五十三話 魔道ペン
ユーイチと魔道コンロの修理代金の話になったところで、ルーファウスが間に入って来た。そこでユーイチを、王宮のお抱え料理人として招きたいと打診してきた。
当然ながら、ユーイチは即座に了承していたのだけれど、横で条件を聞いていた篤紫は思わず苦笑いを浮かべていた。
「ルー君はユーイチさんだけじゃなくて、魔道コンロも欲しいって事なんだよね?」
夏梛が呟いた言葉は、たぶんここにいる誰もが気付いていることだろう。
恐縮して頭を何度も下げているユーイチだけが、もしかしたら分かっていないのかもしれない。
そして王宮のお抱えになることで、魔道コンロの修理代金もパース王国から支払われる話にまとまった。なんとも、やり方が上手な王子様だ。そのお金は救国の報酬も兼ねているようで、何とも抜け目がない。
こちらが報酬は要らないと固辞していたから、この状況は渡りに船だったのかもしれない。
「国民は私たちにとっての宝ですからね。ただ国としては、これからがもっと大変なのかもしれません。
魂樹についてもしっかりと説明を聞きましたが、所有することで寿命が倍になる反面、出生率は六割減くらいになるようですね。
そうなると、今まで以上に国民の方々を大切にしていかないといけません」
ユーイチとの話が大筋まとまって、いまは白崎魔道具店に向かって歩いている。その道すがら、ルーファウスが唇を噛みしめていた。
「しかし、水晶竜が正式にこの国の魂地になったんだぞ。
だったら、国民がみんな魂樹を所持している限り、二度とドラゴンに侵攻されることは無いんじゃないのか?」
「それについても直接水晶竜に聞いてきましたが、どうやら今まで通り国壁のドラゴン避けと、地下の避難都市までしか守れないそうです。
その代わりに、魂地化で魔力不足だけは解消されたらしいので、国としてはドラゴンに対する対応を、特に変えないままの運営でいけそうなのですが……」
魂地は魔力さえ確保できれば大抵のことができるはずなのだけど、細かい疑問点は今度直接、水晶竜に聞いてみた方がいいのかもしれない。
それでも旧スワーレイド湖国にいた頃、国の上部を障壁ですっぽりと覆っていたような記憶がある。もしかして水晶竜の認識の問題だけなのかもしれない。
白崎魔道具店に戻って三人がエントランスに入ると、コマイナが桃色な箒の魔道具を持って、掃き掃除をしているところだった。案の定、箒の穂先には何も付いていない。
「篤紫様、夏梛様お帰りなさい。なにかいい発見はありましたか?
ルーファウス様、いらっしゃいませ。作業するお部屋の準備は出来ています。ゆっくりしていってくださいね」
そういえば市場調査に出かけると言って、家を出かけたんだっけ。
コマイナに魔道コンロを修理してきた話をすると、目をキラキラさせて喜んでくれた。背中の翼が二対になってから、どうもコマイナの性格というか、雰囲気が少し変わったような気がする。
今はメイドの仕事が楽しいようで、綺麗なお辞儀をするとまた箒を手に掃除を始めた。
「彼女は天使族なのですか?」
「いや、うちの二人目の娘で、うちのダンジョンコアだよ」
「えっ? ……それは、どういう事ですか?」
「位置づけとしては、水晶竜に似たような感じかな」
ざっくりと説明すると、驚いた顔をしていたルーファウスは、一転真剣な顔で何かを考え始めた。どうもコマイナが生体ダンジョンコアであると言った部分に、何か思うところがあったのかもしれない。
そのまま顎に手を当てて黙って付いてきたので、気にせずに魔道台がある部屋まで案内することにした。
「ねえ、おとうさん。あたしも一緒に魔道具作ってもいいかな?」
部屋に入ると、珍しく夏梛も付いてきていた。夏梛もさっきは魔術が苦手だと言っていたのに、少し捉え方が変わったのだろうか。
桃華に助手的な事を頼まれていたようなので、言いつけを守っているだけなのかもしれないけれど。
魔道台の周りに作業しやすいように間隔を開けて、三脚の椅子を並べた。篤紫を真ん中に、夏梛とルーファウスには左右に座って貰った。
ちなみに、ルーファウスの護衛にいた騎士は、店に着いた時点で隣の城に戻っていった。近いということもあるけれど、どうやら信用されているらしい。
「これから魔道具を作るのだけど、二人は魔道ペンは持っているのかな?」
「はい先生。私は自分の愛用の物を持ってきています」
「あたしは持っていないよ」
「……いや待って、ルーファウス君。俺は間違えても先生なんて柄じゃないよ」
ルーファウスの魔道ペンを見ると、持っていたのは前に魔道具屋に寄ったときにも見た、入門用に最適な鋼素材の魔道ペンだった。案の定というか、素材負けしてペン先が既に丸くなっていた。
篤紫は少し思案すると、せっかくなので二人に新しい魔道ペンを作ることにした。
久振りに肩掛け鞄を喚びだした。ここ最近は、ホルスターのサブポケットばかりで、鞄はほとんど使っていなかった。確か、ルルガに貰った魔鉄がこの鞄の中に入っていたはずだ。
魔鉄をイメージして鞄に手を入れると、何故か鞄の中には何もなかった。それどころか、鞄の底に手が付く。
慌てて鞄を広げてみると、本当にただの鞄に戻っていた。念のため、ホルスターのサブポケットの中も走査してみるも、魔鉄が無くなっていた。何だろう、この間使い切ったニジイロカネと同じ性質なのだろうか。
確かニジイロカネは、拡張収納の中の時間停止の条件にあっても、時間とともに容量が減っていた。この感じはもしかしたら、この間ルルガに貰った魔鉄も、鞄の中で目減りしていたと言うことか。そして最終的に消えた……?
「おとうさん、さっきから動かないけど何かあったの?」
どうもしばらく考え事をしていたみたいで、顔を上げると夏梛とルーファウスが心配そうな顔で篤紫を見ていた。
「いや、鞄がな。魔術を記述してあったんだけど、拡張収納が解除されていたんだよ。しばらく使っていなかったけど、まさかただの鞄に戻っているとは思わなかった」
「え……拡張鞄って、いきなり使えなくなっちゃうの?」
慌てて夏梛は、自分のポシェットを呼び出して確認し始めた。中から色々荷物を取りだして、安心したのかまた荷物を中に入れた。
「うん……大丈夫だよ。あたしのは変わっていないよ」
「先生、鞄に魔力を流しても駄目なのですか?
魔術は文字が擦れたり消えたりしない限り、魔力の供給で機能が復活するはずですが……」
「いや、駄目だな。そもそも描いてあったはずの文字が、痕跡すらなくなっている。それこそ、ただの鞄になってるな」
魔鉄の影響があると思うけど、どういう理屈なのかさっぱり分からなかった。取りあえず鞄はそのまま机の上に置いた。
そうなると、予定していた材料の当てが無くなったから、魔道ペンを作れないな……。
篤紫が悩んでいると、部屋の扉が開いてコマイナが入ってきた。
「篤紫様、お話はお聞きしました。ぜひこれを使ってください」
「ちょっと待って、コマイナとは何も話をしていなかったと思うよ?」
コマイナは、手に持ってきた棒を二本、机の上に置いた。鮮やかな真紅の何とも綺麗な棒だった。ちょうど、削る前の鉛筆くらいの大きさだ。
「うわ、綺麗だね。コマイナちゃん、これは何?」
「私も初めて見ました。石……ではなさそうですね、金属でしょうか」
「はい。これはダンジョン鉄という金属ですね。この建物の主柱にも使われている金属ですよ。
この商館からこのまま外に持ち出すと、ただの鉄になってしまいますが、魔道ペンに固定化させればこのままの素材でいるはずです。ぜひお使いください」
一本持ち上げると、程よい重さの金属だった。
「いいのか?」
コマイナを見ると笑顔で頷いてくれたので、さっそく魔道ペンに加工することにした。
と言っても、魔道ペンを作るのはそれほど難しくない。素材に対して『これはペンだ』と描き込むだけでだ。篤紫はさらに追記する形で『これは魔法のペンだ。』と、ピリオドまで打つようにしている。
せっかくなので、所有者も固定させるようにしよう。今回使うのは紫色のダンジョンコア製の魔道ペンだ。相手がダンジョン壁と同じ種類の素材なので、ミスリルの青銀魔道ペンだと書き込めないからね。
This is a mage pen.
The owner is limited to kana shirosaki.
普通の魔道具と違って、魔道ペンは最後に仕上げ処理として同じ魔道ペンを当てて共鳴させる必要がある。
篤紫が持っている紫魔道ペンを、深紅のダンジョン鉄に軽く打ち付けると、淡く輝きながら形が変わっていく。程なくして、先の尖った魔道ペンに変化した。
「夏梛。スマートフォンの設定を開いて、この魔道ペンを背面に接触させて。リンクボタンが出てくるはずだから、タップすればリンクが出来るはずだよ」
「うん、わかった。やってみるね」
篤紫が手渡した深紅の魔道ペンを、手とスマートフォンの間に挟みながら、夏梛が画面を操作し始めた。しばらくすると、深紅の魔道ペンが一瞬だけ淡く輝いた。
「できたみたい。これであたしも、魔術師になれるのかな」
夏梛は深紅の魔道ペンを嬉しそうに眺めながら、陽気に鼻歌を歌い始めた。
「大丈夫、魔術師は簡単になれるよ」
そんな夏梛を微笑ましく思いながら、篤紫はもう一本ある深紅のダンジョン鉄を持ち上げると、ルーファウスのために魔道ペンの製作に入った。
そんな篤紫の横では、目を大きく見開いて、何とも間抜けな顔をしたルーファウスが、例に漏れなくその場で固まっていた。
篤紫、早く気づけ。
普通はそんな早さで、素体に魔術文字を描き込むことが出来ないんだぞ?
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