三十話 森の遺跡
「これは、酷いな……」
森に入ってすぐに見えた森の中は、酷い有様だった。丈の低い草木は、軒並み踏みつぶされていて、立木の枝も二メートルの高さまでの枝が、全て折り取られていた。
木の幹でさえ、大きく抉られた箇所がそこかしこに見られた。
「昨日おかあさんと一緒に、もう少し先まで行ったんだよ。
いっぱい魔獣を倒したから、回収と処分が大変だったんだよね。ほんとに、たくさんの魔獣がいたんだから」
「そんなにいたのか……」
本当に、無事で良かったと思う。今見えている範囲の損傷からすると、もはやスタンピードレベルだった事が容易に想像できた。
森の中なのに、踏みつぶされた地面が無駄に歩きやすくなっていることが、何よりも状況が切迫していたことを物語っている。
「篤紫さん、どちらを目指しているのですか? さすがに、森の中なので無闇に歩かれるのは、危険だと思うのですが」
「一応、島の真ん中を目指しているよ。
オルフェナから、空中で光の攻撃を受けたときに、島の中心から光が照射されたらしい」
「あ、それあたしも、おかあさんから聞いたよ」
静かな森の中を、喋りながらゆっくりと歩いて行く。太陽も出てきたのか、木漏れ日が木々の間から射し込んでいた。
既に魔獣がいない森は、風に吹かれて木々がざわめく音以外に、一切の音がない。
二時間ほど歩いたところで、森の先が一段と明るくなっているのが見えた。
スマートフォンをたぐり寄せて、マップアプリを起動させると、どうやら島の真ん中辺まで辿り着いたようだ。少し前まで地面が綺麗に均されていたので、予定より早く目的地に到着した。
「あ、何か明るくなっているね。夏梛ちゃん行こっ」
「待ってよ、カレラちゃん。一人で先に行っちゃ危ないよ」
駆けだした二人に苦笑いを浮かべながら、篤紫はリメンシャーレとゆっくりと歩いて行くことにした。
森の明るい方に向かって進むと、開けた場所に黒く大きな山が見えてきた。奇妙な形の山だった。奥に向かって楕円形になっていて、側面は完全に切り立った壁になっている。遙か上方に見える天面は平らになっているようだ。
天面の奥、恐らく真ん中辺りに小さな山があるようにも見える。
ちょうど目の前、楕円形の尖った部分には、大きな穴が口を開けていた。何となく、見覚えがあるような気がするのだけど……。
「思いの外、早く着いた感じだな。
まさか、森の中が真っ平らになっているなんて、想定外だ」
「初めて来た島ですのに、この場所をご存じだったのですか?」
「いや、知らなかったよ?」
眉間に皺を寄せて首を傾げているリメンシャーレに、篤紫は首を横に振った。腰元のスマートフォンをたぐり寄せて、マップアプリを見せて説明すると、知らなかったのか目を見開いて驚いていた。
「篤紫おじさん、こっちに来て。この穴から入れるよ」
カレラに呼ばれて穴に近寄ってみる。ぱっと見、洞窟に見えるのだけれど、洞窟にしては何だか違和感がある。
床から壁、天井に至るまで等間隔に掘られた溝が、入り口から奥の方まで伸びている。さらに外壁も含めて、異様に表面が滑らかだ。
背筋に冷たいものが走る。
「夏梛、カレラ。待つんだ、中に入らない方がいい。
この形は、何か嫌な予感がする。すぐに穴から離れるんだ」
篤紫の様子がおかしいことに気がついたのか、夏梛とカレラは、おとなしく洞窟の前から離れてくれた。篤紫は首を捻りながらもう一度、全体が見えるように少し離れてみる。
「ね、おとうさん。どうしたの?」
「いや……夏梛はこの形に見覚えはないか?」
「うん?」
篤紫が頭を悩ませていると、三人とも近づいてきた。四人揃って、腕組みをしながら黒い岩山を見上げた。いや、これって岩なのか?
近づいてみたら、黒だと思っていたのは鈍い鉄色だった。それを踏まえて、もう一度離れて見た感覚としては、何かの建造物に見える。
「岩山にしては綺麗すぎる?
地面は普通に土だから、これって何かが土に埋まっているのかな」
「私は見覚えがありませんが……」
「あ、ねえ。これって怪獣が口を開けているように見えないかな、ガーって」
まさか……な。こんな所に、あれが埋まっているはずがない。そもそも、空想上のものだったはず。
「あ……おとうさん。あたし、わかったかも。
これって、宇宙戦艦じゃない?」
「「ウチューセンカン?」」
当然、カレラとリメンシャーレには、何のことだかわからない。かくいう篤紫も、目の前にあるのが宇宙戦艦だとして、それが何だかうまく説明が出来ない。
篤紫と夏梛は、顔を見合わせて思わず笑い出したしまった。
「そもそもが、あの宇宙戦艦(仮)は空想上の建造物だよ。
今のところ、目の前にあるのがそっくりだと言うだけだ。ただ、オルフェナから座標を教えて貰って、その上でここに辿り着いた」
「それじゃ、これが動いた可能性があるって事かな? ここが攻撃してきた光の出所なんだよね?」
「でも、わたしから見たら、ただの黒い岩山にしかみえないよ」
「私もです。これが建造物だとしまして、近隣諸国でもこれ程大きい建造物を作れる国は、聞いたことがありませんよ」
ただ、もしこの建造物が稼働しているとしたら、このメンバーだけで乗り込むのはかなり危険だ。それに、今日はあまり時間も無い。
この島には、既に自分たち以外に生き物はいない。屠った魔獣の中に、この宇宙戦艦(仮)の主がいたなら心配は無いけれど、光の攻撃をしてきたのが誰だか分かっていない。
「それより、おとうさん。(仮)っているの?」
「(仮)は大切だぞ。そこを譲る気は無い」
「うん、おとうさんらしいね」
「……」
少なくとも、一旦馬車に戻って、全員で出直すべき案件だろう。
「予定通り、あと一時間ほど探索したら、馬車まで戻ろうか。
上には登らずに、壁伝いに一周してみる程度だけど」
カレラが手を上げた。
「それより、お昼にしません? わたし、お腹すいちゃった」
「そういえば、そんな時間なのですね」
太陽もちょうど真上にさしかかったところか。誰かのお腹もくーっと鳴った。
日差しも暖かいし、気楽な探検の休憩にはもってこいかもしれない。
「よし、シートを広げてお昼にしようか」
「「「はーい」」」
ちょうどいい木陰にシートを広げると、みんなでお昼ご飯を食べることにした。
お昼を食べて、さっそく一回り見てみた。
宇宙戦艦(仮)の楕円形の長い方は、だいたい三百メートルほどあったと思う。幅はさすがに分からなかった。
いずれにしても、最初に見た大きな穴以外に、中に入るための入り口を見つけることは出来なかった。中に入るためには空を飛ぶなりして、天面に乗る必用があるのだろう。
大穴の正面は避けるため、もう一度反対回りに一周してから、再び森に入った。森を抜けて馬のいない馬車に戻る頃には、だいぶ日が傾いていた。
馬車の横では、相変わらずタカヒロがオルフェナと一緒にたき火をしていた。今日は、棒に差した魚がいい焼き色になっていた。
「お帰りなさい。楽しい探検はできましたか?」
「お父さん、その魚どうしたの。釣り場なんて、無かったはず」
「篤紫さんの氷船から、釣りが出来ますよ。まだ氷船で、ユリネ、シズカさん、桃華さんの三人は、釣りを楽しんでいるはずですよ。
夕飯の準備もあるので、呼びに行ってきてもらえますか?」
「わかった。行ってくるね」
お約束じゃないけれど、カレラが駆け出すと一緒に夏梛も駆けていった。
「篤紫さん、お疲れさまでした。娘たちのお守りも大変だったでしょう?」
「確かに、動きを見ていると所々やっぱり子どもだったかな。桃華とユリネさんがいれば、いつも通り大人しいんだけどね」
「男親は、どうしても娘には甘くなりますからね」
たき火に薪を放り込むと、パチパチといい音を立てて燃え始めた。リメンシャーレが、楽しそうにたき火を覗き込んでいる。
『それで、何か見つかったのか?』
「ああ、オルフの指定した地点に、宇宙戦艦(仮)があったよ」
『待て、(仮)はいるのか?』
「当たり前じゃないか、絶対に譲らんぞ」
『ふむ、篤紫らしいな』
「……」
篤紫は空を見上げた。
青かった空が、ゆっくりとオレンジ色に変わっていくところだった。
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