五十五話 桃華のわがまま
城門をくぐって少し進むと、いつもの衛兵が天幕の前に立っていた。篤紫に気づくと、笑顔で手を振ってきた。しかし、この衛兵は昨日もここにいた気がする。いつ休んでいるのだろうか?
「こんばんは。今日は非番で、昼間は寝ていたので大丈夫ですよ」
顔に出でいたのだろうか、苦笑いとともに先に告げられてしまった。
どうも復興が一段落するまで、夜も天幕で受付を続けているようで、話をしている間も何人か篤紫の脇を通っていった。昼間は復興をしていて、夜になると状況の報告と、新しい申請をしに来る人が居るのだとか。
気になって中を覗くと、ガイウスが誰かと話をしていた。
せっかくなので脇で待たせて貰うことにする。桃華は慌てなくても水晶竜の側に居るはずだし、せっかくなのでガイウスと話をしたかった。
程なくして、話をしていた人は深く頭を下げると、天幕を出て行った。
「昼間は、うちのルーファウスが世話になったみたいだな。初めて贈り物なんてもんを貰っちまった」
そういうガイウスの手元には、ルーファウスが作った明かりの魔道具が置かれていた。つまみが付いていて、明るさが調整できるようになっているその魔道具は、柔らかい光を放っていて、ガイウスの手元を優しく照らしていた。
「柄にもなく、目元が潤んじまったよ。歳を取ったってもんだ」
「いや、まだそんな歳じゃないよね?」
ガイウスに促されて天幕の奥にある応接室に向かった。椅子に腰を下ろすと、程なくしてお茶が運ばれてきた。
「あいつは努力家でな、この国にある魔道具のほとんどがルーファウスの努力の結晶なんだ。ただ、オレたちは人間族だ。ずっと魔力がなかった……昨日まではな。
あいつが、作った魔道具に魔力を注いで貰っていたときに、キツく唇を噛みしめていたのをずっと見ていたから、今回の魂樹で本当に悲願が叶ったんだ。
ありがとう。我が国に訪れくれて、本当にありがとう」
正直、王様が軽々しく下の者に頭を下げちゃ駄目だと思った。と同時に、ガイウスも一人の父親なんだとはっきりと分かった。
しばらく話をしていると、魂樹を国民に対して発表、複製する話になった。
「それなら先に、魂根を作るといいよ」
「何だよ、そのコンコンコンって狐が鳴くような名前はよ」
相変わらずのガイウスの発想に、篤紫は思わず笑い出していた。説明のために、氷船で使っているタブレット端末を取り出すと、椅子から腰を浮かせて身を乗り出してきた。
「基本的に全ては魂儀の末端端末扱いになるんだけど、位置的には魂地の下に魂根が、魂根の下に魂樹がある形になるんだ。
パース王国の場合だと、水晶竜の下に魂根を登録すると、その端末で複製した魂樹は全て水晶竜の所属になるんだ」
「つまりあれか、国の直下にある各機関にそれを配布すると、次からは魂樹を簡単に登録できるってことだな?
いいこと聞いた。さっそくロディックの奴に伝えてくるわ」
そのまま、篤紫にお礼だけ言うと、ガイウスは天幕の外に駆けて行ってしまった。ロディックなら、魂根にしたタブレット端末の有効性が分かるんじゃないかな。間違いなく、書類仕事が減ると思う。
水晶竜のいる場所は玉座の裏側だったため、天幕の入り口にいる衛兵に声をかけると、途中まで案内してくれることになった。さすがに、勝手に玉座の間に入って、奥まで行くわけには行かないから、正直助かった。
玉座の前で案内してくれた衛兵と別れて、水晶竜の間に下りていくと、予想通りの光景が展開されていた。
『のう、パースの客人よ。此奴はおぬしの番であろう?
わらわとしては、ここにいて貰ってもかまわぬのだが、此奴がずっとここに居ることに不都合はないのか?』
案の定、桃華は水晶竜にもたれかかるようにして、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「何だかごめん。普段頑張ってくれているから、ここの国に滞在している間くらいは、少し好きにさせてあげたいんだ。
それよりも、何か無茶なことを言っていなかったか?」
『無茶と言うほどではないが、どうもわらわを旅に連れてゆきたいようだな。
しかしこの国の魂地とやらになって、この地の民を導く命を受けた手前、そう易々と首は縦に振れぬよ』
しばらく水晶竜と話をしていたけれど、桃華が起きる様子はなかった。西洋の街並みと同じように、桃華がドラゴンのことを好きなことも知っている。ただドラゴンに関しては、会話ができることが絶対条件だって言ってたかな。
そういう意味では、水晶竜は完全に条件が一致しているのだろう。
「一月程はパース王国に居るから、その間だけでも桃華の相手をしてあげてもらえないかな」
『わらわは構わぬよ。どうやってもここに居るだけだからな。
それに、此奴には国を覆う障壁のイメージも教わったから、わらわに連なる魂樹さえ増えれば、防衛力を補完できる。邪険にはできぬよ』
ちょうど、ガイウスとロディックが水晶竜の間に駆け込んできたので、水晶竜に桃華をお願いして家に帰ることにした。
翌日から、パース王国は連日お祭りの様相を見せた。
朝早くから各主要機関に魂根が配られて、パース王国として正式に魂樹を採用することが宣言された。
最初は訝っていた国民も、王子であるルーファウスを始め、王族がこぞって魔法を使っている様を目にすると、一気に国民の気持ちが沸き上がった。
「この国の王様達って、本当に慕われているんだね」
屋台でドラゴン串を買ってきた夏梛が、篤紫にドラゴン串を一本手渡しながら、感心したように呟いた。視線の先にはこの国の冒険者ギルドがあって、魂樹を受け取るための列が、整然と並んでいた。
近い人と談笑している姿はあっても、みんながしっかりとマナーを守っている。
「あれはルーファウス君のスピーチが素晴らしかったからだよ。
魔道具作りで、自信が持てたんだろうね。あらかじめ各地に配置した騎士達に、スピーカーモードで通話を繋いだままスピーチをしていた。
正直、あの使い方はすごいと思ったよ」
「それでルー君は、自分の顔の前にスマートフォンを持って、普通の声で喋っていたんだね。
街のあちこちから声が聞こえたから、びっくりしたよ」
まず第一に、慌てないでください。
各々、成人の儀で命をかけて手に入れた魔石を持って、各地の職業機関に並んでください。
かかる時間は数秒です。
成人していない子ども達の分は、王宮の方で既に用意してあります。
ルーファウスの要点だけを押さえたスピーチは、その真意まで国民に伝えることができたようだ。熱気はあっても、誰も駆ける人がいなかったのは、すごいことだと思った。
夏梛と一緒に家に帰ると、玄関先で桃華が待っていた。
その側では、シズカやユリネ達がいて一様に困ったような顔をしていた。
「あのね、私ここに住むことにしたわ」
篤紫と夏梛は、思わず顔を見合わせた。もともと一ヶ月ほどは滞在する予定だったので、今さらな気もするけれど……。
それに滞在に関しては、一昨日の時点で全員に確認を取っていたから、すぐに変更する予定はなかった。
「しばらくの間は、ここで魔道具店を開いているから、しばらくはここに居るよ。
パース王国の人たちが魂樹に慣れるまで、少し見てあげたいし」
「ちがうの、そうじゃないのよ。ここにずっと住むのよ」
「えっ……おかあさん?」
桃華の宣言に、今度こそ篤紫と夏梛は揃って首を傾げた。
「待て、まさか水晶竜か?」
「そうよ。一緒に行けないのなら、私がここに住むしかないのよ。止めても無駄よ、もう決めたことなんだから」
それだけ言い切ると、篤紫を睨んでそのままパース城に駆けていった。そんな桃華の姿を、一同は呆然と見送るしかなかった。
「おかあさん、何かおかしくなっちゃってる……」
夏梛の呟きが、賑やかな街の喧騒にかき消えていった。
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