四十三話 パース王国

「今度は私が報告する順番のようね。

 でもその前に、お昼を食べた方がよさそうだわ。みんなで準備しましょう」


 残った報告者はシズカ、リメンシャーレの組だけだ。この二人に関しては最初に、上空を飛んでいたドラゴンを、地上からの斬撃で倒したのは見ている。

 首を切られたドラゴンが、派手に血をまき散らしながら墜ちていったはずだ。


 お昼と言われて、腰元のスマートフォンをたぐり寄せると、確かにちょうどお昼の時間になっている。そこでふと、篤紫は首を傾げた。この時間、果たして合っているのだろうか?

 気になって設定の項目を探すと、時間は自動調整になっていた。つまり、ちゃんと時差は考慮されるらしい。便利なものだ。



 桃華とユリネが、サンドイッチやサラダなどをテーブルに並べ始めた。

 カップのお茶がカップごと新しくなった。今度はどうやら、香りから察するにウーロン茶のようだ。

 夏梛とカレラも手伝って、皿に乗った厚切りのステーキも配られた。ついさっき倒したドラゴンの肉が、さっそくステーキに変わったようだ。

 全員で協力してテーブルの上に豪華な食事を並べた。


「それでは、私たちの食材となってくれた多くの命に感謝して、いただきます」

 シズカの言葉で食事が始まった。

 みんなで会話をしながら、テーブルの上にある料理が次々にお腹の中に入っていった。初めて食べたドラゴンのステーキは、赤身のくせに口の中でほぐれていき、すごく柔らかかった。芳醇な何とも言えない香りも口の中に広がる。

 当然ながら、みんなおかわりをしていた。




「私とシャーレちゃんは、市街地の中でも一番被害が大きかった場所に向かったのよ。上空のドラゴンたちが、何かを探しているようだったわ」

 食事が終わって片付けまで済ませると、シズカの話が始まった。

 確かに遠い海上で見たときも、何かを探すように旋回していたような気がする。


「ちょうど大きな穴が開いていたのよね。

 中を覗いたら、地下室が崩れていて、たくさんの人が崩れた瓦礫に埋まって、怪我をしていたわ」

「どうもそこは地下にある避難所の一つだったようで、中では王族の方々も被災していました。

 私たちは急いで下に飛び降りて、瓦礫をどかして埋まっていた方々を救助しました」

 怪我はかなりひどい状態だったそうで、王族も王子が辛うじて会話できる状態で、王妃や王女は怪我をして気を失っていたらしい。

 シズカが王子と話している途中に、上空のドラゴンから火球が飛んで来たのを、リメンシャーレが光の魔法で対消滅させた場面もあったとか。


「ご相談の結果、この大陸の地図を見せてもらえることになったのよ。これでエアウィズロックにいく足がかりになるはずよ」

「あの、お義母さん? エアーズロックですよ……」

 取引の条件は、崩れた避難所にいる国民の治癒、あとは可能ならばドラゴンの殲滅。王子も無茶を言っている自覚はあったのか、さらに報酬として破格の条件を出してきたようだ。


 それからは早かった。変身魔道具で底上げされた能力は、魔法の威力にも反映されている。ドラゴンですら、雷魔法使いのシズカと光魔法使いのリメンシャーレの敵ではなかった。

 シズカは刀の刀身に雷を纏わせておもむろに振り抜く。轟きとともに飛んだ斬撃が、ドラゴンの首を飛ばす。

 リメンシャーレの手の中で圧縮された光は、文字通り光の速さで飛んでいき、瞬時にドラゴンの頭を消滅させた。そしてドラゴンが地面に落ちる前に、二人が雷と光の追撃で残さず全て消滅させた。



「……タカヒロさん、この組み合わせってクジだったんだよね?」

「ええ、間違いなく偶然の采配のはずです」

 話を聞いて、思わず篤紫とタカヒロは頭を抱えていた。偶然にしては、あまりにも二人の相性が良すぎた。

 そもそも雷も光も、自然界では最速の自然現象だ。変身で底上げされた雷と光に、ただのドラゴン風情が勝てる相手ではなかった。


 最後の一体、首を切断されたドラゴンの鮮血が、崩れ落ちた避難所に降り注ぎ、その竜の血が怪我をしていた人々を癒やしていった。ドラゴンの生き血は、古来から全てを癒やすと言われている。まさにその言い伝え通りの効果があったようだ。

 一通りの治癒を待って、リメンシャーレの浄化の光が、真っ赤に染まっていた人々を綺麗に浄化させたのだとか。


「今頃、王子達は王城に戻って、王の顔を青くさせているんじゃないかしら?

 あの王子がいけないのよ、ドラゴンを殲滅したら国でも何でもくれてやる、なんて言うから」

「いや待って、シズカさん。それ言葉の綾だと思うよ?」

 慌てた篤紫の言葉に、シズカは一瞬キョトンとした顔になると、すぐにお腹を抱えて笑い出した。


「さすがにそんな大層な物いらないわよ。

 その代わりに、これから向かう予定の、エアリズロックの所有権を認めて貰うようには頼んだわ」

「ですから……エアーズロックですから、お義母さん……」

 タカヒロがあきらめ顔でため息をついているけれど、正直名前は何でもいいと思う。地球での正式名称はウルルらしいし、下手をすれば魔獣がいるから誰もそこに到達していない可能性も高い。

 ただ、この国だけでも所有権が認められれば、何かあった時の後ろ盾にはなるかもしれない。



 聞いた話をまとめてみると、最初想定していたよりも遙かに状況は良かった。思わず篤紫の口から、安堵の息が漏れる。

 王族の救助だけでなく、街の住人――国だから国民か――の人命救助もしている。正規の騎士団にも協力して、城壁の大穴も瞬く間に修復した。襲撃してきたドラゴンも全て討伐済み。もちろん、証人もたくさんいる。


 この状況なら、たとえ王城に行ったとしても無下に扱われる事はないと思う。そもそもうちの女性陣が逞しすぎる。

 王城に向かうため、全員が氷船を下りたところで篤紫は一旦馬車を収納して、その後で氷船も収納した。もしかしたら、この先は馬車を使うことになるかもしれない。


 港に下り立って周りを見回すと、想像以上に瓦礫の撤去が進んでいた。子どもが追いかけっこをして遊んでいる。それはまさに生きるエネルギーそのものだった。

 船も帆が焼けた程度で、マストは無事だったようだ。来たときに燃え上がっていたのは帆だけだったのかもしれない。

 船上では船員がせわしなく動き回っていた。


 港を海沿いに進むと、やがて大きな通りに出た。ここまで来るとまっすぐ目の前、遙か彼方に城が見えてきた。ここを進んでいけば、この国の城に行けるようだ。

 あらためて城塞都市の中枢に向かうことにした。





 ドラゴンはある程度場所を絞って攻撃していたのだろうか。地竜が走り回ってなぎ倒した建物と、上空から火竜に狙われた地域以外は、見る限り被害は軽微で済んでいた。

 もっとも、巻き上げられた砂埃は全域に渡って降り積もったようだけれど。

 避難していた人々が戻った街は、活気に溢れていた。


「いらっしゃい、パース王国名物のドラゴン焼きだよ」

 王城に近づくにつれて、通り沿いにたくさんの屋台が建ち並んでいた。ここがとても、午前中ににドラゴンの襲撃に遭った街とは思えなかった。

 桃華がふらりと寄っていって、屋台で売られている食材を眺めている。篤紫もドラゴン焼きが気になって屋台を覗くと、ドラゴンを形取った焼き菓子だった。


「こういったお菓子は、どこの世界でも変わらないわね」

「むしろ、襲撃してくるドラゴン自体をネタにして、お菓子にする根性はすごいと思う」

「ありがとうよ。ドラゴンなんかにゃ負けてられないからな。

 ほら、よかったら食べてみてくれよ」

「あらあら。いただくわ」

 桃華は相変わらず、屋台に並んでいる半分くらいを大人買いしていた。食料の調達が目的だとは思うのだけど、目に付く端から大量買いしている様は、ここが魔法や魔術がある世界でよかったと思う。

 ほぼ無限収納のキャリーバッグが無かったら、とてもじゃないけど持ちきれる自信は無い。



 街の建物はレンガ作りの建物が多かった。

 この地域は地震が少ないのだろう、見るからに年季が入った建物には、何度も補修された跡が見られる。路面もレンガが隙間無く敷き詰められていて、時折走り過ぎる馬車の車輪が、軽快なリズムを奏でていた。


「赤煉瓦の街並みね、ヨーロッパの景色にも似ているわ」

 レンガ作りの古い街並みが、桃華の琴線に触れたらしい。買い物をしているとき以外は、スマートフォンを取りだして街並みを写真に収めていた。

 それに触発されたのか、夏梛とカレラ、さらにはリメンシャーレまでもが写真を撮っている様は、何とも不思議なものを感じた。

 世界が違っても、女性が写真を撮りたがる気持ちは同じらしい。


 そんな街並みを眺めながら大通りをしばらく進んでいくと、ようやくこの国の城に辿り着いた。

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