五十一話 新生魔道コンロ

 せっかく作り直すのなら、壊れにくくかつ料理をしやすいコンロにしたい。料理人向けに、火力強めで。

 そんなイメージで、図面を描いてみたのだけれど……。


「ねえ、おとうさん? 絵が下手すぎて、何を書いてあるのか分からないよ。

 昔から絵心無いのは知っていたけど、これ無理だよ?」

「……マジで?」

 そう。何を隠そう、篤紫は絵を書くことが得意じゃなかったりする。スマートフォンの画面に映っているのは、立体的ですらない歪な長方形だった。

 正直、書いた自分にも何を書いてあるのか理解できない。


 そもそも篤紫自身、魔道具を作るときには、いつもイメージをそのまま桃華に伝えていた。それを桃華が絵に書いたり、材料を考えてくれたりしていた。

 製図はそれなりにできるけれど、絵を書く機会はまず無かった。



「んーと……つまりあれだよね、この大理石? を二つに分割して、まず下に魔術を描き込むんだね。魔方陣と魔術回路を先に描くから、将来的に削れる心配は無いよね。

 そんで上側にはコンロの数だけ穴を開けて、横には空気が上手に流れるように穴開けしておけばいいのかな?」

「あ……うん。その通りなんだけど……なんで分かったんだ?」

 もう一度、絵を書こうと思ってスマートフォンを持っていた篤紫は、夏梛のイメージが思っていたものそのものだったことに、思わず呆けた顔を返してしまった。

 壊れた魔道コンロを触っていた夏梛は、そのまま魔法で半分に分けてしまう。後ろでユージとアカツキの驚く声が聞こえた。


「だって基本は、うちにもある家庭用魔道コンロと一緒でしょ? 料理屋さんって火力がいるイメージがあるから、空気の流れを作ってあげて、酸素を増やして火力をあげればいいんだよね」

 そのまま上の部分を、篤紫がイメージしていた形に変形させていく。穴を三つ開けて、見えないところに空気穴を開けていった。ついでに上の穴に合わせて、下部分に浅い窪みを付けたようだ。


 滑らかな魔法変形に、後ろの三人から感嘆のため息が漏れ出した。そのまま店主にお願いして、魔道コンロの上部分をずらして床に立てかけた。

 後ろが見えるようになったからか、夏梛がさらに造形を凝らしていた。

 そんな夏梛を見ていた篤紫は、子どもが親の知らないところで成長していることに、何だか嬉しくなった。


「しかし、そんな難しいことをよく知っていたな。魔導学園で習ったのか?」

「違うよ、学園じゃそんな難しいことは習わないよ。

 シーオマツモ王国に大図書館ってあるよね。あそこで麗奈おねーちゃんとカレラちゃんと一緒に、夜は毎日勉強していたからね。そこで色々覚えたんだよ。

 確か、百年分くらい時間使ったかな?」


 ん? なんだろう、いま聞こえてはいけない言葉が聞こえたぞ?


「待って、夏梛。今なんて? ほら、最後の」

「ん? 大図書館のことかな。

 だって、麗奈おねぇちゃんから色々学ぶのに、五年程度で足りるわけが無いよ。その点、大図書館の中なら、時間の流れが百分の一だから、いっぱい勉強できたよ。

 途中から時間の感覚がおかしくなったけどね」

 下に作った窪みの部分から排水用のラインを造りながら、夏梛が笑顔で説明してくれた。

 と言うことは、既に娘の方が年上になっている計算か……どうりで休暇で帰ってくるたびに成長していたわけだ。




 夏梛の魔法による変形が終わって、いよいよ篤紫の出番だ。

 コンロの魔道具、下の部分にわかりやすく窪みを作ってくれてあるので、それに合わせて魔術を描いていくことにする。


「麗奈おねぇちゃんが言っていたけど、いくら魔術言語が英語と一緒だからと言って、魔術を描きながら全部均等に同じ量の魔力を込めていく作業は、かなり難しいんだって。

 だから、おとうさんのことすごく褒めていたよ。ものすごいって。

 あたしも麗奈おねぇちゃんも、魔法の制御には自信はあるんだけどなぁ」

「そんなに魔術は難しくないんだが……そんなもんなのか?」

「あたしは魔術描くの無理だもん。そんなもんだよ」


 今回は魔術台や魔術布を使わないから、ダンジョンコア製の紫魔道ペンを使うことにする。まずは、火力を細かく調整できるように、側面に火力ボタンの絵を描き込んでいく。同時に千位の魔力も込めた。


「なあ、おじさん。下に布とか敷くんじゃ無いのか? この間ルーファウス様が魔道具作っていたときは、下に綺麗な模様の布を敷いていたぞ?」

 横で篤紫たちの作業を見ていたユージが、心配そうに声をかけてきた。

 魔術回路を繋ぐ前に、窪み三つと魔石を填める穴に魔方陣を描いた。


「確かに普通の魔道ペンは、魔術布を敷かないと描き込んだ文字自体がキャンセルされて消えるよ。

 今回の場合は、この特別な魔道ペンを使っているから、魔術布なしでも書き込めるんだよ」

「おじさんすげーな。っていうか、書くの早すぎるよ。もうそんなところまで書いたのかよ」

 ユージと話をしながら、魔術回路でそれぞれの装置を一通り繋いだ。あとは、魔術文を該当箇所に描き込んでいくだけだ。

 全員が固唾をのんで見守る中、さっそく描き始めることにした。



 今回の要は、火力調整が簡単にできること。上部の造形は、夏梛が完璧に作り込んでくれたので、それをきっちりと生かすようにする。


 まず、認識しやすいようにボタン九個に『Low』『Medium』『High』の文字を描き込む。これで単純に弱火と中火、強火の選択ができるようになる。

 火が立ち上がる魔方陣には、あえて燃焼装置の意味を込めて『Burner』の文字を描き込んだ。恐らく通常の『Fire』で立ち上るオレンジ色の火じゃなく、温度が高い青い炎が立ち上るはずだ。

 これで、基本的な部分は完成した。


 あとは細かい動作を記述していく。

 まず、ボタンの火力範囲は、Lowが五から二十パーセント。Mediumが二十五から六十五パーセント。Highは七十から百パーセントの出力が出るように記述する。


Firepower is adjusted with the following values, low 5 to 20%, medium 25 to 65%, high 70 to 100%.


 これで、ボタンを押したときの火力イメージで、細かい調整ができるはずだ。今までは固定した火だから、煮込み料理なんかだと、かなり無駄な魔力を消費していたはず。魔石も節約できるんじゃないかな。


 それから、魔道コンロ自体が熱くならないように、魔道コンロ自体を冷たく保つようにする。


The magic stove is always kept at room temperature except for the burning part.


 材質が大理石のような石だから、一度熱くなると触れることすらできなくなるはず。いくら魔法の炎だからって、普通に熱は伝わるからね。

 あとは使うのがプロの人だから、焦げ付き防止とか温度管理とかは必要なさそうだな。


「夏梛、なにか他に必要そうな機能ってあるかな?」

「あのね、そもそもいま何を描いたのかすら、分かっていないんだよ? それは、本職の人に聞いた方がいいと思うよ。

 でも、おとうさんが魔術を描き込んでいるの、初めて見たけど、もの凄い速さで描くんだね。淡く輝いているから、記述が成功しているんだろうけど、ほんっとデタラメだよ」

 夏梛に言われて依頼者三人を見ると、面白いほどに目を見開いていた。


「……えっと、店主さん?」

「あ、はい。私はユーイチと申します。名乗り遅れました。

 そそそ、それで……な、何でしょう?」

「そういえば、自己紹介していなかったか。俺は篤紫で、娘の夏梛です。

 それで何か魔道コンロに追加で求める機能ってあるのかな?」

 今さらながら、自己紹介なんてものをしていた。

 店主――ユーイチはしばらく思案すると、魔道コンロを眺めて遠慮がちに呟いた。


「機能……ですか。月並みですが、多少の火力が調整できるとありがたいですね」

「あ、それは大丈夫。もう描き込んである」

「えっ……」

「ん?」

 再び固まるユーイチ。今日はこればっかりだな。


 後ろで見ていたアカツキが、おずおずといった様子で手を上げてきた。

「あのね、それだったら夏場とかでも、コンロ自体が熱くならないようにできるのかな?」

「あ、それももうやってあるよ」

「ええっ……」

「んん?」

「……おじさん、滅茶苦茶だよ」

 アカツキも固まり、隣のユージが苦笑いし出した。


 結局、他に必要な機能は無さそうだったので、篤紫とユーイチとで再び立てかけてあった魔道コンロの上側を元の位置に戻した。


 さて、着火試験だ。

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