三十三話 戦艦の主
篤紫と桃華は、再び船橋に入り、エントランスに光の玉を浮かべた。
真っ暗だったエントランスが明るくなる。
「ところで、篤紫さんはどこに向かうつもりかしら」
ゆっくりと周りを見回していた桃華が、同じように光の玉を浮かべた。辺りが少しだけ見やすくなる。
今現在で分かっていることは、何者かによってこの戦艦のエンジンが起動して、再び停止したと言うことか。
それ以外は、全くと言っていいほど情報が無い状態だ。
「そうだな。まず、機関室を目指せばいいかな。
ただ念のため、もう一度だけ三階の管制室に寄ってみた方がいいかもしれない」
「そうね。その方向でいいわ。
でも、みんなに煽られてここまで来たけれど、正直いうとあまり気が乗らないのよね」
「そんなこと言ったら、俺だってそうだぞ。
そもそも、着替えの魔道具がなかったから、変身の魔道具を使っていただけなんだよ」
「あら、私も大した理由じゃないわ。篤紫さんが変身したから、もしかしたら危険なのかと思って、変身しただけなのよ」
二人で顔を見合わせて、大きくため息をついた。
光の玉を意識的に引っ張りながら、階段を上っていく。二階を過ぎて、三階の管制室の扉を開けた。
「何も変わっていないわね」
計器類、スイッチを動かしてみても、やっぱり動く様子はなかった。あちこち手を触れてみても、冷たいままだ。計器が点灯した様子もなかった。
光の砲撃から、時間はほとんど経っていないので、管制室は一切稼働していないのだろう。
「さっきの稼働に、この部屋は関係なさそうだな」
「もしかして、ここの部屋はダミーかしら?」
「まさか。ここまで作り込んで、ダミーって事はない……と思いたいけどな」
二度目の調査もやはり大した収穫はなく、当初の予定通り機関室に向かうことにした。
「来たわね」
「ああ、物の怪のお出ましか」
第二甲板――甲板下の地下一階相当――に下りると、重くよどんだ空気が辺りを支配していた。心なしか、光の玉が照らす範囲が狭くなった気がする。
ゴオオオン、ゴオオオン――。
何かが重く響いている。感覚を一言で言うなら、地獄へと続く道か。
光の玉を増やしてみても、暗闇が多少薄くなった程度にしか変わらなかった。正直、変身魔道具でほぼ無敵に変身していても、この何かが出そうな空気だけはどうも苦手だった。
通路は想像以上に広かった。
階段を下りた先には幅四メートルほどの通路が船首に向かって延びている。天井も高く、中央に立てば背中の翼も展開できそうだった。
横を見ると、桃華が暗闇の奥をじっと見つめていた。
「なにか見えるのか?」
「……んー、アンデッド?」
先ほどから響いている重厚な音とともに、何かを引きずるような音がする――気がした。念のため、光の玉を作って奥に飛ばすも、特に変わった様子はなかった。やがて、奥に進んでいった光の玉が闇に溶けた。
いや待て、何故いま光が消えた?
慌てて光の玉をたぐり寄せると、突然闇の中から光の玉が現れた。
「……これは、この空間自体が、変質していると言うことなのか?」
「そっか、違和感の正体はそれなのね。どうりで篤紫さんの様子が変わらないわけよね。私にしか見えていないのだもの。
いまもあの暗闇に、体中が溶けて腐っている人間が、床に這いつくばってこっちに向かってきているわ」
「いや、俺にはやっぱり何も見えないな」
「きっと深層心理に働きかけているんじゃないかしら。
昔、映画で見たことあるもの。一緒に見に行ったでしょ? あれは作り物でも怖かったわ……」
そういえば桃華が、ホラー系の映画を見てみたいと言い出して、一緒に映画館まで見に行ったことがあったか。あの時は、篤紫は平気だったけれど、対して桃華は顔が真っ青になっていたっけ。
闇は、一定以上近づいてこないようだ。
篤紫は桃華の手を取った。ハッとした顔で、桃華は手を握り返してきた。
「怖いなら、背中の翼を広げようか?」
「……そうね、その手があったわね」
篤紫の確認を待たず、桃華がその背中に大きな翼を広げた。
柔らかい光が、周りに広がっていく。
おおぉぉぉぉん――。
翼を羽ばたかせる。翼から光の粒が飛び広がった。
光が闇を侵食していき、深かった闇が一気に薄くなっていく。何かの叫び声が、遠く彼方から聞こえた。
重く澱んでいた空気が軽くなるのを確認して、桃華は背中の翼を解放した。翼は、光の粒になって空中に霧散していった。
「桃華は、この間も海岸で翼を広げたんだろう?
その影響が、この艦内まで届かずに遮断されたのかな」
「分からないわ、そもそもあの神力? だったかしら。どこまで伝わるのか、知らないのよ。初めて使ったし」
二人で首を傾げながら、今後の課題として残しておくことにした。もっとも、そうそう使う機会は無いと思いたい。翼の力は、何だか周りに及ぼす影響が大きすぎる。
光がくまなく届くようになった第二甲板を、念のため一通り探索することにした。階段から船首に向かってある部屋は、一般船室のようだ。真ん中の通路に対して垂直に通路があって、部屋がいくつもあった。
階段の近くにあった船室は、船橋と同じで何も無かったけれど、船首に向かうにしたがって、風化してボロボロになった荷物が目立つようになっていった。
「さっき浄化した何かが、ここを保存していたのかしら?」
「それでも保存状態は良くないな。見た感じ、千年単位の時間が経っているように見える。実際には、もっと長い間放置されていたんだろう。
どのみちあるのは、船員だった誰彼の持ち物だけなんだろうな」
船首付近にある共有の倉庫にも、いくつかの残骸があったものの、経年劣化の力には勝てなかったようだ。紙などは一番最初に劣化するため、戦艦に関する情報は何も見つからなかった。
当然、階段より後方にある広間や調理場、大型倉庫などもめぼしいものはなかった。
「結局、この戦艦を作った文明の規模が、いったいどの程度のものなのかが分からないな」
「その割には、船体は綺麗よね。保存の魔法か魔術でもかけられているのかしらね。
あ……もしかしたら、麗奈に聞けば何か分かるかしら?」
「ああ、太古の魔道士様か。もしかしたら知っているかもな」
第三甲板は、船首方向が倉庫になっていた。結果は一緒だったけれど。
残るは船尾方向にある機関室だけだ。その扉にある取っ手に手をかけて、篤紫は動きを止めた。
「温かいな……」
「ほんとに?」
桃華も横から取っ手に手を置き、キャッと驚いて手を離した。触った手に息を吹きかけながら、口を尖らせた。
「嘘よ、熱いじゃないの」
プンスカ怒りながら篤紫の裏に回り込むと、キャリーバッグを喚び出して取っ手を掴んだ。
鈍器キャリーバッグ。いつ見ても違和感がある。
篤紫もホルスターの左腰から、念のため魔道銃を取り出して、銃に魔力を込めた。一瞬、甲高い音とともに魔道銃が淡く輝いた。
「え、今その音をたてて大丈夫かしら」
「聞かなかったことにしてくれ」
扉の取っ手をゆっくりと引っ張る。扉は開かなかった。そのまま引っ張っていると、取っ手が引きちぎれた。バキンッ、という派手な破砕音が響き渡る。
やばい、力加減を間違えた。
篤紫はもげた取っ手を握ったまま、じっと耳を澄ませた。
中からは、物音一つしない。
「よし……」
「待って。よし、じゃ無いわよ。
あのね、篤紫さん。ここに来てそのお約束展開は無いと思うのよ。
見て。扉の枠から考えても、この扉は押し扉よ?」
桃華の怒りは尤もなものだった。でも正直、最初に言って欲しかった。たぶん無理だけど。
後ろで怒っている桃華に、片手だけで謝ると、あらためて扉をゆっくりと押した。隙間から、熱い空気が漏れてきた。
ある程度隙間が開いたところで、光の玉を中に滑り込ませた。
ガタンッという音が中から聞こえた。アタリだ、機関室にこの戦艦の主がいる。
扉の前からずれて、篤紫と桃華は左右の壁に背中を預けた。
視線を合わせてうなずき合うと、篤紫は左手、魔道銃の柄で扉を殴るように開け放った。
扉が勢いよく開いて、中の明かりが廊下に漏れてきた。
ガタガタガタガタ――。
中で何かが震えているのか、断続的に音が聞こえる。
しかし、一向に何か仕掛けてくる様子はなかった。篤紫は念のためしゃがみ込み、陰からゆっくりと顔を覗かせた。
「えっ、ウサギ?」
中にいたのは、しゃがみ込んで頭を抱えた状態で、ガタガタと震えているウサギだった。ただ、全身がメタリックカラーの金属ウサギだ。
ウサギの顔に人間と同じような体の、いわゆる獣人スタイルの謎生命体だ。いや、機械か?
「あら、可愛いわね」
桃華も篤紫の真似をして、しゃがんだ状態から部屋の中を覗いていた。二人が覗いているのを感づいてか、頭を抱えていた金属ウサギはゆっくりと頭を上げた。
視線が低いのが逆に作用して、金属ウサギの視線が篤紫と桃華を捉えた。まん丸な目をさらにまん丸に見開いて、金属ウサギはしゃがんだまま、スッと両手を上に上げた。
『投降します、わたくしに攻撃の意思はありません』
そのまま後ろに倒れ込んで、お腹を上に向けて完全降伏の意思を表した。
あまりにも愛らしい姿に、思わず肩の力が抜けた。
篤紫と桃華は、お互いに顔を見合わせて、苦笑いを浮かべるしか無かった。
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