四十一話 城塞都市とドラゴン

 篤紫は甲板に立って、街の様子を呆然と眺めていた。

 何故か旅に出てすぐから、ずっとトラブルが発生している気がする。今も目の前で、街がドラゴンに襲われている。


「旅に出ると、やっぱり変身魔道具を使う機会が多いですね」

 タカヒロとユリネが、操縦室から下りてきた。二人ともそれぞれ赤と、青の羽織袴姿に変身していた。腰には、立派な刀が提げられている。


「ただの観光旅行で、変身魔道具を使う事態なんて、本来ならば無い方がいいんだけどな。

 それで、シズカさんの判断は?」

「とりあえず変身魔道具で変身だけしておいて、船は陸から離れたところでしばらく様子を見るようです。

 対応としては、もしドラゴンが来た場合には全力で迎撃でしょうか。

 街や国から一歩出れば、ほとんどが魔獣の領域ですから、こういったこともそれ程珍しくないですよ」

 実際に航海して分かったことは、海に関してもスポット的に魔獣の領域があることだ。海全部が魔獣の領域では無いようだけれど、けっこう襲撃に遭った。

 もっとも氷船がその程度の襲撃で怯むはずも無く、大抵は個々の領域を抜ければ魔獣側が退散していったけれど。


「ただ、魔獣も知恵が無いものに限って領域をはみ出すのよね。

 今回は様子が分からないから、安全確保が優先だという話になったのよ」

「まあ……俺たちはただの旅人だから、それが一番だよな」

 篤紫は再び視線を街に向けた。今のところドラゴンに気づかれる距離ではないからか、見ている限りドラゴンは街を蹂躙しているだけだ。

 ただ、前例があるから警戒するに越したことはない。


 篤紫は、街の方向以外も警戒しながら、スマートフォンを取りだして商館ダンジョンの中にいる桃華に現状を伝えた。

 程なくして、全員が変身した状態で甲板に出てくる。ミュシュと天使コマイナだけが、商館ダンジョンの中に残っていた。ミュシュは記憶がない分、ほとんど戦うすべがないから、判断は妥当だと思う。


「ねえ、お父さん。助けには行かないの?」

「そうですね、カレラ。少し寂しい話ですが、私たちはただの旅人なんです。

 正義の味方でもありませんから、優先させるのは家族の安全です」

 緑色のショートドレス姿をしたカレラが、手に持つワンドを強く握った。


「そう……だね。わかったよ、お父さん。確かに関係ないよね」

「カレラちゃん……」

 俯いたカレラの肩に、夏梛がそっと手を置いた。横でオルフェナを抱いているリメンシャーレが、目を見開いた。


「えっ、流れ弾が来ますっ」

「ただし、宣戦布告を受けた場合には、その限りではありませんが。ですよね、篤紫さん?」

「ああ、もちろん。全員戦闘態勢をとって、ユリネさんは迎撃をお願い」

 カレラは俯いていた顔を上げて、思わず息をのんだ。ドラゴンが吐いた火球が一直線に氷船に向かってくるところだった。思わず持っていたワンドを取り落としてしまい、慌てて拾った。


「シズカさん、手順は機能説明したとおり。出力四十パーセントでモードチェンジすれば、海面すれすれを飛んでいけるはず」

『わかったわよ。まさか説明を受けた次の日に、さっそく使うことになるなんてね。

 敵はドラゴン、相手に不足は無いわね』

 氷船の船首で居合いの構えをとったユリネが、ぐっと腰を落とした。青い刀が鞘ごと青く輝き始める。そして一閃、氷の斬撃が迫り来る火球を縦に両断し、一瞬にして火球ごと凍結させる。

 そのまま氷船の左右を通り抜けて、遙か後方に飛んでいき大爆発を起こした。


『全員、縁に掴まるのよ。十秒後に飛ぶわ』

 これも急造したスピーカーから、シズカの声が聞こえてきた。篤紫は急いで、近くの縁まで駆けて取っ手を右手で掴んだ。

 船体の横から翼が伸びていき、頭上を格子が覆った。家族がみんな、腰を落として身構える中、氷船が急加速とともに海上から浮き上がる。

 その勢いのまま、海面すれすれを城塞都市に向かって飛んでいった。




 港の直前で減速して、翼を消して着水する。

 港は既に酷い状態だった。

 大半の船が燃え上がり、船員とおぼしき人々が必死に消火作業をしていた。見える範囲の建物は全てが崩れていて、ドラゴンの攻撃がいかに熾烈かを物語っていた。


 空を飛んでいるドラゴンの数も増えていた。遠くで見ていたときには三体程度だったのに、今は十体ほど上空を旋回している。時折、火球を吐いていることから、火竜の群れのようだ。

 いやそもそも、一体でも脅威になるドラゴンが十体規模現れるのは異常事態に他ならない。


「全員ペアを組んで、その上で攻勢に出てくれ。

 氷船は、全員が下船次第オレが収納する。ドラゴンに、誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやるぞ」

『おおーっ』

 ただ、すぐには動かない。

 桃華がキャリーバッグから取り出した組み合わせ抽選機で、今回のペアを決めることになった。といっても、缶に人数分の棒が刺さっているだけなのだけれど。横に大きく、組み合わせ抽選機と手書きで書いてある。


 その結果、篤紫とタカヒロ、桃華とカレラ、シズカとリメンシャーレ、ユリネと夏梛、という何とも統一感の無いチーム分けになった。一応、篤紫以外は大人と子どもの組み合わせにはなったけれど、無茶じゃないだろうか?

 ちなみにオルフェナは、今回は篤紫が抱っこする担当らしい。どうもみんな派手に動く気満々のようだ。篤紫は片手銃なので、片手がふさがっていても問題ないだろうという判断なのだとか。




「みんな早いですね。もうドラゴンが一体、墜ちていきますよ」

 篤紫が氷船を収納して振り返ると、既にタカヒロとオルフェナ以外はその場にいなかった。

 見上げれば、首を胴体から切り離されたドラゴンが、血をまき散らしながら墜ちていくところだった。地面に落ちる寸前で、忽然と死体が消えた。


「お義母さん、やりますね。いったい何体いるのか分かりませんが、私たちの敵では無いでしょう」

 派手な爆発音とともに、近くの家屋が爆発した。そこから、巨大な竜の頭が目を真っ赤にしながら伸びてきた。地竜だ。それも、昔辞書で調べた通常個体よりも遙かに大きい。

 篤紫は慌てて、足下にいたオルフェナを抱え上げて、腰から魔道銃を抜き構えた。


「いいですね。久しぶりに切り応えがありそうな魔獣ですね」

 タカヒロが地竜に向かって駆け出した。手を添えた刀が鞘ごと真っ赤に光り揺らめいている。

 地竜は顎を大きく開けると、顔を横向きにしてタカヒロにむけて首を伸ばした。正面に見えた地竜の瞳が、喜色満面に見開かれていた。地竜の動きに合わせて、地面から鈍い振動が伝わってくる。


「まずいっ……」

 篤紫は地竜に向けていた筒先を外した。タカヒロに当たってしまう。

 そもそも、あの大きな地竜に、とっさの篤紫の攻撃が効く見込みが無い。


「甘いですよ、もう終わりです」

 タカヒロは地竜の目の前で、足を踏ん張って抜刀した。刀身から吹き上がる炎が、周りの酸素を巻き込んで真っ青な炎に変わる。タカヒロの髪が瞬いて、まるで燃えるように真っ青になびいた。

 そのまま燃え上がる刀身を一気に振り抜き、カチャンという小気味よい音とともに納刀した。


 横に避けたタカヒロと同じ方向に、篤紫も駆け出した。

 タカヒロがいた辺りを通り過ぎて行く地竜が、目を見開いたまま一瞬で真っ黒く炭化した。勢いは止まらず、海面に落ちる端から猛烈な水蒸気をたてながら大爆発を起こした。篤紫は慌てて地面に伏せた。

 地竜だった物の破片とともに、爆発して上空に舞い上がった海水が辺りに降り注いだ。燃えていた家屋が、一気に鎮火していく。

 その地竜もやがて勢いが止まり、体の前半分を失った巨大な地竜の死体が目の前に現れた。


「やはり、私の力は素材の回収には向きませんね」

『ふむ。しかし、さすが焔の扱いに関しては天下一品なのだな』

「いえいえ。後の素材が使えなくなりますから、普段は使わせてもらえないのですよ」

 起き上がった篤紫はその場にオルフェナを下ろすと、残った地竜を拡張収納に収納した。地面を抉って横たわっていた地竜が無くなり、目の前が遠くまで見えるようになった。


 遙か彼方に穴を穿たれた城壁が無残な姿をさらしていた。

 気がつけば、上空を飛んでいたはずのドラゴンが一体もいなくなっていた。


 予想はしていたけれど、篤紫の出番は無かった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る