五十二話 ルーファウス王子
新しい魔道コンロが完成する頃には、周りで復興作業をしていた人たちも、気になったのか見に来ていた。お店が半分崩れてオープンになっていることもあって、けっこうな人だかりになっている。
「ユーイチさん。火の火力をイメージしながら、そこのボタンをタップすれば、火が着くようになっている。火を消すときは魔石を外すか、光っているボタンを長押しすれば、火が消えるんだ。
魔石を填める場所は、その手前の窪みだな」
「わ、わかった」
返事をして恐る恐ると言った様子で、魔石を窪みに填めた。これで、側面のボタンをタップすれば火が着く。
しかし何故か、ユーイチはそのまま何もせずに待っていた。
「……なあ、火を着けないのか?」
「えっ……魔石を填めたら、火が着くのではないのですか?」
今までは魔石を置くとすぐに、全部のコンロから火が立っていたらしく、同じ感覚で待っていたようだ。説明した気がするのだけれど、観客が多くて緊張していたのかもしれない。
諦めて、実演を交えて説明することにした。ただ……正直ユーイチの顔にもの凄い違和感を感じる。鏡を見ているようで、非常にやりづらい。
せっかく火元が三基あるので、同時に三種類の火力を試してみることにした。
左側のコンロに火を付けるために『Low』を押す。コンロから青い炎が立ち上がると、周りの観客がざわめいた。
何も考えなかったので、出力が設定範囲の中心値で着火したのだと思う。家庭用のコンロだと中火くらいの燃え方だ。
同じように、真ん中のコンロの『Medium』をタップ、右側のコンロには『High』で着火した。真ん中のコンロからは十センチほど炎が立ち上がり、右側のコンロは五十センチ近くの炎が立ち上がった。
一気に静まりかえる。誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「こんな感じで火が付くよ。それぞれにまだ火力に幅があるから、料理によって使い分けるといいんじゃないかな」
「す……すごい」
ユーイチが呆然と呟く中、遠巻きに見ていた観客が一気に沸いた。
そのまま何故か二列に並び始め、即席の見学会のような様相になった。慌てて篤紫は、魔道コンロの前から横に退いた。
並んだ観客は、誰も整理していないにもかかわらず、一人五秒ほど観察して次々に横に抜けていく。あっという間に全員が見終わって、そのまま辺りは異様な熱気に包まれた。
「お、おとうさん……違う意味で、すごいねこれ」
「いや、これがここの国民性じゃないかな。
長年ドラゴンという共通の敵に立ち向かってきて、本当の意味で家族みたいな一体感があるんだろうけど……さすがに、この協調力はすごいな」
篤紫と夏梛は、顔を見合わせて感嘆の息を吐いた。
魔道コンロの向こう側では、同じように横に退いたユーイチの隣で、アカツキとユージも目を見開いて固まっていた。
しばらくして復帰してきた三人に、火が付いたままでもタップで火力の切り替えができること、光っているボタンを長押しすると消火できることを説明した。さらに、火が付いているときに魔石を外すと、全部の火が消えることを確認して、実際に使ってみて貰った。
コンロが三口あるため、三人それぞれが着火と消火の使い方を、まるで新しい玩具に食いつくような勢いで操作をはじめた。
「こんにちは。やけに賑やかだと思ったら、中心に篤紫さんがいたのですね」
そんな様子を微笑ましく見ていたら、後ろから声がかかった。
周りで観客をしていた人々が端に避けて、一斉に頭を下げ始める。通りの向こうから、護衛を数名連れたルーファウスが歩み寄ってきた。
ルーファウスが通り過ぎると、頭を下げていた人々が徐々に頭を上げていく。その住人達の立ち姿からは、王族に対するごく自然な畏敬の思いが感じられた。
「視察が終わったら、そのまま直接お伺いする予定だったのですが、すれ違いにならなくて良かったです」
「もうそんな時間だったのか?」
篤紫が慌てて腰元のスマートフォンを見ると、まだ九時にもなっていなかった。
「ルー君、まだ早いよ。さっき十時だって言ってたのに。
それこそルー君とは少し前に、お城の前で別れたばっかだよ」
「それなのですが、連絡が手元で出来るようになったおかげで、出先の騎士達との連絡が円滑になって、効率がすごく上がったのです。
実はこれでも、いつもよりもゆっくりと視察しているのですよ。状況の把握がしやすくなって、時間に余裕ができました。
この魂樹という魔道具は、素晴らしいですね」
ふくれっ面の夏梛に笑顔で答えていたルーファウスは、ふと魔道コンロに気がついたようだ。篤紫と夏梛に一言、断りを入れると、一生懸命に操作をしているユーイチ一家に近づいていった。
すぐ側まで寄ったところでユージが気がついて、慌ててユーイチとアカツキを横に引っ張って、揃って頭を下げた。
「ごめんなさい。その魔道コンロを動かしている様子を、近くで見たかっただけなのですが。
……待ってください、お顔が篤紫さんとそっくりじゃないですか」
「いえ……気がつくのが遅れて、申し訳ありませ……えっ?」
言葉の途中で、下から顔を覗き込まれて、ユーイチが明らかに固まった。いやしかし、あの三人は今日はよく固まるな。逆に気の毒になってきた。
「ここの料理が美味しいと聞いていましたが、納得しました。復興した折には、食事に寄らせてもらいますね」
さらにプレッシャーをかけていくルーファウスに、ユーイチは完全に涙目になっていた。悪意が全くない、天然の煽りだなこれは。
そのまま三人に顔を上げるように告げると、ルーファウスは篤紫に向き直った。
「この魔道コンロは、篤紫さんが作られたのですか?」
「ああ。土台は夏梛が造ってくれて、魔術を描き込んだのは俺だよ。魔術文字は、摩耗しないようにあえて見えないようにしてある」
「触ってみたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「所有者と依頼者は、そっちのユーイチさんだけど、大丈夫じゃないかな」
「ユーイチさん、少し触らせて貰いますね」
「は、はいいぃぃぃ――」
ルーファウスは、そろそろ限界のユーイチに笑顔でとどめを刺すと、篤紫に使い方を聞いてからさっそく動かし始めた。
「……ルー君、容赦ないね」
「ははは、あれは悪意が無いからな。天然だよ」
ルーファウスは、魔石の脱着から始まって、点火、消火、炎の強弱まで一通り操作すると、大きく感嘆のため息を漏らした。
「これって魔術なんですよね。こんなに細かい挙動まで制御できるのには、びっくりです。
私の知っている魔道具とは、ぜんぜん動きが違います。魔力も得られましたし、この後魔術の法則をしっかりと教えていただきたいです」
その、ルーファウスの言葉に、周りのざわめきが消えた。しんと静まり返った中で、息づかいの音がやけに大きく聞こえる。
「……ルーファウス様、人間族を辞められたのでしょうか……?」
観客の一人が、おずおずと聞いてくる。周りの面々も気になるのか、じっとルーファウスに注目している。
「父上からの正式な発表の後になりますが、国民全員が魔力を取得できるようになります。
これからは、魔族の方々ただけでは無く全ての人が、魔法を使うことが出来るようになるでしょう。ただ国としての方針は変わりません。
全種族が手を取り合って、ドラゴンの脅威から国を守ることに、今後ごも助力をお願いします」
すっと、頭を下げる。
その瞬間、民衆が沸いた。
それも一瞬のことで、全員が一斉に片膝をつき、ルーファウスに対して臣下の礼をした。ルーファウスが頭を上げると、再び辺りは歓喜に沸き上がった。
「やっぱりルー君すごいね」
「そうだな。統治者としては、現国王よりも優秀だろうよ」
そんな次期国王は、沸き上がる自国の民を見ながら、幸せそうな笑みを浮かべていた。
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