三十八話 アウスティリア大陸

 それから一時間ほど経って、気絶していた面々が起き出してきた。

 土下座する勢いで謝り始めた篤紫に、気絶していたみんなが慌てて頭を上げて貰う、などというイベントはあったものの、氷船は再び出航した。


 再び操舵をタカヒロとユリネにお願いして、篤紫は商館ダンジョンの中にある、魔道具工房で魔道具作りに取りかかった。

 午前中の反省を生かして、着替えの魔道具を早急に作ることにした。



『篤紫さん、何をしているんですか?』

 そして珍しく、篤紫が作業している側にはミュシュがいた。


『ミュシュよ、篤紫は魔道具を作っておるのだよ』

『魔道具って何ですか? 機械とは違うんですか?』

 さらにその隣には、オルフェナもいる。


 実は妖精コマイナが天使コマイナになったことで、女性陣の目が一気に天使コマイナ向かった。

 操船が楽しいらしいタカヒロとユリネを除いて、残りの桃華、夏梛、シズカ、カレラ、リメンシャーレの五人が天使コマイナを看ている。


 長い睡眠から復帰したからなのか、それとも急な進化に負荷かがかかっているのか、天使コマイナは自身の魔力生成が上手くいっていなかった。ただ元がダンジョンコアなので、商館ダンジョンにいれば魔力譲渡が受けられる。

 そこで、女性陣がみんなで魔力譲渡をしているというわけだ。



「ミュシュは、魔道具を見たことがないのか?」

『えっ……あの、篤紫さんに助けて貰ったときに、初めて見ました。

 と言っても、初めて見たと思い込んでいるだけかもしれません。その辺の記憶は、かなり曖昧で……』

 ミュシュの隣で篤紫の手元を見ていたオルフェナが、身体ごとミュシュに向き直って顔を見上げた。


『その認識で間違いないであろう。ミュシュの体には、魔力の元となる魔晶石が存在しておらぬ。

 その容姿で言葉を喋ることができるのは、基本的に魔族だけのはずだ。魔族には必ず体内に魔晶石がある。

 そこから察するに、ミュシュはこの星の住人ではないはずだ』

「あー、ちなみにもし魔法が使いたいのなら、魂樹を作れば使えるようになるぞ」

『えっ……コンジュって何ですか?』

 ミュシュは可愛らしく首を傾げた。


 篤紫が腰元のスマートフォンを取りだして魂樹について説明すると、一旦は乗り気になったものの、本体の材質を選べる段階でミュシュが難色を示した。

 どうしても篤紫と同じモデルのものが欲しいようで、先送りすることになった。でもいつまで経っても無理だと思う。これ、地球産だし……。



 今回は、あえて眼鏡型の魔道具にする。

 正直イヤフォンジャックに刺す、アクセサリータイプの方が安定するのだけれど、この間なくした眼鏡がないと作れないことに気がついた。正直、不壊処理と帰還登録をしなかったことが悔やまれる。


 前の眼鏡は魔鉄製で、レンズは水晶を削って加工したものだった。

 描いてあった魔術は、解析と簡易着替え、超虫眼鏡の三点。実は着替えの魔道具の原点でもある。

 せっかく新しく作るので、材料から見直すことにした。


『篤紫さん。その綺麗な虹色の粘土みたいな素材は何ですか?』

『うぬぬ。篤紫よそ、その素材は……に、ニジイロカネではないのか……?』

「……ちょっと待ってて、今忙しい」

 粘土のように柔らかい、虹色の金属を収納から取り出した。それを成形して眼鏡の形に変えていく。鏡を見て実際にかけてみながら、微調整をした。

 途中でレンズに当たる部分を透明に変化させて、フレームは深い紫に変色させる。その時点で虹色の金属であった面影が無くなっていた。


 リリルリーン――。


 虹色魔道ペンを軽く打ち付けて、一旦硬化処理を施したところで、やっと一息ついた。篤紫は横で見ていたオルフェナを抱え上げた。心なしか、ミュシュが不安そうな顔をしている。


『作業が一段落ついたのか。して、その金属は……』

「たくさんあったニジイロカネだけど、実はこれが最後なんだよ。なぜか拡張収納の中で体積が減っていて、自分でもびっくりしているんだ」

 この間リメンシャーレの変身ワンドを作ったときに、やけに少なくなっているのは感じていた。昔は見上げるくらい山のようにあったはずなのに、既に両手で抱えるくらいしかなかった。


 そして昨日ふと見たらもう、眼鏡を作る程度しか残っていなかった。


「そんなわけで、記念に作った程度だよ。本当の意味で最後かなに」

『拡張収納の中は、時間も止めてあったのではないのか?』

「もちろん。半年前に入れたお弁当も、取り出せばホカホカのままだよ。

 謎の金属だよね。もう二度と手に入らないけど」

 首をひねっているオルフェナをミュシュの横に下ろすと、最後に魔術を描き込む。急いでいたのは、消滅する恐れがあったからだ。


 不壊、帰還、解析、超虫眼鏡、そして着替え。

 虹色魔道ペンで、フレームの部分に魔術を描き込んでいく。そして最後に、完成処理としてもう一度虹色魔道ペンをそっと打ち付けた。


 虹色魔道ペンと作ったばかりの眼鏡が、同時に柔らかい光を放って、光はスッと消えた。


『今のが、魔道具の製作工程なのですか? すごく綺麗ですね』

「普通の魔術師は、一文字描き込むのに一日かがりみたいだけどな。まあ、うちの魔道具は例外だということで理解して欲しいかな」

『そうなんですか? 篤紫さんってすごいのですね』

 さっそくできたての眼鏡をかけると、強烈な目眩がして思わず机に手をついた。それも一瞬のことですぐに視界が安定した。


『大丈夫か、篤紫?』

『篤紫さん、レンズが合わないのではないですか?』

 慌てて手を振って問題ない旨を伝えると、オルフェナとミュシュは安心してため息をついていた。


 いやしかし、今の目眩は何だろう。制作途中でかけていたときは、何ともなかったのに。

 一通り眼鏡に描いた機能を試したところ、特に問題は見られなかった。着替えも、スマートフォンの着替えアプリと問題なくリンクできていた。

 さっそく深紫のロングコートを描き込んだところ、ちゃんと反映された。もちろん、背中に翼が描かれていないし、髪の色も変わらなかった。


『結局、そのスタイルなのだな』

 案の定、オルフェナに呆れられてしまった。




 海上で一晩明かして、二時間程海を走らせると陸地が見えてくる。辿り着いた場所は、いわゆる東海岸と呼ばれる、地球であれば都市や観光地が密集している地域だ。

 ただ、世界が違うと見渡す限り何も無い。


 遠浅の砂浜を避けて陸伝いに船を走らせると、ちょうどいい岩壁が見えてきた。一旦岩壁に横付けして、氷船を固定させる。

 全員で、一旦馬車内から商館ダンジョンに入った。


「かなりの問題が発生したかな」

「え? すぐに、上陸するんじゃないの?」

 夏梛が椅子が立ち上がって、泣きそうな顔で篤紫を見た。


「接岸した地点を間違えてしまいましたか?」

「いやタカヒロさんの操船は完璧だよ。

 上陸するだけなら、ここは最適な場所なのだけれど、問題は今回の目的地に関わることなんだよ」

 そもそも東海岸に用があるわけでは無くて、地球でいうエアーズロックが今回の目的地だ。そのエアーズロックと同じ岩山は、ここアウスティリア大陸においても大陸のど真ん中にある。

 そう、ここは大陸だ。島では無い。


「ここから上陸すると、陸路だと目的地までどれだけ時間がかかるか分からないんだ。見た限り、陸に全く道が無いんだよ。

 魔獣がいるせいで、人類の生活圏がかなり限定されているのは知っているよね? 今見える範囲にすら、誰かが住んでいる様子が無い」

「いわれてみれば、遠目で見ても海岸と森しか見えないわ」

 ここまで来る間にいくつか島を見かけたけれど、全てが魔獣の住処になっていた。島だけあって、鳥型の魔獣が多かった気がする。

 海には魚型の魔獣がいて、それぞれのテリトリーの中で生活している様子が見られた。


「ちなみにスマートフォンのマップアプリは、魂樹所持者を元にして作られているみたいで、マップはほぼ大陸の海岸線しか描かれていない。

 悲しい話この大陸には魂樹が伝わっていないようなんだ」

「あら、マップって世界中の地形とかまで分かるんじゃないのかしら?」

 シズカが自分のスマートフォンでマップを見ながら、あら本当だわ――と呟いている。正直、世界旅行をなめていた。


『ふむ。つまり、現地で地図を調達して、この中の誰かが認識した時点で初めてマップアプリに反映されるということか』

「そんな感じかな。あとは実際に見た地形は記録されていくみたい」

 なんとなく、気分は大航海時代のノリになってきた。


「篤紫おじさん、質問があるんだけど」

「ん? どうしたカレラちゃん?」

「考えたんだけど、このまま船でこの大きな島を一周するのはどうかな? 途中に街とかあったら寄りながら」

「それでもいいと思うよ、みんながよければだけど」

 篤紫が顔を見回すと、みんな首を縦に振っていた。

 実際、そんな旅も面白いのかもしれない。


 まずはアウスティリア大陸の海岸線一周。


 目指すはマップの全制覇かな?

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