四十七話 初めての魔法
ガイウスはさっそく、ルーファウスに魔石を取り出すように催促した。渋々と取り出した魔石は、漆黒の魔石だった。
「父上、私の魔石に何をするのですか?」
「何って、やる事なんて一つしか無いだろう。これからこれと同じ物を複製するんだよ。
なんだ? お前はその魔石にそんなに未練があるのか」
「いえ……これは、兄からの預かり物。私の手柄ではありません。本来は、亡くなった兄上が所持するべき物です。
あの時の私は、成人すらしていなかったのですから……」
顔を伏せたルーファウスの頭に、ガイウスはそっと手を乗せた。
「いいか、ルーファウス。お前が責任を感じるのは勝手だが、お前を守り切ったマディウスが悲しむようなことは言うな。
王族が国民をドラゴンから守ることは、何を置いても優先させるべく宿命だ。マディウスはお前の背中にあった国民を守り切った。当時三歳のお前が必死で守りたかった物は、マディウスも一緒だ。
だから、誰が何と言おうと、その魔石はルーファウス。お前が継ぐべしマディウスの意思だ」
それにな――ガイウスは告げながら、手元のスマートフォンでルーファウスの魔石にそっと触れた。漆黒の魔石が淡く輝くと、歪だった形が板状に変わっていき、瞬く間にスマートフォンに変化した。
驚愕に目を見開いたルーファウスの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「お前が頑張って魔法の勉強をしていることは知っている。
そして、頑張って魔道具を作っていることもな。そのおかげで、たくさんの国民が豊かな生活を送れている。それは胸を張って誇るがいい。
お前の目指してきた、お前の進むべき頂が、その手のひらにちゃんと伝わってきたじゃないか」
言いながら、目配せしてくるガイウスに、篤紫は漏れそうになる苦笑いを必死で押さえるしかなかった。
「魔道具に関することだったら、教えてあげることができると思うよ。
しばらくこの国に滞在する予定だから、その間だけでもいいなら、その上を見せてあげられるかな」
「はい。はい……よろしく……お願いします」
顔を向けてきたルーファウスの顔は、目は真っ赤だったものの、晴れやかな笑顔だった。
つづけて、王妃の持つ魔石を魂樹複製でスマートフォンに変えた、ところまでは良かった。その後に王女――ルーファウスより二つ年下――に、今日倒した地竜から取り出した黄色の魔石を渡し、それに魂樹複製をかけたところで、ルーファウスの動きが止まった。
本来、成人の儀で苦労して倒したドラゴンから、魔石を取り出して初めて一人前だと思っていた。実際その認識は間違ってはいないのだけれど、その常識が目の前で脆く崩れ去った感覚に陥った。
「ち、父上……」
「ルーファウス。これからは危険な成人の儀は廃止することにした。
家族が不安で悲しい思いをする、過去の成人の儀は本日をもって終わりだ。もちろん、お祝いとしての成人の儀は大いにけっこうだ。
お前、魔法を使ってみろ。何が言いたいか分かるはずだ」
ルーファウスは呆気にとられていた。
突然のガイウスの言葉に、一瞬何を言われているのか分からなかったほどだ。ガイウスの隣に立っている篤紫に視線を向けると、笑顔で頷いてくれた。
これは……やるしかないのか……。
ルーファウスは手に持っていたスマートフォンをそっと手放した。スマートフォンはゆっくりと降下していき、自然と腰の横に浮かんだ。
これが……魂樹。
魔道具を作っていたからよく分かっている。これは、とんでもないものだ。
ルーファウスは人間族だ。魔力が無いから、魔道具を作る工程も魔術文字を描き込むまでしかできない。いつも宮廷魔術師をやっているエルフのお姉さんに、最後に魔力を込めて貰っていた。
この方法だと、魔道具の性能を半分しか引き出せないことは知っている。それだけ、魔道具の製作は難しい。
それに、魔法も人間族にとって夢の技術だった。
魔族と違って、人間族には魔力が一切無い。だから、いくら魔法について学んでも、使いたい魔法についてイメージしても、魔法が発現することは無かった。
ほら、こんな感じに――。
ルーファウスは、前に出した手のひらの上に、炎をイメージした。それも、橙色では無く青く煌めく炎。
体の芯から何か温かいものが、手のひらに向かって流れていくのが分かる。
「……えっ?」
果たして、ルーファウスの目の前で、青い炎が手のひらに現れた。揺らめくその炎の熱さに、とっさに手を払うと、青い炎はスッと空中に消えていった。
呆然と、振り払った手のひらを見つめた。少なくとも、さっきまで照らされていた顔は、焼けるほど熱かった。
これが、魔法……。
「やはり、ルーファウス。お前はすごいな。
ロディックですら、スマートフォンの中に入っているアプリを見ながら、ちょろっとした火を出すので精一杯だったぞ」
「ち、父上……今の魔法は、私が?」
「ああ、そうだぞ。ルーファウス、お前の力だ」
それだけ聞いてルーファウスは一歩下がると、ガイウスと篤紫、その隣にいた桃華に深く頭を下げる。振り返って、タカヒロ達にも頭を下げると、そのまま部屋を飛び出していった。
「いい笑顔だったわね」
「そうだな。きっと恩師にでも報告に向かったんだろう」
部屋では、王妃と王女もさっそくシズカ達に魔法を教わっていた。王妃にはシズカとユリネが、王女には夏梛とカレラとリメンシャーレが付いている。
と、隣でガイウスが深々と頭を下げていることに気がついた。慌てて頭を上げて貰う。
「ありがとう、本当にありがとう。
魔法は、ルーファウスの悲願だった。目の前で兄のマディウスを失ってから、力による対抗の限界を感じてか、魔法と魔術の研究に没頭するようになった。
だがいくら研究しても、いくら宮廷魔術師のマリエンヌに師事しても、魔力が無いオレたち人間族にはずっと魔法を使うことができなかった。
報告は、師匠のマリエンヌの所だろう」
人間族が魔法を使えるようになれば、世界は今よりもずっと平和になる。それは、この星のコアであるナナナシアの悲願だった。
「あとは、竜の魔晶石か」
「おいおい、もしかしてこれからやるのか? ルーファウスの奴は飛び出していったが、できればこれから夕食にでもしようかと思っていたんだが」
「そうね、その方がいいわね。いつもなら食べ始めている時間よ」
「あ……はい」
こうして、篤紫の主張はあっさりと却下された。
ちなみに夕食のメインは、やっぱりというかドラゴンステーキだった。
夕食の後、女性陣は再び集まって魔法話に花を咲かせていた。ちなみに夕食の時の自己紹介で、王妃はセイラ、王女はレティスという名前だと判明した。
せっかくなので、宰相のロディックにも魔法を覚えて貰うために、タカヒロに差し入れを持って向かって貰った。毎日遅くまで執務に励んでいるそうなので、たまには息抜きが必要だろう。
竜の魔晶石は玉座の裏、半地下になっている場所にあるようなので、途中までタカヒロと一緒に向かった。
ちなみに同伴者はガイウスと、珍しく桃華が付いてきていた。王妃の所に行かないのか聞いたら、笑顔で顔を横に振っていた。そう言えば、篤紫もそうだけど桃華も基本魔法は生活魔法しか使えないんだった。
「これが竜の魔晶石だな。今は魔力を充填してあるから、問題なく国の防衛ができている状態だ」
篤紫と桃華は、思わず首を傾げた。
大きさが小型の幌馬車ほどあるそれは、文字通り竜の魔晶石だった。まるで眠っているかのような、水晶の竜がそこに居た。きっかけがあればすぐにでも動き出しそうな、それ程までに精緻で細かい造形の竜だった。
ていうか、これはたぶんダメな奴だ。
ちらっと片目が開いたのが見えた。
篤紫は桃華に目配せすると、虹色魔道ペンに魔力を流した。淡い輝きとともに、深紫のロングコートの背中に三対の翼の模様が現れた。
「うおっ、なんだ?」
桃華も半袖長ズボンの散策スタイルから、深紫のロングドレスに変身した。ガイウスが突然のことに驚きの声を上げる。その桃華も背中にも、三対の翼の模様が描かれていた。
「ガイウス、やっぱり犯人はこいつだよ」
そう篤紫は告げると、ホルスターから魔道銃を抜いて竜の魔晶石に突きつけた。一瞬、竜の魔晶石が身じろぎしたのが分かった。
「犯人って、どういうこと――」
『まいった、わらわの負けだ。その物騒なものを下ろしてはくれないだろうか』
ガイウスの言葉を遮るかのように、突然、竜の魔晶石から声が聞こえてきた。
それまで身じろぎすらし無かった竜の魔晶石が、ゆっくりと動き出した。
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