三十一話 宇宙戦艦(仮)

 夕焼け空は、あっという間に夜色に変わっていた。島に魔獣がいない事もあり、夕飯は野外で食べることになった。

 焚き火だけだと明かりが心許なかったので、明かりの魔道具をいくつか設置した。柔らかい光が、玉石の海岸を照らし出す。


 目の前のテーブルの上には、海で釣った魚が色々な料理に変わっていた。焚き火で焼いていた焼き魚を始めとして、刺身、煮魚など色とりどりの料理が並んでいる。

 美味しそうな匂いが鼻を抜けていく。全員がテーブルの周りに集まったため、立食式で食事を頂くことにした。


『つまり、宇宙戦艦に似た何かがあったと言うことか。

 それでわざわざ(仮)なのだな』

 篤紫の横にある特設チェアーで、器用に魚を食べていたオルフェナが、篤紫の話に納得して頷いた。詳しく聞いてみても、オルフェナのデータベースには、やはりそんな物は存在していなかった。

 結局、現地に行って調べないと判断できない、と言うことに落ち着いた。


 魚のスープはいい出汁がでていた。昼間は暖かかったけれど、夜になるとけっこう涼しくなる。お腹に流れ込んだスープで、身体がほんのりと温かくなった。

 これは、早めに着替えの魔道具を作った方が良さそうだな。ずっと変身の魔道具でいるわけにも行かないし、暑かったり寒かったりしたときに、着替えの魔道具で着替えていればかなり緩和できる。


「それで明日、氷船と馬車を念のため収納して、全員で調査に向かいたいと思うんだ。

 島の形状からすると、宇宙戦艦(仮)の周りには森しか無いし、島の外周も薄くて高い山が一周囲っているだけみたいだし」

「こっちは、魔獣素材の解体と分別が全て終わっているから、探検に行くことは可能よ。

 ただ、コマイナちゃんの様子は、全く変わっていないわね。馬車と一緒に収納して時間を止めておいて、後でじっくり見てあげた方がよさそうよ」

 桃華は辛そうに視線を落とした。

 ある程度落ち着いたら、魔力の流れが見える眼鏡の魔道具を作らないといけないな。おそらく、何らかの魔力障害が起きているはず。

 ただ、いまは手元に眼鏡を作る素材がない。チート材料ならあるけど、出来れば余計なチート魔道具は増やしたくないからね。


「また明日も探検に行けるの? やった、今度はあの黒岩の上に登るよ」

「それなら長ーい梯子がいるよね。さっき、そう思って蔦をいっぱい採ってきたんだよ」

「おおっ、さすがカレラちゃんだね。さっそく作るよ」

 食事も食べ終えて、娘達がはしごを作るために馬車の中に入っていった。シズカとリメンシャーレもそれに続いていく。


 桃華とユリネは食事の後片付けをしている。生活魔法の水流でお皿を流し、浄化で汚れを落としていく。魔法の便利さをあらためて実感した。

 生活魔法は、水流と浄化の他に、火種、微風、穴掘り、光球の全部で六つの要素で成り立っている。確かにこれだけあれば、普段の生活に一切困ることはないだろうな。

 それが今や、魔族だけでなく人間族ですら使えるようになっている。


 その魔法を使うための魔力は、体の中にある魔晶石が、体の中の老廃物を使って作りだしている。極端な話、そのおかげでトイレが不要なのだけれど。

 そんなわけで、この世界では例え大都市であっても、水回りの生活インフラが全く整っていない。不要な物は、そもそも不要と言ったところなのかもしれない。


 タカヒロは、相変わらず焚き火の番をしていた。得意な魔法が火魔法だったから、根っからの火好きなのかもしれない。

 みれば、浄化で処理できない骨や鱗を、高温の炎で灰になるまで燃やしていた。


 目が合ったので手で挨拶だけすると、玉石の海岸を岩壁に向かって足を進めた。




『相変わらず、いい仕事をしているな』

 氷船を収納するために、夜闇に浮かぶ氷船を眺めていたら、足下から声が聞こえた。見下ろすと、オルフェナがいつの間にか来ていた。


「空から落ちて、苦肉の策で作った船だよ。あの時は本当に何もない海の真ん中だったから、この方法しかなかったんだよな」

『ふむ。しかし、篤紫は生活魔法しか使えぬのではなかったか?

 これクラスの造形となると、かなりの制御が必要なはずだ』

「変身の魔道具と、背中に展開した翼のおかげで、魔法の威力とその制御が大幅に上がったからかな。

 一時的なものだから、いま作ろうとしても作れる気がしない」

『まさに、神の御業といったところか』

「ははは、さすがにそれはオーバーじゃないか?」


 氷船の縁に触れて、ホルスターのポケットに収納する。氷船が光の粒になってホルスターのポケットに吸い込まれていくと、ごっそりと魔力が無くなったことが分かった。

 収納に感心しているオルフェナを抱き上げると、馬車に戻る岩壁通路を歩いて行った。夏梛が作った照明が、足下を優しく照らしていた。




 翌日は朝から快晴だった。

 馬車は桃華のキャリーバッグに収納して貰って、全員で森の中を歩いていた。相変わらず桃華は、馬車があった場所にキャリーバッグをそのまま放置していた。いつもの事ながら、みんなで笑ってしまった。


 木洩れ日が降り注ぐ森を、みんなで喋りながら、二時間ほどで宇宙戦艦(仮)に到着した。

 道中、念のためにオルフェナに索敵をお願いしたのだけれど、現地に着くまで何も引っかからなかった。動物すらいないようで、時折吹く風が木々を優しく揺らしているだけだった。


「これは大きいわね。高さはどのくらいあるのかしら」

「たぶん三十メートルくらいじゃないか?」

 穴が開いている正面は避けて、全員が並んで切り立った岩を見上げた。

「どうやって登りますか?」

「あのね、タカヒロさん。登るのは無理よ、本気で言ってる?」

「もちろん。今から壁を調べましょう、きっと足がかりがあるはずです」

 タカヒロとユリネは相変わらず仲良く掛け合いを始めた。タカヒロが本気で言っているから、いつも収拾がつかなかったりする。


「あー、またお父さんとお母さんやってるよ」

「あ。見て、登りだしたよ」

 みんなが見ている前で、タカヒロはツルツルなはずの壁を、難なく登って上まで行ってしまった。全員が唖然としている中、縄ばしごが投げ落とされ、再びタカヒロが下に下りてきた。

 いや、なんでまた下りてきた?


「ほら、ちゃんと観察すれば、足がかりはありましたよ。鉄板自体は少し大きめでしたが、ちゃんと継ぎ目がありました」

 言われて、目を皿のようにして見て見るも、継ぎ目など全く分からなかった。いったい、タカヒロには何が見えていたのだろうか。

 縄ばしごの下を楔で固定すると、オルフェナを抱き上げたタカヒロは、再び縄ばしごを上って行ってしまった。


「……い、いこうか」

「……そ、そうね」

 みんなでお互いに顔を見合わせると、縄ばしごを伝って上まで上がっていくことにした。




 そこは、まさに甲板だった。

 足下には、滑り止め加工がされた鉄板が敷かれている。その甲板には、多数の砲門があって全ての砲門が上を向いていた。

 甲板の真ん中にはひときわ高い船橋が建っている。下から見えていたのは、この船橋の頭の部分だったのだろう。


 タカヒロが近くの砲門を調べていた。

 立ち止まって一周見回してみても、明らかに足下にある物は人工物だった。


「これは戦艦に間違いなさそうだけど……いままでこの手の船は見たことがないな」

『ふむ。やはり我のデータベースにも、該当する船舶はないな。

 恐らく、この星の建造物ではないのだろう』

 耳を澄ませてみても、取り立てて機械音が聞こえるわけでもなさそうだ。篤紫たちが喋る声だけが、辺りにこだましていた。

 中に入れる場所は、恐らく中央の船橋だけだろう。


 全員が上がってきたのを確認して、船橋に向けて慎重に足を進めた。

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