四十八話 水晶竜

 ガイウスが唖然とする中、動き出した竜の魔晶石は、目を開けた状態でじっと篤紫を見据えた。篤紫は銃口を向けたまま、しばらく睨んでいたものの、大きなため息をついて銃口を外した。

 そのまま、ホルスターに格納すると、ボタンで固定した。


『すまなかったな。今までずっと気付かれなかったんだが……おぬしクラスの化け物には、さすがに誤魔化せんな』

「まて、化け物って何だよ」

 警戒されないようにか、ゆっくりと首を動かして三人を見回した竜の魔晶石は、再び篤紫の正面に顔を持ってきた。


『化け物は化け物だろうよ。そこのおなごと合わせて、恐ろしいほどの神力を持っておる。今はどういうわけか、しっかりと押さえておるようだがな』

「わかるのか? いや、展開しないとわからないんじゃないのか?」

 篤紫の言葉に、竜の魔晶石はその大きな首を少し傾げた。


『何のことを言っているのか分からぬが、その神力は体に染みついた匂いみたいなものだ。おぬしが何をしようが変わらぬ。

 そもそもが、その妙ななりになる前、部屋に入ってきたときから気づいておる。そのせいで、わらわも気づかれたのだが……』


 それで、近づいたときに少し薄目を開けたのか。おそらく、何者が来たのか気になったという所か。そもそもが、この竜の魔晶石からは敵意のようなものは一切感じられない。

 篤紫と桃華は顔を見合わせた。そしてどちらともなく変身を解除した。桃華が再び簡素な姿に戻ったことで、固まっていたガイウスが思い出したかのように動き出した。


「お、おい。あんたら今何をやったんだ? いきなり姿が変わったじゃないか。そんな魔道具も魔法も見たことがないんだが」

『のうパースの末裔。おぬしはもう少し落ち着かんか。

 せっかく喋れるまでに魔力を 補充してくれた輩に、余り物言いはしたくないのだが、おぬしとて神級の魔道具を受け取っておるではないか。

 多少姿形が変わった程度で、いちいち騒ぐでない』

「……す、スミマセン」

 口調は変わらないものの、竜の魔晶石が一喝すると、ガイウスは竜の魔晶石に跪いて頭を垂れた。

 流れるような動きに、篤紫と桃華は思わず笑みを漏らしていた。


『やはり、水晶竜として恐れられたわらわの神気でも、おぬしらは顔色一つ変えぬのだな。それがおぬしらの器というわけだ。

 もっとも、その辺りは格別気にする必要は無かろう』

 竜の魔晶石――水晶竜は、再びガイウスに顔を向けた。


『パースの末裔に直接の非はないのだが、おぬしの先祖にわらわは約定を反故にされておる。

 この部屋で生け贄を貰う代わりに、この国を守ると言うものだったのだが……結果的に似たような現象は起こせておったようだがな』

「ちょっと待て、生け贄って何だよ」

 さすがに聞き捨てならない言葉が聞こえて、篤紫は眉をひそめた。再び水晶竜の首が篤紫に向いた。

 視界の隅で、ガイウスの肩が動揺したように動いたのが見えた。


『言い方は悪いが、別に取って喰ったりするわけでは無い。

 生け贄としてわらわと契約することで、魔力的な繋がりを作るだけだ。そして生け贄から魔力の供給を受けることで、国を守る力とする。生け贄は国の中にいる限り、行動自体は自由だ。ただ常に、魔力が消費されるがな。

 もっとも、国壁の外に出ても構わんが、その場合は国を守れなくなる。生け贄が国壁から出たことは無かったが』

 待って、どこかで似たような話を聞いたことがなかったか?

 桃華を見ると、何かに気付いたらしい。篤紫が口を開きかけたところで、跪いていたガイウスが動いた。


「待ってくれ、オレが先王から聞いた話と違うぞ。

 魔力だけ供給していれば、国の守りは堅いと聞いた。今回はたまたま魔族の者がいなくて、補充に間に合わなかったんだ。

 生け贄と契約なんて、文献にも残っていなかったぞ。

 いや、そもそもがやり方を間違えていたのか……?」

『なんだおぬし、何か問題があったのか?

 わらわの意識が飛んでいる間に、何かあったのかい』

 ガイウスが昼間起こったことを話すと、水晶竜は露骨に眉をひそめた。


 そうして話をすり合わせたところ、色々なことが判明した。


 水晶竜がここに住み着いてから、徐々に水晶竜に補充される魔力が少なくなっていったようだ。ちなみに、いつから減りだしたのか聞いたら、二千年くらい前から徐々に、と言っていた。スケールが違いすぎる。


 水晶竜の移住で、もともとこの地方の小さな集落だったものが、周囲の集落を吸収しながら飛躍的に発展することになる。

 程なくして、パース王国が建国された。

 パース王国三千年の歴史の中でも、人間族の増加と、少なくなっていく魔族の人口は常に喫緊の課題だった。国としては、人間族であっても魔族であっても、義務も権利も平等に扱ってきた。その結果、篤紫たちが見てきた人間族も魔力も手を取り合って暮らす理想の国には成ったけれど、ただただ魔族の出生率だけはどうしても上がらなかった。


 既に近隣には魔族の集落が無い。隣国は遠い上に、完全に人間族のみの国だった。

 結果的に世代が変わるごとに生け贄のなり手が減っていき、いつしか生け贄の意味合いが変わって、禁忌とされるようになった。それでも最低限の防衛のために、魔力の補充だけは続けてきたようだ。



 対して、水晶竜はもともとドラゴンの住処を守る、旧世代のソウルコアのような役目を担っていた。その時点で魔晶石ではなく、その上位の魔源晶石だ。

 そして自然に意思を持つようになった、奇跡の魔源晶石だった。


 ただいかんせん意思を持っていると、色々考えるようになる。

 当時の住処がアウスティリア大陸のど真ん中で、もの凄く暑いところだった。さすがに魔石生命体といえど、暑いのは我慢ならない。周りの魔素とドラゴンからの魔力を受けながら、次第に灼熱地からの脱出を考えるようになった。

 そもそも、ドラゴンの住処に障壁を張るだけしかすることがない。


 ちょうど散歩に出かけたときに、初代パース王と邂逅した。その縁で、この地に移ってくることができた。今の場所が涼しく快適で、気がついたら三千年経っていたそうだ。

 ただ、ここには魔素溜まりが無いため、自然に魔力が補充されることが無い。魔源晶石である水晶竜は、自ら魔力を生成することができなかった。そこで、国を守る代わりに、生け贄から魔力を受け取る約束になっていたのだとか。


 ただ定期的にドラゴンが襲撃してくるのも、ドラゴンから見て要となる水晶竜が盗まれたと思っている可能性が出てきた。そうすると、来襲するドラゴンの前後関係につじつまが合う。

 水晶竜もそこまで考えていなかったらしい。



『ドラゴンらは、基本的に会話ができないからな。襲って来る輩を返り討ちにすることは、正当防衛でもあり全く問題ないであろう。

 ただ、ここにいて迷惑をかけていたのはわらわの方だったのか。

 なんとも……悩ましいことだな』

「いや、そんなことは無えぞ。ずっと助けて貰っていたんだ、今さら迷惑なんて無粋なこた言わねえよ。

 魂樹ができて、誰でも魔力が補充できるようになったんだ。きっと何とかなるだろうよ」

「あー、そのことなんだけど――」

 篤紫が声をかけると、感傷的になっていたガイウスと水晶竜が、全く同じ速度で首を向けてきた。

 さすがの篤紫も、水晶竜の首の動きにはびっくりして、背中に衝撃が走った。水晶竜の顔、大きいもんな。怖いんだよ。


「水晶竜は今でも魔源晶石なんだよな?」

『そのことなら、その認識で間違っておらんよ。だからこそ、困っておる』

「分かった。ちなみに、この地に身を埋めるつもりはあるのか?」

『わらわがか? そうだな。願わくば、永久にここにいて、この国の民草を見続けてゆきたいと願ってやまぬな』

「お、おおぉ……」

 水晶竜の言葉に、ガイウスが感動に打ちのめされているようだった。

 そんなガイウスの腰元にあるスマートフォンを指さしながら、篤紫はゆっくりと、はっきりと告げた。


「今なら、ガイウスの魂樹を使って、一度だけ。魔源晶石である水晶竜を、魂地にすることができるよ。

 この場合、昼間にも説明した魂樹複製でできる。ただし、水晶竜は今後パース王国の魂地として、この国に根付き、それぞれの国民と死ぬまで繋がることになると思う。

 副次的に、魔力の供給も受けられるし、本当の意味で見守り続けることになる。

 ……とまあ、最初に想定していたものと違う形だけど、どうかな?」


 水晶竜が動かなければ、魔術を使って魔石を疑似融合させて、その上で魂地を作ればいいと思っていた。あとは、物理的に繋いで魔力を受け渡せるようにすれば万事解決だったのだけれど。

 それよりも、今の水晶竜が魂地になれば、諸々の問題が一気に解決すると思う。


『わらわはそれで構わん』

「オレも、それは願ったり叶ったりだな」


 ガイウスは、スマートフォンをたぐり寄せると、設定の項目から魂樹複製をタップした。そして、差し出してきた水晶竜の頭にそっと、スマートフォンを触れた。


 水晶竜が、優しく輝き始めた。

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