四十九話 白崎魔道具店(パース出張店)
パース王国をぐるりと囲っている城壁の向こうから、朝日が顔を出してきた。少し肌寒い朝の空気を吸い込んで、篤紫は大きく伸びをした。
さすがに早朝だけあって、目の前の通りは閑散としていた。と言っても、家々からは煙が立ち上っていて、既にたくさんの人が起きていることが分かる。
腰元のスマートフォンをたぐり寄せると、時刻はまだ五時だった。
パース城の隣にある建物を、ガイウスに報酬として無理矢理押しつけられた。せっかくなのでその赤煉瓦の洋館を収納して、馬車を取りだして天使コマイナに商館に戻して貰った……までが昨日の夜の話だった。
洋館が収納できたことには驚きだったけど、この拡張収納の収納能力に関しては出来るというイメージと、消費する魔力の問題だけらしい。
篤紫の後ろには、パース王国の街並みにはない、白壁の大きな商館が建っている。その正面入り口の上には、白崎魔道具店と大きく書かれた看板が、しっかりとお店であることを主張していた。
もっとも、商品はまだ何もない。旅に出てからずっと冒険まがいのことをしていたから、売るための魔道具を作っている時間が無かった。というのは言い訳で、何だかんだ言って冒険自体が楽しかった。
さて、肝心の魔道具に関しては現地の需要もあるので、通常現地入りしてから、市場調査をする必用がある。その辺を省くために今日の午前中に、パース王国の王子であるルーファウスが来て、一緒に魔道具を作る手はずになっていた。
ちなみに、桃華はパース王国をしっかり観光したいそうで、最長で一月ほど滞在することになった。本音の部分は、復興の手助けがしたいようだ。
急いだ旅でもないし、娘たちも王女のレティスが歳が近いと言うこともあって、しっかりと仲良くなったようだ。昨日はあの後四人プラス二匹が一緒のベッドで就寝したらしい。オルフェナとミュシュは、完全にマスコット扱いだった。
ちなみにタカヒロはロディックの家にお世話になり、シズカとユリネも王妃のセイラとだいぶ夜更かしをしたみたいだ。
「篤紫様。朝食の準備ができたので、桃華様を起こしてきてくれませんか?」
声に振り返ると、背中に二対の翼が生えた少女が笑顔で佇んでいた。頭の上には、光の輪が浮かんでいる。輪が発している光が、紫色の髪を柔らかく照らしていた。
白と黒を基調とした丈長のメイド服を着た姿は、思いの外似合っている。ただサイズが合っていないのか、若干ぶかぶかに見えた。
天使コマイナは天使(?)になったことで種族が変わって、それに合わせてか体が徐々に成長していた。
妖精コマイナだった頃は二十センチ程だった身長が、天使コマイナになってから日を追うごとにに大きくなってきていた。今は、身長は百センチ程あるだろうか。このまま伸びていって、いずれは桃華と同じ身長までは大きくなりそうだ。
「ありがとう、コマイナ。桃華はまだ寝ているのか?」
「はい。たまには寝坊してみたいと言っていたので、未だに夢の中だと思いますよ。
あの後、やっぱり寝られなかったみたいで、もう一度、水晶竜と話をすると言って、夜中に出て行きましたから」
「ああ、あの変化は想定外だったからな……」
魂地化した水晶竜は、その形を大きく変化させた。
高さ五メートルはあった体高は、光を発しながら縮んでいって、最終的に一メートルほどの大きさに落ち着いた。無色透明な魔原石でできた体は、眼球の部分だけ真っ赤に染まっていた。
威圧感があった大きいドラゴンが、こぢんまりとしたドラゴンに変わったことで、桃華の琴線に触れたらしい。連れて行くと言い出したときには、全員の動きがしばらく止まった。
何とか言い聞かせたものの、桃華はしばらくその場に居座った。そんな桃華に、さすがの水晶竜も困惑を隠せないでいた。
確か一緒にベッドで横になったはずだけど結局、篤紫が寝た後で、再び会いに行ったと言うことか。
「帰ってきたのが朝方だったので、そのまま寝かせてあげてもいいのですが」
「まあ、たまにはいいんじゃないかな。もしお腹がすいた場合でも、キャリーバッグの中に食べるものがあるだろうし」
「わかりました。ゆっくりと寝かせてあげることにしますね」
「ああ、お願いするよ。コマイナも無理にメイドをしなくてもいいんだからな」
「メイドは体が大きくなって、一番やりたかったことなんです。
ですから、今すごく幸せなんですよ」
確かに妖精の身長だと、できることがほとんどなかった。いつもダンジョンコアとしてダンジョンの管理はして貰っていたけれど、それ以外のときはじっと何ができるでもなく佇んでいた記憶がある。
天使コマイナ――もう、天使を外すか。コマイナが作ってくれた朝食は、篤紫の好みに合わせてか、和食が用意されていた。
ご飯に味噌汁。焼き魚に納豆まである。卵焼きは出汁が効いていて、根菜の煮物はあっさりとした醤油味だった。極めつけは、海藻のお浸しが用意されていたことか。
「美味いな……」
思わず言葉が口から漏れていた。
欧州好きの桃華は、料理も洋食が多い。和食を作ってくれる時も、どこかアレンジがされた準和食だった。正直美味しいのだけど、たまにちゃんとした和食が食べたくなる。そんな時は、自分で作ったりもしていた。
コマイナが作ってくれた料理は、完全なる和食だった。
「篤紫様のお口に合ったようで、何よりです。
これで、私がこの世に生を受けてからやりたかったことが、一つ叶いました。本当は、桃華様にも食べて貰いたかったのですが、それはまたの機会です」
本当に嬉しそうに告げながら、コマイナも自分の椅子に腰をかけて食事を取り始めた。
朝の、優しいひとときが流れていった。
食事も終えて、午前中は市場調査に向かうことにした。
昨日は大通りを通って一通り街並みを見たけれど、結局販売者目線しか見えなかった。ドラゴンの襲撃の後で、いつもの活気がなかったというのも、もしかしたらあるかもしれない。
ただ、魔道具に関するお店は一件もなかった。魔道具の制作はルーファウスが頑張っていたようだけど、やっぱり数が作れないのが悩みだったようだ。しばらく白崎魔道具店を出店する話をしたら、ガイウスが大喜びしていたっけ。
「……ん? 男の子?」
玄関を出ると、商館の前で男の子が看板を見上げていた。口を一文字に結び、何かに悩んでいるのか、険しい顔をしている。
男の子は、商館から出てきた篤紫に気がつくと、一転顔が喜色一面に変わった。
「なあ、おじさんはここの店の人なのか?」
「そうだよ。まだ商品は無いんだけどな」
玄関先の階段を下りた篤紫は、男の子の側に歩み寄ると、視線を同じにするためにしゃがみ込んだ。
「じゃあさ、じゃあさ。魔道具って直すことができるのか? うちの魔道具がさ、動かなくなったんだ。ここまで持ってくれば、見て貰えるんか?」
「たぶん直せるはずだよ。ちなみに、何が壊れたんだ?」
「コンロだよ。うち料理屋でさ、昨日炊き出ししようと思ったら、全然動かなかったんだよ。
ドラゴンが来たときに店が崩れていて、みんなに掘り起こして貰ったんだけど、あっちこっち傷だらけになっていたんだ」
男と子は大きな身振り手振りで、一生懸命説明してきた。それが何だかとっても可愛らしくて、思わず男の子の頭に手を置いていた。
「大丈夫だ、それなら直せるよ」
「ほんとか? 姉ちゃんと一緒に来てるんだ、今呼ん――」
『ユージ! 走らないでって言ったじゃない』
言いかけた男の子――ユージの顔が一瞬で真っ青になった。ぎこちない動きで声がした方に顔を向けた。そこには、腰に手を当てて仁王立ちしている少女が、ユージのことを睨んでいた。
「あのね、ルーファウス様だって忙しいんだから、今日は面会の約束を取るだけなのよ。すぐに直るわけじゃないんだから。
時間の都合も聞いて、あらためてコンロを持ち込まないといけないのよ。
それに、慌てて走ると他の人にぶつかるから、走ったら駄目だって言われているじゃない!」
「ね……姉ちゃん聞いてよ。魔道具屋さんがあったんだよ。それも、すぐに直してくれるってさ」
「そんな美味しい話あるわけないじゃない。だいたい、この国に魔道具屋がない事なんて、路地裏のネズミですら知っていることなのよ?
だから、ルーファウス様が一生懸命研究されてるんだから。
慌てるからその人にぶつかったんでしょ、ちゃんと謝りなさい」
「違うよ、このおじさんが魔道具屋さんの人なんだよ。
ねえほら、上の看板見てよ」
「誤魔化そうって思っても、そんなのに騙されないんだからね。
そんな訳ないじゃ……えっ」
そこでやっと、少女の目に看板の文字が入ったようだ。見上げた格好のまま、大口を開けて固まった。
「……ほ、ほんとだ」
「だろ、オレの言ったとおりじゃんか。
ちゃんとうちの店にあるコンロを直してくれるって、約束してくれてるんだぜ。
なっ、おじさん?」
篤紫はもう一度ユージの頭に手を置いてしっかりと頷くと、立ち上がって少女の方を向いた。
「ああ。白崎魔道具店へようこそ」
「えっ……キモっ」
……何でだよっ。
篤紫はその場に崩れ落ちた。
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