四十四話 竜の魔晶石

 王城は凄惨な状態だった。

 大半の尖塔は半ばから崩れ落ちていた。尖塔の幾つかは城の外まで転がり落ちている。お城の半分はドラゴンが吐いた火球の爆発で、無残にも抉り取られていた。

 城門の前も石畳が乱雑に捲れていて、ここがドラゴン達にいかに狙われていたのかがはっきりと分かった。


 無人の城門をくぐり、少し進むと中庭に大きな天幕が設置されていた。

 周りには、騎士団とおぼしき人々が忙しなく動き回っている。


 天幕の入り口に立っていた兵士が、篤紫たちに気づき近づいてきた。


「こんにちは、旅の方でしょうか。

 申し訳ありません。救援申請の受付まで、もうしばらく時間がかかります。

 あちらの待合用の天幕でお待ちいただくか、一時間ほど経ってからもう一度お越しいただけますか」

 言われて横を見ると、離れたところに少し小さな天幕が作られていた。遠目に見て中には、誰もいないように見える。


「すれ違いかしら? 私たちは国王に呼ばれて来たのだけれど……」

「申し訳ありません。現在国王は城外に視察に出ております。また、しばらく謁見の予定は入れられないかと思われれます」

 篤紫は桃華と顔を見合わせた。つまりこの国の現国王は、こういう事態においてまず国民のために動いていると言うことか。

 ただ今はここにいないのなら、また出直すしかない。城がこの惨状じゃゆっくり話もできないだろうし。


 エアーズロックの観光をするという目的はあるけれど、考えてみれば取り立てて急ぐ旅でも無い。

 レンガ作りの街並みに桃華が反応していたから、この街自体が観光に適しているように見える。せっかく関わったのだから、復興の手伝いをしながらこの国にしばらく滞在するのもいいかもしれない。


「ユリネ殿、それに夏梛殿」

「シズカさんっ、リメンシャーレさんっ」

 対応してくれた兵士に頭を下げて、一旦出直そうとしたところ、大きい天幕の中から声がかかった。天幕の入り口には、動きやすい鎧を着た大男と、年の頃が夏梛と同じくらいの少年が立っていた。

 兵士は中から出てきた二人に敬礼をすると、天幕の入り口脇で直立不動になった。


「騎士団長に――」

「あのときの王子様ね」

 ユリネとシズカが顔を見合わせて笑っていると、二人はおもむろに近づいてきて、同時に軽く頭を下げた。


「先ほどは、ご助力いただきありがとうございました。

 天井が崩れたときは、避難していた国民共々絶望的だったのですが、おかげさまで全員の命を繋げることができました。城壁の大穴も塞いでいただいたと聞いています。

 父親の話では、今回の襲撃はここ二十年で一番規模が大きかったそうで、あなた方がいなければ国が滅亡していた可能性もあったようです。

 重ねて、お礼を申し上げます」

 王子は全員の目を見回しながら、最後に深々と頭を下げてきた。騎士団長も一緒に深く頭を下げた。


「どうぞ、頭を上げてください。

 我々も沖合でドラゴンに襲われましたから、今回は人ごとではありません。同じように、家族を守ったに過ぎません」

 こういう場面だと、タカヒロがめっぽう強い。元が一国の宰相だけあって、王族相手にも堂々と、かつ丁寧に対応していた。

 ただ、家族を守った、は絶対に違うと思う。売られた喧嘩を買っただけだし、娘たちですら嬉々として戦場に飛び出していった。

 むしろ、相変わらずだけれど、篤紫だけが何も役に立っていない……。


「そうですか。それでも感謝をしてもしきれません。

 父上は、お昼前に私達が戻って無事を確認すると、被害状況の確認に向かいました。遅くとも夕方までには戻るはずです。

 皆さんの話は共有できていますので、ぜひお城に上がっていただきたいです」

 思わず、篤紫は城を見上げた。

 派手に損壊している。とても、客人をもてなす事ができるような状態じゃ無いと思うのだけれど。室内なんて、瓦礫が堆く積もっているはずだ。


「申し遅れました。私はこの国の第一王子のルーファウス・パースと申します。

 それではお城にご案内します」

 篤紫が顔を下ろすと、タカヒロを先頭にそろって城に歩き出していた。通りがかった騎士が立ち止まって敬礼をしている。




「篤紫さんは、行かないのかしら?」

「ん?」

 そんな光景をぼーっと眺めていたら、まだ桃華も行かずに隣にいたらしい。顔を向けると、首を傾げていつも通りの笑顔で篤紫を見ていた。水色のワンピースが風に揺れている。

「ほら、完全にはぐれちゃったわよ」

 桃華もすぐに行く気が無いのか、そのまま崩れかけた城を見上げた。


「何となくだけど、行きづらくてさ。

 今回も俺は何もしていないからな、若干気後れしている部分はあるよ」

「あら、珍しいわね。弱気な発言なんて篤紫さんらしくないわ」

「なんだよ、らしくないって」

「くすくす。だって篤紫さんらしくないんだもの。

 いつも篤紫さんが後ろでしっかりと構えているから、私たち家族も、タナカさん達もそう。みんなが全力を出せるんじゃない」


 桃華がおもむろに、城門に向かって歩き出した。一瞬逡巡するも、篤紫も一緒に歩き始めた。

 地竜が抉った通りを過ぎそのまま横に逸れて、市街地に足を向ける。そこには、崩れた家を協力して修復している人々の姿があった。それぞれが落ち込んだ様子もなく、一生懸命に手を動かしていた。


「この人達もそう。明確な後ろ盾があるから、こんな状況でもみんな生き生きとしているのよね。

 城門の前で頑張っていた王様が、本来後ろでどっしりと構えている感じの人だったわ。そんな人が先頭に立って、逃げ遅れた人たちを自ら守っていたのよ。じり貧だったけれど」

 悪魔族の少年が、壊れて使えない方に選り分けられたレンガを、土魔法で再生している。人間族の男女が、再生を待ってレンガを運び始めた。水筒を手渡された悪魔族の少年が、美味しそうに水筒の中身を飲み始めた。


「あなたもそう。本当にピンチの時には、絶対に何とかしてくれるんだから」




『どうして王様のあなたが先頭に立っているのかしら?』

 そう、聞いた桃華に、パース王は笑いながら答えてくれた。


「いつもオレが現場に駆け付けると、臣下がみんな片付け終えているんだ。だから、今日みたいに本当にヤバいときは、本気を出さなきゃならないんだよな。

 てか、いきなり横に現れるなよ。びっくりするじゃねえか」

 地竜を魔法の杖で押していたパース王は、思わず手を滑らせて杖を落としそうになった。あわてて、両手で握り直した。

 一瞬、地竜を押さえていた力がなくなって、一気に地竜が駆けだした。体躯が大きい地竜は、数歩踏み出しただけでパース王を踏みつぶせる距離にあった。


「うわ、まじか。やべぇ」

 慌てると、道具は旨く動かないもので、起動用の魔石を押し込んでも杖は旨く起動しない。後ろに控えていた騎士も、とっさのことに動き出すことすらできていなかった。

 そもそも、パース王の横に突然現れた桃華に、誰も動き出せた者がいなかった。そんな、本当に一瞬の出来事だった。


 桃華が、そっとパース王の腕に触れた。

 世界が灰色に染まり、足を振り上げた地竜の動きが、ものすごくゆっくりになる。パース王は、突然のことに目を見開いた。


「ねえ。あなたが守ろうとしていたのは、後ろの子ども達かしら?」

「あ、ああ。そうだ。だから、逃げ切れるまでここを突破されるわけにはいかないんだが……無理か、間に合わねえ」

 桃華が話しかけたことで、パース王はさらにびっくりして顔がこわばった。それでも、歯を食いしばり桃華に顔を向けた。

 そんなパース王の顔を、桃華の優しげな瞳が捉えた。


「いくつか、聞きたいの。いいかしら」

「……なんだよ、もしかしてこれはあんたの力か?」

 そこでやっと、世界が、時間がほとんど進んでいないことに気づいた。

 時間を操作する魔法――そんな魔法は、見たことも聞いたこともなかった。背中に冷たいものが走る。それだけでパース王は、絶対に勝てないことを悟った。


「ええ、少しお話が聞きたくて。

 この街にドラゴンが襲ってきているのだけれど、あなたに身に覚えはないかしら?

 例えば、ドラゴンに関係する魔晶石とか」

「なっ……何故それを知っている……」


 桃華の指摘に、パース王は完全固まった。

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