五十話 同じ顔は三つある?

 二人に案内されて向かった先は、地竜が通過した跡に近い場所だった。

 店は半分ほど崩れていて、コンロは無事だった方に置かれているようだ。もっとも、建物が半分でも崩れていれば、中のものが無事であるわけがなく、既に瓦礫は撤去されているものの、室内は酷い有様だった。


「ねえ、その格好ってこだわりなの? 暑くないの?」

「ね、姉ちゃん……」

 案内された先で、篤紫は厳しい世間の目を味わっていた。


「いっつもそう。魔法使いの人たちって、みんな変な格好の人が多いのよね。だいたいが長ったらしいローブを着ていて、無駄に格好つけて歩くのよ。

 あんたの場合は、黒いロングコートだから余計に変わっているわね。見て分かると思うけど、今は夏なのよ? 自分の姿を鏡で見たことないの?」

「あ、あのさ……姉ちゃん言い過ぎだって……」

「…………」

 目の前の少女――名前はアカツキだって、ユージから聞いた――は、一切の妥協も赦さないようだ。申し訳なさそうなユージの顔に、篤紫の方が申し訳なくなってきた。


「そんなんだからモテないのよ。どうせ独身なんでしょ……って、なんで? 一丁前に結婚指輪してるじゃない。嘘でしょ……」

 あー、この国って結婚指輪の風習があるんだ。

 そんなことを思いながら、篤紫はアカツキから視線を外して辺りを見回した。


 復興自体は、かなりの速さで進んでいた。

 瓦礫自体は昨日のうちに全て、家に積み上げるためのブロックに作り替えられていた。人間族と魔族が協力して作業したときの、恐ろしいまでの作業効率が垣間見えた気がした。

 ただ心配なのが今後、魂樹を導入することで人間族も魔力を得られることか。もしかしたらこの先、今の人間族と魔族の関係が変わるかもしれない。それだけは懸念していた。


「ちょっと、いい歳してシカト? だいたいもう少し服装に気を使いなさいよ、そんなんじゃ子どもができたときに、まともに育たないわよ」

 もうユージは、暴走した姉を止められない事を気にしてか、泣きそうな顔で篤紫とアカツキを交互に見ていた。


 しかし、どうしてここまでアカツキに貶されるのだろうか。会ったのは今朝が初めてだし、篤紫たちの前世は根本的な部分でこの世界の住人じゃない。

 そもそも篤紫自身が、死んでも決して滅びない存在になっているので、生まれ変わったりすることはまず不可能だ。


 そんなことを考えながら、ふとこの後にコンロを直しに行く料理店を見たら……いた。

 自分が。


 髪の色が金色で、篤紫よりもだいぶ体格がいいけれど、篤紫と全く同じ顔の男がこっちを心配そうに見ていた。服装も何となく似ていて、丈の長い白のコックコートを着ている。唯一、眼鏡をかけていないのが違う点か。

 世界には、自分と同じ顔の人が三人はいる、と言われているけれど、いざ直接目にすると、なんとも言えない複雑な気持ちになった。


 あ、ユージが駆けていった。つまりあの人が、アカツキの父親でもあるのか。


「あんたって、本っ当にいい性格しているわね。人が話しかけているのに、一切聞く耳を持たないのね。

 そんなんだから、奥さんに逃げられるのよ」

「……あ、いたいた。おとうさーん」

 いよいよ、桃華にも逃げられた設定になったんだ……。そんなことをぼんやりと考えていたら、さっきここまで来た道から夏梛が駆けてきた。

 夏梛は近づいてくるなり、露骨に眉間にしわを寄せた。


「え……ちょっと、なんでこんな所で黄昏れてるのよ?

 家に寄ったら、おかあさんが探していたよ。なんか水晶竜? さんの所に行くって言ってた。あとルーファウス王子からも伝言で、少し早めの十時頃に伺う、だって。

 あたし、伝言板じゃないんだけどな」

「……あー、それで、夏梛はどうしてここに?」

「今日一日はおとうさんの助手やりなさい、だって。おかあさんに言われた。

 それに、絶対に何かトラブルに巻き込まれているはずだって、おかあさんが心配してたよ?」

 確かに、意味不明なトラブルには遭っているな。

 そのトラブルの元は、夏梛が来たことでしばらく口を開けて呆けていたけれど、いきなり首を振るとまじまじと夏梛を見つめた。


「な、ななな、なんなのこの超絶な美少女は? まさか、あんたの娘だなんて言うつもりはないよね?」

「ちょっと待って。おとうさんを『あんた』呼びするあなたこそ、一体何なの?

 あたしは胸を張って言えるけど、おとうさんの娘よ。何か文句あるの?」

「はあ? ぜっんっぜん似てないよ。替え子じゃないの?」

「……訂正しなさいよ。あたしはいいけど、おとうさんを貶すことは絶対に許さない」

 夏梛の魔力が動きだしたのが分かった。

 地面が小刻みに揺れ始め、空気が一気に冷たくなった。からっと晴れていた空が、瞬く間に厚い雲に覆われた。ちらほらと雪が舞い始める。

 さすがにアカツキも言い過ぎたことに気づいたのか、両手を口に当てて目を見開いた。


 さらに夏梛の周囲に鬼火のような青い焔が舞い始める。


「待て、夏梛ストップ。それ以上はやっちゃ駄目だ」

 慌てて篤紫は夏梛の前に行って、正面からギュッと抱きしめた。腕の中で、強張っていた夏梛が力を抜いたのが分かった。


「おとう……さん?」

「彼女にも事情があると思うんだ。ほら見て、あそこの崩れた料理屋に、俺に似た顔の人がいるだろう?

 たぶん、無意識に存在を重ねているだけなんだよ」

「……えっ、なにあれ。おとうさんと顔が全く一緒じゃん。

 何あれ、キモっ」

 雪が、細かい霧のような雨に変わる。夏梛が魔力の解放をやめたことで、厚く空を覆っていた雲が、日に当てられて一気に霧散していった。

 凍えるように寒くなっていた空気も、やんわりと暖かくなった。


 そして篤紫は、再びその場で崩れ落ちた。




 気を取り直して店に向かうと、ユージと店主が頭を下げてきた。

「娘がすみません。

 男手一つで育てたせいか、気の強い子に育ってしまいまして……ただ、責任は私にあります。本当に申し訳なかった」

 思わず、篤紫と夏梛は顔を見合わせた。篤紫も自分と同じ顔に謝られると、なんともいたたまれない気持ちになる。そもそも、篤紫自身言われた言葉は、それ程気にしていなかった。何年もずっと、夏梛に言われ続けていたからね。


 篤紫と夏梛の後ろには、今にも泣きそうな顔をしたアカツキが、大人しく立っていた。

 おそらく、言い過ぎていたことに気付いたのだと思う。口を一文字に結んで、だんまりを決め込んでいた。


 しかし、この店主は俺の顔に気付いていないのか?

 篤紫はかけていた眼鏡を外すと、店主に顔を上げて貰った。


「店主さん、俺の顔をよく見て貰ってもいいか? 何か気付かないか?」

 最初は、何を言われたのか分からなかった店主は、あらためて篤紫の顔を見た。そして見る見る間に驚きに目を見開いた。自然に、口もポカーンと開いていく。


「え、待ってよ……眼鏡外すとおじさんの顔、父ちゃんと一緒だよ? えっえっなんで?」

「眼鏡かけてるだけで、イメージが変わるんだよな」

 ユージが驚く中、アカツキは自分が何であんなに突っかかっていたのか気づき、小さな声で謝ってきた。本当は素直で優しい子なんだと思った。子どもにとって謝ることって、すごく難しいことだからね。


 篤紫は振り返ると、首を横に振って、思わずアカツキの頭に手を置いていた。アカツキは恥ずかしそうに顔をほころばせていた。

「うわっ、おとうさん。やっぱりキモっ」

 横を見ると夏梛が唇を尖らせていたので、同じように頭に手を置いたら、満足そうな笑顔になった。

 年頃の女の子って、難しいよね。


 結局、篤紫が眼鏡をかけてもしばらくの間、店主は呆けたまま戻ってこなかった。いったい、どんだけダメージ受けてるんだよ。




 問題の魔道コンロは、半分崩れた店舗兼住宅の一階の奥にあった。

 土台となる長方形の形をした石の上に、大理石のような材質の石が乗せてあって、それが問題の魔道具のようだ。


「飛んできた瓦礫のせいで、魔道コンロに傷が付いてしまって、それで動かなくなってしまったのです。

 なんとか、直りそうですかね……」

「ああ、ちょっと手を加えた方がよさそうかな」


 魔道コンロの構造は簡単な物だった。

 鍋をのせる場所には魔方陣が描かれていて、魔術文字が描かれていた。そこには短く『Fier』とだけ描かれている。


 その魔方陣から手前に、魔術回路とよんでいる線が描かれていて、魔石を填める窪みの魔方陣に繋げられていた。

 魔石を填めると魔力が供給されて、先にある魔方陣から火が燃え上がる単純な魔術式だった。


 その魔方陣と魔法回路に、たくさんの削れた跡があって、魔力の供給が断たれている。さらに魔方陣自体の傷も多くて、そもそも発動できなくなっていた。


「夏梛は、土魔法でこの上にある石を上下二つに分けることができる?」

「うん、できるよ。ただの石だから、簡単に魔法でできるかな」

「よし、それじゃあ――」


 篤紫は腰元のスマートフォンを掴むと、お絵かきアプリを起動させて、新しく作り直すコンロの図面を書き始めた。

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