四十五話 魂樹の複製

「魔獣は、基本的に自分たちの領域から出ることは少ないわ」

 桃華の言葉に、パース王の顔色が少し青くなった。


「もう、何百年も前からドラゴンと戦い続けているそうね」

「そうだな。このパース王国の初代が国の礎にしたのが、ドラゴンの魔晶石だと言われてる。そして防衛の要として守り続けてきた。

 ……まて……まさか、ずっとドラゴンの襲撃に悩まされて来た原因が、あの魔晶石だというのか?」

「さすがね、王様をやっているだけのことはあるわ。

 篤紫さんに調べて貰わないとはっきりとはわからないけれど、恐らくその魔晶石が原因だと思うわよ」

 パース王はその場に崩れ落ちそうになる体に、歯を食いしばって耐えた。三千年続くパース王国の歴史は、何らかの形で間違い続けていた。まだ可能性とはいえ、今回の襲撃で思い当たる節があまりにも多かった。


 防衛に使っている魔晶石の魔力が切れて、慌てて術士を呼んで魔力を充填させたのだけど、既にドラゴンの侵攻は始まっていた。それまでは数年に一度だけ、はぐれたドラゴンが飛来して、それでも大がかりな討伐隊で対応していたのだが。

 今回の規模はその比ではない、ドラゴンの数からして国が滅亡する程の規模だ。普段の訓練通り、国民は地下シェルターに避難させている。ここはどうやっても国民のため、負けるわけにはいかなかった。


「二つ目の質問なのだけど――」

 桃華の言葉に、考え込んでいたパース王の意識が戻ってくる。

「この国は、過去にソウルメモリーを使っていたことはあるかしら?」

「ソウルメモリー? なんなだそれは。聞いたこともないな」

 そもそもこのパース王国は、他国との交流が全くない国だった。海岸沿いの街道を一ヶ月ほど西に進んだ先にある国が、一番近い国だったはずだ。その国とも直接の交流はない。

 そもそもドラゴンに襲われ続ける国と、交流する国など無いだろう。


「それじゃ魂樹も?」

「ああ、もちろんないな」

「じゃあ、作っても大丈夫かしら?」

「何のことを言っているのかわからんが、国が発展し、国民の生活が向上するためならかまわんと思う。

 もっとも、今この窮地を脱出しない限り、そもそもが叶わないがな」

 顎に手を当てて何か考えている桃華に、パース王は苦笑いを漏らした。

 そもそも今は止まっているが、時間はまた動き出すものだ。その時に目の前の地竜を倒すことができなければ、何の未来もない。


「じゃあ、あれを倒したらちゃんと協力して貰うわよ?」

「ああ、約束しよう」

「ついでに、あの地竜も貰ってもいいかしら?」

「ああ、倒せるものならな。もし他も倒せるなら、城の周りにいるドラゴンも倒した分は残らずくれてやる」

「言質は取ったわよ」

 そう言うと、桃華はパース王の腕から手を離した。


 世界に、色が戻ってくる。

 至極ゆっくり進んでいた時間が、再び動き始めた。


 地竜も当然動き出す。急激に迫り来る地竜の足を見ながら、パース王は死を覚悟した。


「えいっ」

 いつの間にかパース王のずっと前に移動していた桃華が、手に持っていたキャリーバッグを振り回して、地竜の足を跳ね上げた。

「……はっ?」

 そのまま横転した地竜に駆け寄りその首に、振り上げたキャリーバッグを無慈悲にも振り下ろした。


 バキンッ――。


 その一撃で、地竜の首が折れて、地竜はあっけなく絶命した。




「と言うことがあったのよ」

「わかったけど、その王と俺に何の共通性があるんだ?」

「……何となく、めんどくさいところ?」

「お、おい……おい待て」

 いつも通りに、桃華がキャリーバッグから取りだした机と椅子に座って、二人で顔をつきあわせて話をしていた。周りは瓦礫の仕分けが一段落したのか、それぞれにゆっくりとくつろいでいた。


 その中でも篤紫と桃華はやはりひときわ目立っていた。もっとも、一瞥だけされただけで、周りがそれ程気にしている様子はなかったが。

 桃華がおもむろにキャリーバッグから籠を取り出すと、中に入っていたお菓子を周りの人々に配り始めた。最初は訝しげに見ていた人々も、渡されたのがドラゴン焼きだと気がつくと、途端に表情が軟化した。


 そんな桃華の姿を、篤紫は何と無しに眺めていた。

 完全に場の空気が変わった。今までは一瞥はしても、見知らぬ他人の認識だった視線が、明らかに仲間を見る柔らかいものに変わった。

 笑顔で戻ってきた桃華が、篤紫の向かいに座ると、その空気がさらに当たり前のものに変わる。確たる居場所が生まれた瞬間だった。


「国民想いの、立派な王様だったわ」

『てか待て、勝手に人を死んだように言うな』

 突然背後から声がかかって、篤紫はびっくりして椅子から腰を浮かせた。振り返ると、そこに体格のいい一人の男がいた。

 金色の髪が太陽に当たって輝いている。彫りの深い顔には、人なつっこい笑顔が浮かんでいた。着衣は周りの人々と同じような身なりだが、滲み出る王の風格は隠せきれていなかった。

 もっとも、後ろに複数の軽鎧を着た騎士が控えているから、そもそも隠す気はないと思うが。


「くすくす。王様じゃない、視察は終わったのかしら?」

「馬鹿言え、ドラゴンの奴ら国全体に攻撃を仕掛けてきたんだ。そんなに簡単に状況の把握ができてたまるか。

 それより、こんなところで何しているんだ? 城にはルーファウスの奴がいただろう。丁重にもてなすように言いつけてあったはずだぞ」

 桃華が椅子を数脚追加すると、さっそくパース王は机の近くに座った。後ろの騎士達はしばらく立っていたけれど、パース王が顎を動かして一睨みすると、遠慮がちに全員椅子に腰をかけた。


「そういや、名前を名乗った記憶がないな。

 オレはこのパース王国国王をやっている、ガイウス・パースだ。堅っ苦しい口調は無しだ、普段通り喋ってくれ」

 指しだしてきた手を、篤紫はしっかりと握り返した。


「白崎篤紫だ。こっちは妻の桃華。

 残りの家族は、ルーファウス王子と一緒に城にいるはずだよ」

「そうか、それならいいんだ。あらためてよろしくな。

 国を救ってくれた恩人をもてなせないことほど、悲しいものはないからな」

 そう言うと、パース王――ガイウスはいい顔で笑った。握った手はすごくがっしりしていて、本当に現場でこの国を支えている様子が目に見えた気がした。


「ところで、今日はまだ視察をするのしら?」

「ああ、あの時の約束か。大きな被害があったところはあらかた見終わって、後は細かい指示だけだ。その程度なら、後ろの騎士達に任せられるがな。

 時間は何とかなるが、いったい何をすればいいんだ?」


 桃華は机の上にあるものを片付けると、あらためてガイウスに向き直った。





「王様改め、ガイウスさんは、今持っている物で、形が変わってもいい大切な物ってあるかしら?」

「何だそりゃ、えらい中途半端な注文だな。あるにはあるが、いつも身につけていると言えば、これだけだな」

 そう言いながら懐から取り出したのは、真っ赤な魔石だった。大きさは小ぶりな林檎ほどだ。


「この国では、成人の儀で小型のドラゴンを一人で狩るんだが、そのとき倒したドラゴンの魔石が、成人の証でありお守りとして扱われる。

 成人している国民全員が、魔石を持っているはずだ」

「篤紫さん、魔石は……?」

「ああ、問題はないと思うよ。むしろ条件としては最適かもしれない」

「なんだよ、何か条件があるのか?」

 訝るガイウスに、篤紫は腰元のスマートフォンをたぐり寄せて簡単に説明をした。個人の証明になり、自分の能力がわかること。お互いに登録した端末同士で通話やメッセージ交換ができること。そして、魔法が使えるようになること。

 ガイウスが食いついたのは、やはり通話機能だった。


「わかった、早くやれ。すぐにだ。もう待てん」

 桃華と篤紫は思わず顔を見合わせて笑った。笑われたガイウスはと言えば、恥ずかしそうに頬を掻いていた。


 魂樹の複製は至極簡単にできる。複製元の設定の項目の中から、魂樹複製を選択。スマートフォンの背面と、相手の素材を接触させると、相手の素材が瞬く間にスマートフォンに変形する。

 こうしてできたガイウスの魂樹は、背面が赤いスケルトンになっていて、中の基盤が見えるタイプのスマートフォンだった。透けていて基盤が見えるところが無駄に格好いい。


 そして何かがガイウスの琴線に触れたらしい。篤紫に複製のやり方を確認すると、まるで子どものような笑顔で、後ろに控えていた騎士達の魔石に、魂樹複製をかけた。それが終わると、一人で城に向かって駆けて行ってしまった。

 当然、篤紫と桃華は置いてけぼりの状態になる。

 残った面々は、互いの顔を見合わせて大きなため息をつくしかなかった。


 その後は、残った騎士達にスマートフォンの使い方を説明して、騎士達はお互いに魂樹を登録すると、篤紫と桃華に頭を下げてそれぞれに散っていった。


 ちなみに魔法は、家族みんなの監修でスマートフォンの中に初級魔法講座アプリを作ってある。魔法は本人のイメージとそれぞれの素質なので、口頭で教えることが難しい。

 そこで絵と動画を付けて、生活魔法の使い方と、属性派生魔法のイメージの持ち方を簡単に学べる仕組みにして、全世界に配布してある。


 騎士達には魔法が魅力的だったらしく、さっそく歩きながらアプリを見ていた騎士が瓦礫に躓いて転んでいた。

 どこの世界も、スマートフォンを持つと同じことをするらしい。


 歩きスマホ、ダメ、絶対。

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