四十六話 パース城

「ガイウスさん行っちゃったわね」

「新しい物が手に入ると、だいたいみんなあんな感じじゃないかな?

 騎士達だって、みんな前方不注意で転けていたし」

 机と椅子を桃華のキャリーバッグに収納して、二人で大きく背伸びをした。騎士達にじっくり説明していたからか、体が妙に凝り固まっていた。

 思わず同時にあくびも出て、二人してお腹を抱えて笑った。


「でもやっぱり、ここの国のみんなは強かで逞しいわね」

「ああ、本当にな。復興が早すぎる」

 二人で城に向かいながら、復興が進む街に感心していた。

 そろそろ日が傾いてきて、それぞれが家路についたり、家が壊れた人々は避難所に向かっていたりしている。


 ドラゴンが襲撃してきたのは今日の午前中。お昼前には片が付いたとは言え、それからまだ半日も経っていない。それなのに、街の復興は相当に進んでいた。

 まず、瓦礫がすべて再使用可能なレンガブロックに作り替えられていた。その上で基礎部分の枠組みと、簡単な区画整理は終わっている。道も均されていて、真ん中には敷き詰めるためのレンガが積み上げられていた。


 そんな街並みを眺めながらお城に着く頃には、周りがかなり暗くなっていた。


「そう言えば、みんなまだお城にいるのか?」

「連絡も何もなかったから、まだいると思うわよ。自信ないけれど……」

 相変わらず無人の城門を見上げた篤紫と桃華は、一瞬固まって、そのあと盛大なため息をついた。

 そこには大きな垂れ幕が張られていて、大きな文字で歓迎の意思が書かれていたのだけれど……。


『歓迎 救国の英雄 シロサキ家様 タナカ家様 歓迎』


 確か、最初に来たときには無かったと思う。城から離れていた間に、お城の誰かが作ったと推測できるけど、さすがにこれはないと思った。これで追加にパレードの話が来たりすれば、さすがに居たたまれなくなってくる。




「戦勝パレードの主役を、是非お願いし――」

「絶対に、お断りします」

「ほらな、やっぱりそう言うって言っただろうよ」

 お城の応接間で、篤紫は告げられた言葉を遮って断言していた。目の前では、顔に苦い笑いを張り付かせた宰相が、国王のガイウスに笑いながら肩を叩かれていた。



 城門をくぐった篤紫と桃華がその先にある天幕に近づくと、昼間にも話しかけてきた兵士に、再び話しかけられた。その兵士の案内で城に向かうと、暗闇にうっすらと浮かんでいる城は、相変わらず崩れたままだった。

 城の入り口の扉から中に入った先では、ガイウスと、見るからに宰相と呼ぶにふさわしい服装をした青年が、篤紫と桃華を待っていた。


 エントランスは、城の外見から考えると異様に狭いように感じた。天井の高さは目測で四メートル程か。入った空間は横幅五メートルで奥行きは十メートルくらいありそうだった。

 右側に地下に続く階段があり、その隣に扉が一枚ある。左側には両開きの扉があって、その隣にも扉が一枚あった。この配置だと、まっすぐ奥にある壁一面の巨大な扉が、恐らく謁見の間に続いているのだろう。


 エントランスに入ってすぐ左側にある、両開きの扉の部屋が応接室になっていて、篤紫と桃華はそこに通された。

 パレードは、その時に最初に告げられた言葉だった。


「わかりました。パレードは行わない方向で調整させていただきます。

 それから申し遅れました、宰相のロディックと申します」

「悪いな。これでも、国として感謝してるんだ。

 稀に遠方から来る冒険者は、一緒にドラゴンを倒してもらったときに、戦勝パレードを催すとすごく喜んでくれるんだよ」

「我が国には、冒険者のためのギルドがありませんから、戦勝パレードによって知名度が向上することで、国民からの仕事の依頼が来やすくなります。

 パース王国の騎士団窓口が、冒険者に対する仕事の仲介窓口を兼ねていますから、顔と名前が売れることで特に指名依頼が入りやすくなるのです」

「なるほど、戦勝パレードにはそんな理由があったんだな」


 確かに篤紫たちは旅人だけれど、特に冒険者のような仕事をしているわけではない。

 今回はたまたま、降りかかってきた火の粉を振り払っただけで、本来の目的は世界観光をすることだけだ。人気者になるメリットはほぼ無い。


「それでも、国を救ってくれた恩人には違いないんだよな。

 今回の襲撃は、過去に例のないほどの大規模なものだったから、国民の目もある。何もしないわけにはいかないんだ。

 せめてこの国に滞在している間は、寝食はこの城で取って貰いたい」

「他にも、何か無理のない範囲であれば、報酬としてお渡しできます。先にくつろいでいただいている皆様と相談して、後ほどにでもおっしゃっていただければと思っています」

「それなら、ガイウスさんにお願いした、エアーズロックの所有権だけでいいわよ。

 公式に認めておいて貰えれば、後ろ盾にはなるもの」

 桃華の発言に、宰相のロディックは露骨に顔をしかめた。


「本当にそれでいいのですか? 我々としては、そもそも内陸にそのようなものがあることを確認できないのです。

 所有権に関しましては、公式文章にしたためるとともに、隣国には通達文を送付すればいいので大きな問題は無いのですが……」

「それで問題ないわよね、篤紫さん?」

「逆にその方がありがたいよ。俺たちは旅人だから、目的である観光地をしっかり見られれば問題ないからね」


 通達に関しては、明日より冒険者対して依頼という形で、万が一を考慮して数回にわたって発注されるらしい。数回にわたって依頼が出るのは、魔獣襲撃による不達を防ぐため。街道は魔獣が出る地域は外れているけれど、それでも全く出没しないわけではなく、危険が伴う依頼だからだ。




 話が終わり、応接間を出て階段を下るとそこに、城があった。

 豪華絢爛なエントランスは、魔石照明の明かりで照らされていて、敷き詰め割れている絨毯は毛立ちが厚く、程よい弾力があった。天井は高く、真ん中には豪華なシャンデリアが吊されていた。


「この地下にあるのが、パース城の本城だ。

 そんで上にあるのはただの張りぼて。中に足場が組んであって、常時補修できる体勢になっている。この国は、基本的に地下都市が本体なんだが、そうはいっても人間日の光を浴びないと死んじまう。

 だから、日中における普段の生活は地上で行っているんだ」

 一緒に階段を下りてきた国王のガイウスが、隣でシャンデリアを見上げながら説明してくれた。国の運営はほぼ宰相のロディックに任せきりで、大抵は彼が謁見の間に隣接されている執務室で公務を担っているそうだ。


 後日、地上の城を内側から見せて貰ったのだけれど、本当に壁だけの張りぼて城だった。内側には外壁沿いに大がかりな足場が組まれていて、中から崩れた尖塔の補修が始まっていた。

 曰く、長年に渡りドラゴンの襲撃を受けてきたため、地上には必要最低限の建物しかないのだとか。どうりで、国民の避難がスムーズなわけだ。

 国全体も、外側を囲む大きな城壁より内側は、地上と同じ規模の大規模な地下都市が展開されているようだ。


 あと気づいたことは、地下が中途半端にダンジョン化されていたことくらいか。階段の途中から、足に踏み伝わる石の感覚が、歩き慣れたダンジョンの音に変わっていた。



 タカヒロやシズカは、そんなエントランスからほど近い、大きな客間でくつろいでいるところだった。中では王子のルーファウスを始め、王妃、王女が一緒に居て歓談をしているところだった。


「あっ。おとうさん、おかあさん。二人でどこに行っていたの?

 お城に案内されたら、おとうさんとおかあさんが居なくて、びっくりしたんだからね。無事で良かった……」

 篤紫と桃華に気づいた夏梛が、駆け寄ってくると桃華に抱きついた。

 そう言えば、何で城の外に出て行ったんだったか?


「父上、その腰元にある綺麗な板は何ですか?」

 ルーファウスがガイウスに近づく途中で気がついたようだ。そもそも、真っ赤な板が腰の横に浮いている状態は、普通に目立つ。

「ああ、こいつは……何だっけか。コンジュ? スマートフォン?

 名前がさっき聞いたばかりであやふやなんだが、いずれにせよこいつは、離れたところでも会話ができる、最新の魔道具だな」


 そう、自慢げにスマートフォンを掲げたガイウスの顔は、息子であるルーファウスの顔に苦笑いが浮かぶ程度に、いい笑顔だった。

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