ」

「はい。問題ありません」

 既に変身の魔道具で変身した、夏梛とリメンシャーレが、しっかりと頷いた。


「篤紫様、桃華様のことよろしくお願いします」

 コマイナが心配そうに呟いた。

「こっちは交代で、しっかり見守っています。安心して向かってください」

『我はずっとここで見ておる。桃華のこと、くれぐれも頼む』

 オルフェナを抱っこしたタカヒロが、神妙な面持ちで告げる。篤紫の腹筋が崩壊寸前だった。


「留守は任せなさい、ちゃんと桃華を取り戻してね」

 シズカの言葉に、ユリネとカレラも頷いた。カレラの腕の中で、いまいち何が起きるのか分かっていないミュシュが、それでも心配そうに桃華を見つめていた。


 三人が桃華の体に触れた。目指すは、桃華の神晶石。


 そして同時に、魔力を流し込んだ。


 にゅるっと。本当に何の予備動作もなく、三人がにゅるっと桃華に吸い込まれていった。


 残された面々は、じっと四人の無事を祈った……。

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