四十二話 強かな人々
「あんたらが、ドラゴンを倒してくれたのか?」
篤紫が哀愁とともに街を眺めていると、後ろから声かかかった。振り返ると、港に着いたときに船の火を消火していた船員の男がいた。
「ああ。おそらくうちの家族が街中に散って、倒し尽くしたと思うよ」
「そうか、ありがたい。さすがに今回の襲撃で、この街もいよいよ駄目だと思っていたんだ。
船の消火まで手伝って貰って、感謝しきれねぇな」
見れば、さっき空に巻き上げた海水で、燃えていた船も鎮火したようだ。船員達がさっそく船の修理を始めていた。
と同時に、辺りからたくさんの人の声が聞こえてきた。
「すごいですね。ちゃんと地下に避難場所が作られているのですね」
「もちろんさ。ドラゴンの奴らが、定期的に襲撃してくるんだ。街の地下には避難経路がしっかりと張られているぜ。
それにあんたら魔法の収納持ちかい? あのデカ物が消えたときには、さすがに驚いたがな」
少し離れたところ、船の近くの地面がぽっかりと開いていて、中からたくさんの人が背伸びをしながら出てくるところだった。
そう言えば、被害の割に血の匂いがしないとは思っていたけれど、そもそも住宅は無人だったのか。恐らく船だけは、再建するのに時間がかかるから決死の思いで消火作業をしていたのだろう。
「ちなみにオレはあの船の船長をやっている。もし外洋に用があるなら、気軽に声をかけてくれ。
もっとも、しばらく修理にかかりっきりだがな」
船長と名乗った男は、豪快に笑いながら船に戻っていった。
避難場所から出てきた人々は、おもむろに瓦礫に近づくと、使える物と使えない物の区別を始めた。先ほどドラゴンの定期的な襲撃があると言っていたけれど、街の人々には悲壮感など無縁のようだった。
ふと隣を見ると、タカヒロが眉間に皺を寄せて首を傾げていた。
「どうかしたのか?」
「ええ……ここのみんなは、私たちがドラゴンを倒しても驚かないのだな、と」
もう一度、周りを見る。みんな笑顔で瓦礫の仕分け作業を続けている。言われてみれば、ドラゴンを倒したことが、当たり前のような対応だったか……。
「ドラゴンと言えば、魔獣の王者です。私でもこの、変身の魔道具を使用して、体の機能を何十倍にも高めて初めて倒せる存在です。
そもそもこの魔道具がなかったら、地竜を両断なんてできませんし、ドラゴンに戦いを挑もうなどと考えませんよ」
「確かに、会話に違和感がなかったけど、考えてみれば違和感だらけだったのか。でも、悪い感じはなかったけれど……」
街には人間族だけでなく、ドワーフやエルフなどの魔族もいて、それぞれに手を取り合って復興を始めていた。見た感じ、種族の違いを越えて全員が一致団結しているように見える。
人間族と魔族の対立を知っている篤紫としては、理想的な街に見えた。
「そうですね、悪意はないようですから。
この街では各々が、自分にできることをしていて、それをお互いに尊重し合っているように感じます。
ですから、我々がドラゴンを倒せたとして、ありがたいという感謝の気持ちはあっても、それ以上は我々になら可能だという認識になるのでしょう」
「じゃあもし、次にドラゴンが現れたときには……?」
「ええ、もちろん誰も何も言ってきませんよ。
ただそれでも、視線が必ず何かを訴えているはずです。それ相応の対価はあるとは思いますが」
あらためて見ても、種族の確執がまるでみられない。
ただ、さっきの話はこの街の暗黙の了解にあたる部分なのかもしれない。建物の修復を担っているのは、魔族だけ。もっとも、人間族も一緒に手を動かしているから、それ程違和感を感じないのかもしれない。
「一番気をつけなければならないのは、この街……と言いますか、この国の有力者に目を付けられることでしょうか。
地位や権力を見返りに、今後も助力が欲しい。みたいな感じで接触を図ってくる可能性はあります」
「それは……あり得るのか。厄介だな」
そういえば、他の家族がなかなか帰ってこないな。周りを見て見るも、帰ってくるような気配がなかった。
篤紫とタカヒロは、変身を解放して着替えの魔道具に切り替えた。淡い光に包まれて、二人の衣装が替わった。街の人々は、一瞬手を止めて様子を確認しているようだったけれど、特に騒ぎ立てるでもなくすぐに作業に戻っていた。
確認はするけれど、過度の干渉はしない。そんなルールなのかもしれない。
ルンルンルラ、ルンルラ、ルンルルラ――。
腰元のスマートフォンが着信を知らせてきた。手元にたぐり寄せると、相手は桃華だった。何かあったのだろうか。
「はい、こちら港湾守備隊。港の守備は完了して、引き続き警戒中。
どうした? 何かあったのか?」
『くすくす。それならこっちは、王城警備隊といったところかしら。
ドラゴンの攻撃がお城に集中していたから、勢いで殲滅していたらすごく感謝されちゃって、お城の人に是非にと招待されているのよ』
まさか、さっきタカヒロと話をしていた心配事が、既に向こうで発生しているなんて。篤紫は頭を抱えたくなった。
タカヒロの顔を見ると、仕方ないといった表情で首を縦に振っていた。恐らくこの状況だと、受けるほかないのだろう。
『それで、一旦みんなで集まってから返事をすると言って、今そっちに向かっているのよ。先に報告した方がいいと思って』
「わかった、ありがとう。予定通り港に戻ってきてくれるなら、とりあえず問題はないよ」
『ええ、待っててね』
タカヒロの方にも家族から連絡が入ったようで、全員が港に集合するということで話がまとまった。シズカとユリネはそれぞれ違う方向に行っていて、どうやらユリネと夏梛ペアがドラゴンが開けた穴を既に塞いでしまったのだとか。
言われて目を凝らして見ると、城壁の穴が色違いの土石で修復されていた。正直、身内に外堀を埋められた気がする。
しばらくすると、家族がみんな無事に戻ってきたので、篤紫はほっと胸をなで下ろした。みんな特に怪我をしている様子もなく、運動をしてきたからか晴れ晴れとした顔をしていた。
篤紫は再び港に氷船を取り出すと、みんなに先に商館ダンジョンに入って貰った。相変わらず視線だけが向けられる中、機関室の扉をロックして馬車の扉にも鍵をかけて、商館ダンジョンに向かった。
「少し、やり過ぎた感じはあるけれど、みんなお疲れさま」
篤紫が商館ダンジョンのリビングに入ると、全員座ってお茶を飲んでいるところだった。相変わらずミュシュとオルフェナが、抱き人形状態でリメンシャーレとカレラに抱っこされていた。
「お城に招待されたわ。この国は王制のようで、私が行ったときは国王が城の前で杖を握っていたのよ」
『なんと、王自ら戦場に立っていたと言うことか?』
「ええ。ちょうど大きな魔石が着いた杖で、王城に向かってきた地竜を押さえているところだったわ。
横に行って色々言質を取ってから、地竜の首を折ってきたのよ。もちろん地竜もしっかりと貰ってきたわ」
「わたしもドラゴンをいっぱい倒したよ」
桃華とカレラがハイタッチをしている。
しかし色々と想定の斜め上を行っていないか?
詳しく聞くと、どうも王城にある防御用の魔晶石が魔力切れになったらしく、今回そこを狙って攻め込まれたようだ。
魔晶石は地下の避難経路の補強と、城壁の強化、あとは城壁からドラゴンが嫌がる魔力波を飛ばすために必要だったのだとか。
「つまり、今回たまたま攻め込まれる条件が整ってしまったと言うことか」
「そんな感じですか。言質を取ってあるならば、こちらが有利ですね」
篤紫は思った。桃華が敵じゃ無くてよかった……。
「今度は私の報告ね。夏梛ちゃんとあの大穴に着いたときに、ちょうどこの国の騎士団も到着したところだったのよ。小柄なドラゴンは何とか相手にできていたみたいだけど、大きなドラゴンには太刀打ちすらできていなかったの。
取りあえず騎士団長を探して、色々お話しした結果、城壁の修復と侵攻していった大きめのドラゴンを倒す話になったわ」
途中から篤紫の目が点になっていた。女の人ってみんな同じなのだろうか。
「ユリネさんがちゃんとお話しをまとめてくれたから、あたしが魔法で大穴を塞いで、ついでに近くにいた小さめのドラゴンを一気に倒したのよ。すごいでしょ、おとうさん?」
「大きめのドラゴンは斬首の後、凍らせて騎士団にあげてきたのよ。しばらく食料が必要でしょうから」
横を見ると、タカヒロが完全に固まっていた。イメージとしては一気に片が付いていたから、ただ殲滅しただけに見えた。
この国の人々が強かだと思っていたけど、自分の身内にそれを上回る強かな女性達がいた。
そして、上には上がいることを、その後で思い知ることになった。
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