三十二話 光線砲撃
「非常に興味深い施設ですね」
先頭を進む篤紫の側に、砲門を調べていたタカヒロが音もなく歩み寄ってきた。篤紫がびっくりして足を止めたため、全員その場に立ち止まることになった。
「タカヒロさん、心臓に悪いよ。普通に近づいてきてくれないかな」
「義母の真似をして、高速で動いてみましたが……駄目でしたか」
「やめて。あれだけは真似しないで――」
「あら呼んだかしら?」
「どわあっ!」
予期せず反対側から聞こえてきたシズカの声に、その場で飛び上がって、力が抜けて尻餅をついた。なにこの、緊張感のなさ……。
後ろでは、桃華や夏梛達が笑いを堪えているようで、くぐもった声が聞こえる。
手が触れた床は、ひんやりと冷たかった。少し前に日差しが本格的に当たり始めたので、徐々に床も温められるられるはず。触れた感触は、やっぱり鉄だった。
そんな篤紫に、手が二つ伸びてきた。
「やり過ぎましたね、すみません」
「だって、篤紫ちゃん反応がいいんだから」
苦笑いをしつつ、篤紫は伸ばされたタカヒロとシズカの手を握って立ち上がった。宇宙戦艦だと思って探索に気を張っていたけれど、いつも通り気楽に行けばいいってことだろうな。
考えてみれば、宇宙戦艦にせよただの戦艦にせよ、甲板に乗っている状態で攻撃される心配は無いだろう。索敵は引き続きオルフェナが担ってくれているし、特に何も言っていないから大丈夫なはず。
砲門も旋回はしたとしても、撃ち込んでくる心配は無用だ。
艦橋の扉を開けて中に入った。
中が暗かったので、全員で手分けして光の玉を浮かべた。明かりに照らされた先には、無機質な室内が視界に入ってくる。
そこは広めのエントランスになっていた。外から見た感じは三階まである感じだった。
「トラップはありませんね。
ダンジョン系の施設ではないと言うことですかね」
奥の扉を開けて、タカヒロが戻ってきた。いつの間にか単独で奥に行って探索をしていたようだ。斥候が得意なのだろうか、時折気配が消える気がする。
「この構造からすると、戦艦級の船だと思う。地上から直接の入り口がなかったから、ダンジョンではないのだろうね。
むしろ、なぜこの島の真ん中に船があるのかが、当面の謎かもしれない」
生活空間ではないのか、エントランスには何もなかった。
壁に照明のスイッチもないことから、船の稼働時に自動点灯するか、どこかに一括で制御する場所があるのかもしれない。
オルフェナの索敵に何も引っかからないので、ある程度ばらけて調べることにした。ちょうど八人いるので、二人一組になって一階ずつ調べていく。
結果的に、一階も二階も取り立てて得る物はなく、全員集まったところで三階の管制室に入った。
やはりここでも当てが外れて、全員から落胆のため息が漏れた。
しばらく調べた結果、この戦艦が海洋専門の船であることが判明した。何故こんな内陸にあるのか分からなかったけれど、恐らく過去に人間族が極秘で作っていた物だという結論には達した。
それに、あえて船内に何もないのかもしれない。
ただ何故、オルフェナのデータベースに存在自体がなかったのかが、やっぱり不明だった。
オルフェナが、魂器の権限を拡張して星のデータベースにアクセスしたにもかかわらず、だ。
一階のエントランスまで戻ると、ちょうどお昼の時間だった。一旦甲板に出てお昼ご飯を食べることで話がまとまった。
甲板にシートを敷いて、桃華が喚びだしたキャリーバッグから、色とりどりの料理を取りだした。調子に乗ってシートいっぱいに広げてしまい、結局シートの外に座る羽目になった。
日差しがぽかぽかと暖かい。
島の位置は南半球の中程だけれど、海流の関係かびっくりするほど暑くなかった。コマイナ・ダンジョンを出発した頃が、ちょうど春頃だったので季節感としてはあまり変化がないのが有り難かった。
もっとも、ここにいつまでも居るわけではないのだけれど。
探索先として残っているのは、は階下にある船室や船倉、機関室辺りだろうか。船橋と違って、今度は探索範囲が広くなる。
「どうしようか。このままみんなで探索しても、めぼしい物が見つかる気がしないのだけど」
「確かにそうよね。かといって、私たちは別段忙しいわけでもないわ」
「管制室で色々触ってみたけれど、動く気配すらなかったわよ。本当にこの砲門が攻撃してきたのかしら?」
『むう。攻撃を受けた方向から計算すると、ここに間違いないのだがな』
どのみち、足下にあるのが人工の建造物なのだから、一番の目的であった魔道馬の素材は無いだろう。これ以上探索しても、時間の無駄になりそうだった。
食事を食べ終えてあと片付けをしているときに、何気なく砲門を見上げると、音も無く砲門が旋回を始めていた。
戦艦が、突然動き出した。
ゴウン、と言う音とともに船体が揺れ、甲板の遙か下の方で何かが起動したようだ。低い音とともに、甲板に継続的に振動が伝わる。
砲門は最初に見た位置から九十度ほど旋回し、停止した。鈍い機械音を発しながら、水平だった砲門が持ち上がった。
キイイイィィン――――。
甲高い音とともに、周りの光が粒になって砲門の筒先に吸い込まれていく。それに伴って、周りが光を失ってスッと暗くなった。
「みんな、急いで馬車に乗って!」
目で合図をすると、桃華が一瞬で馬車を取りだした。それぞれに前後の近い方の扉から、馬車の中に飛び込んだ。
篤紫は、御者台裏の扉から馬車内に入った。そのまま経過を見るために、商館ダンジョンには入らずに馬車内に留まった。念のため、腰の虹色魔道ペンに魔力を流して、深紫のロングコート姿にロングコート姿に変身した。
「動き出したわね」
御者台裏からは、篤紫の他に桃華と夏梛、カレラ、リメンシャーレが乗ったようだ。桃華以外は、そのまま商館ダンジョンの中に駆けていった。
隣には、深紫のドレスに変身した桃華がいる。
周りの明るさが戻る。同時に馬車が跳ね上がった。
轟音とともに、全ての砲門から光がほとばしった。戦艦が激しく揺れる。馬車が斜めになった甲板を滑って、近くにあった砲門に激突した。
衝撃で、砲門の土台に大きなひびが入った。何かが弾ける音がした。
砲撃で斜めになっていた戦艦が、ゆっくりと元の位置に振り戻った。
「動いた……な」
さすがに目の前の光景に、篤紫は驚愕を隠せなかった。
「びっくりした、馬車が間に合って良かったわ」
「ああ、本当に」
そして再び、辺りは静まりかえった。
カチャッと言う音がしたので、音の聞こえた方を見ると、商館ダンジョンの扉からシズカが顔を覗かせていた。
「どうなったのかしら、動きは止まったの?」
「今し方、全ての砲門から空に向けて光が放たれたよ。
馬車に乗っていなかったら、完全に外まではね飛ばされていたな」
「馬車も跳ねたわよ」
やはり、何かがこの戦艦の中にいる。それだけは間違いない。
ただ、危険な場所に仲間を連れて行くわけにはいかない。外洋に出るだけならば、氷船もある。敢えてここで、調査を続行する必要は無かった。
ここは、大人しく撤退か――そう思っていた時期が俺にもありました。
『行くのだな、止めはせんよ』
「いや、待って。行かないよ?」
商館ダンジョンから出てきたオルフェナが、余計なことを言う。
「おとうさん、無理はしないでね」
「篤紫おじさん、本当に行くの?」
「いやいや、行かないってば」
夏梛とカレラも、心配そうに余計なことを言う。
リメンシャーレは、篤紫の目をじっと見つめると、神妙な面持ちでしっかりと頷いてきた。
何なのいったい……?
「危険を承知で、行かれるのですね。
私たちは、商館ダンジョンの中で待っています。そのまま、桃華さんのキャリーバッグに収納してください」
「気をつけて行ってきてくださいね。
もっとも、私たちには一瞬だと思うけれど」
「だから時間は気にしなくても大丈夫よ」
「いや……なんで……は?」
タカヒロ、ユリネ、シズカはそれだけ告げると、商館ダンジョンの中に戻っていった。
結局、馬車の中には篤紫と桃華だけが残った。
釈然としないまま馬車から甲板に出ると、桃華が馬車をキャリーバッグに笑納した。首を捻っている篤紫の横まで来ると、顔を覗き込んできた。
「だって、篤紫さん。既に本気モードじゃない」
「……ん?」
そういえば、変身の魔道具で全身深紫一色になっているな。それは桃華も同じだけれど……。
篤紫の場合、着替えの魔道具が足りないから、変身の魔道具を使っていただけだ。防御だけなら、着替えの魔道具で用が足りる。
「家族が危険にさらされて、本気で怒っていると思われたのよ」
「マジ……ですか……?」
「ええ、マジマジ」
桃華は、くすくすと楽しそうに笑った。
確かにこの戦艦は、家族を危険に晒している。結果的に、上空で攻撃してきたのもこの戦艦らしい。そのせいで馬車が海岸に墜落した。
さっきも馬車に乗っていなければ、甲板から振り落とされるところだった。
動機として、はいくらか弱いけれど、お話をしに行く理由なはなるか。
思わず、苦笑いをしてしまった。
篤紫は、隣で微笑む桃華と手を繋いで、再び艦橋に足を向けた。
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