四十話 氷船の形態変化
空に飛び上がった氷船はあっという間に、距離にして三十キロ近くある半島を飛び越えた。そのまま遙か上空まで、一気に飛び上がる。
再び目の前に、大海原が広がった。
「おお、アウスティリア大陸は大きいな。地平線と水平線が同時に見える」
速度がいくらか落ちて、もう少しで氷船は再び落下を始める。
篤紫は目の前のタブレットを操作して、氷船を変形させるように、設定を操作した。
しかし、さっきの赤褐色の城は何だったんだろうか。
海底から飛び出す直前に、一瞬だけ城の下に何かがいるのは見えたけれど、はっきりとは確認できなかった。ただ少なくとも罠を張っていて、のこのこと侵入していったら何らかの形で食べられていたと言うことか。
「えっ、おとうさん? このままじゃ海に落ちちゃうよ?」
「待って、篤紫おじさん。わたし、まだ死にたくないよ。ねえっでば」
現在地は恐らく上空五千メートル。夏梛達の表情が凍った。
振り返れば、ミュシュは気絶しているのかぐったりしていた。娘三人は騒いでいるけれどみんな元気そうだった。
篤紫はそんな三人に軽く手を振ると、再びタブレットに目を落とした。
「よし、モードチェンジ。しばらく空の旅だよ」
変形しますか? の画面で、はいをタップした。
正直、この辺りの変形はもう少し使いやすくしたかったんだけれど、さすがに使う見込みが無いと思って後回しにしていた。
船体の側面から氷の翼が四枚伸びていく。船体の中央に大きな主翼が二枚、後方には補助の尾翼が二枚、風を受けて氷船を空に浮かばせた。
甲板の縁から格子状の骨格がドーム状に展開していき、甲板の上部を包み込んだ。隙間に風の魔法が展開されて、上空の冷たい空気を遮断する。
まさに飛行機のような形になった。
「みんな、甲板に出ても大丈夫だよ。このままゆっくりと滑空していって、海面に着いたら再び船に戻るよ。
推進力は無いから、長くは飛べないけどね」
スマートフォンで桃華に連絡を付けると、中からみんな出てきた。それぞれに甲板から景色を眺めながら、感嘆の声を上げている。
操縦室から甲板に下りていった夏梛達も、スマートフォンで写真を撮り始めたようだ。
「お疲れさま、今ベッドを出すわね」
「ああ、ありがとう。海面に着水するまで、手が離せないんだ」
操縦室に上がってきた桃華は、小さなベッドを取り出すと気絶したままのミュシュをそっと寝かせた。
ミュシュの生まれ故郷では、宇宙に行けるだけの技術力があるようで、恐らく機械で重力も操作できるのだろう。とすれば、さっきみたいに体に重力がかかる状態は、もしかしたら初めてだったのかもしれない。
記憶が戻ったときには、色々と聞いてみたいものだ。
「いつもだけれど、篤紫さんってすごいわね。こういう状況も想定していたのかしら?」
一通りミュシュを看た桃華が、篤紫の横まで来て顔を覗いてきた。心なしか、目が嬉しそうだった。
「いや、怪我の功名だよ。
最初に氷船を作ったときに、試運転でアクセルパネルに魔力を流したら、さっきの倍くらいの速度で空に飛び上がったんだ。あの時は、死ぬかと思った。
それで慌てて対策とっただけだよ」
「あら、そうだったのね。それでも、さすがね」
アウスティリア大陸を左手に見ながら、風を受けてゆっくりと滑空していく。時折舵を動かして、大陸沿岸に沿って空を進んだ。
二時間くらい滑空して、ゆっくりと海面に着水した。
やっと一息ついた篤紫は、操縦桿の前にあるタブレットを操作して、氷船を再び元の船の形に戻した。
自動操縦とか無いからね、滑空中は操縦桿から手を離すことができなかった。この点は、まだ要改善だと思う。ついでに、眼鏡に魔力を流して変身スタイルを解除、着替えスタイルの深紫ロングコートに着衣を替えた。
『篤紫、街が見つかったようだ。
全員が景色を見ていたことで、マップが更新されたぞ。確認してみてくれぬか』
桃華とテーブルを出してお茶を飲んでいると、オルフェナが甲板から駆け上がってきた。あとから、ユリネも階段を上ってきた。
「次の操船は、私の番ですよ。ちょうど上空から街を確認できたから、問題なく進めると思うわ」
タブレットでマップを確認すると、確かにしばらく進んだ先に街のマークが追加されていた。取りあえずタップして、行き先にセットする。
もっとも、海上を進む限り案内はほぼ真っ直ぐなんだけどね。距離を見たら五百キロと出ていた。いや、遠いでしょう。ユリネはよく見えたな、と何だか感心してしまった。
「取りあえず、お昼にしようか。
午後から出発して、たぶん到着は夕方過ぎになると思う。念のため、少し離れた海上で一晩明かして、翌日訪れることにしようか」
恐らく街一つが国になっているはず。こんな西の果てにも街がある。なんともたくましい姿に、少し嬉しくなった。
この世界には魔法がある。
それはすごく便利な力なんだけど、それに付随して魔獣がいる。
魔獣はその領域に侵入しない限り脅威ではないけれど、そのせいで世界的に見ても、実際の生活範囲はなかなか増やせないようだ。ただ、地球みたいにお隣の国同士が喧嘩して戦争したりすることはほとんどない。
便利だけど不便な世界だと思う。
甲板に広げられたシートの上でお昼を食べながら、青い空を見上げた。
ここの家族は、全員に反則級の力がある。不滅だったり、膨大な魔力を持っていたり、果ては無敵の変身魔道具まで所持している。
でも死ぬときは、普通に死ぬ。死んだら車状態のオルフェナの中で復活するとは言え、死ぬときの痛みはそのままらしい。
願わくば、命の危険がない安全な旅がしたいな。
見上げた空の色は、やっぱり青かった。
翌朝、朝日が昇ってから氷船は街に向けて出発した。
直線距離でおよそ百キロ、今日は波が少し荒かった。天気は昨日と打って変わって、あっという間に雲が広がって土砂降りの雨が降り始めた。
今日の操船は、シズカだ。操縦室にはタカヒロとユリネもいるはずだ。操縦室には甲板経由でしかいけないため、篤紫は馬車の客室から外を眺めることしか出来なかった。
時折、船が大きく揺れる。前の椅子の背もたれに掴まって、転がらないように足を踏ん張った。
「篤紫さん。シズカさんから電話があって、視界が悪いからしばらく移動できないそうよ」
「だろうな。個人製作の船だから、色々と想定できていない。こういう時は、やっぱり動きがとれないな」
一時間ほど雨は降り続いて、あっという間に晴れ空に変わった。この辺りの天気の変動は、海上だとそれほど珍しくはない。ただ、まさか沿岸部で時化に遭遇するとは思わなかった。何だか気候がおかしくなっているような気もする。
シズカから、もう少し様子を見るという連絡を受けて、しばら時間が経ってから氷船が動き始めた。海面は波が大きいものの、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
西海岸もけっこう南下したため、気温がだいぶ下がってきた感じがする。これから向かっている街が落ち着いた街なら、しばらく滞在してもいいのかもしれない。
氷船は二十ノットほどで海上を進み、出発から二時間。徐々に目的地が見えてきていた。
「いや待て、なんか煙が上がっていないか?」
氷船の甲板で前を眺めていた篤紫は、遠くに見えてきた城壁に目を細めた。眼鏡を使おうとして、断念した。虫眼鏡機能しか付けていないじゃないか。
「篤紫さん、どうかしたのかしら?」
甲板でいつもの三人娘とお茶を飲んでいた桃華が、篤紫の声に気づいて近づいてきた。
「アウスティリア大陸に来て初めての街なんだけど、なんか城壁の上に煙が見える気がするんだけど」
「そうね。確かに煙が立ち上っているわ」
二人で頭を捻っていると、操縦室からタカヒロが駆けてきた。
「篤紫さん。みんなで一旦、商館ダンジョンに入っていてもらえますか?
陸側は城壁で囲ってありますが、港は何も障害がないようなのです。氷船を遠巻きに港の正面に回して、状況を確認したいと思います」
桃華と娘たちを引き連れて、馬車内から商館ダンジョンに入った。篤紫はそのまま踵を返して、馬車内に戻った。
念のため、変身魔道具で変身を済ませる。
港の正面、少し遠い沖合に氷船が回り込んだ。
思わず、篤紫は甲板に飛び出していた。
街は悲惨な状況だった。
数体のドラゴンが、市街地を火の海に変えていた。
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